【ショートショート】マンションを買う
親が宝くじに当たったとかで、一億円をくれた。マンションかなにか買えという。ありがたくいただくことにした。
オレは自分が住むなら断然、池袋だな。街の雑多さがいい。西口、東口、北口、みんな表情が違う。交通の便もいい。
不動産屋に駆け込み、徒歩10分圏内で空き部屋を探してもらった。
2LDKを狙う。すっかり在宅ワークに慣れてしまったので、仕事部屋は確保したい。
となると、7000万くらいはするのか。ずいぶん高いなあ。
あれこれ話し合って、物件廻りをすることになった。
そびえ立つマンションを前にして、不動産屋の若い男が、
「ここはお得ですよ」
と太鼓判を押す。
「どうして?」
「一階にスーパーが入っているでしょう」
「うん。便利そうだね」
「こういうマンションを下駄履きマンションって言って、相場がすこし安いんですよ」
「便利なのに安いの?」
「構造上、全部住居型に比べると、どうしても脆弱になってしまいますからね」
「まずいじゃん」
「いまどきのマンションですよ。そんなに簡単に壊れませんって。それより便利で安いほうがお得です」
「それもそうかあ」
下駄履きマンションに惹かれたが、そんなに簡単に決めていいものか。
その日は結局、三軒ほど回って解散となった。
次の日、オレは会社を引けてから下駄履きマンションのスーパーに出かけていった。
ここに決めるなら、スーパーの中身も確認しておいたほうがいい。
入り口のチラシを手に取って眺めると、「特売! 賢者の石、オーガのひき肉3割引」とあった。
あやしい。
棚を見ていく。飲料水の棚にはソーダ水やらコーラに混ざって聖水を売ってるし、野菜や肉の棚にもなんだか見慣れない商品が紛れ込んでいる。タイムセール品は「竜のうろこ」だった。なにに使えというのだ。
やけにファンタジー度の高いスーパーである。
入居すると、異世界に転生するというパターンではなかろうか。
不動産屋の男の「いまどき」という言葉がトゲのようにひっかかる。異世界転生流行っているもんなあ。
けれども、好奇心にまけて、購入してしまった。
三年後。
朝、目が覚めると、オレは魔法を使って身支度を調え、屋上に行く。ドラゴンが待機している。ドラコンに跨がり、新宿の会社に出社した。会社のビルの屋上にはドラゴンの駐機場がある。オレを下ろしたドラゴンは時間を潰しにどこかへ飛び立っていった。
あのマンションはやはり異世界への通路だったのだ。ただし、現世ともつながっている。オレは魔法二級は習得したけれども、魔法使いになるのはやめた。競争が熾烈そうだったからだ。それよりも会社員生活を続けるほうが身の丈に合っている。
それでも便利なものは便利なので、魔法だけはちゃっかり利用させてもらっている。うちの会社にもそういうなんちゃって魔法使いは多い。自分がなってみてはじめてわかる真実だ。
オレは鉄道会社の社員だが、ふだん使いにはドラゴンのほうが便利なので、会社の行き帰りにはレンタルドラゴンを利用している。まずいかなと思ったが、上司にもレンタルドラゴンの愛用者は多いので、お目こぼしに預かっている。
さて、明日は在宅ワークだ。家でちゃっちゃっと仕事を片付けて、魔法一級の試験勉強でもすることにしよう。
(了)
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