
【ショートショート】行商
ぴんぽーん。
玄関の呼び鈴が鳴った。
ドアを開けてみると、ドラマの中に出てきそうな農民がいた。鍬の代わりに背中に籠を背負っている。
「どなた様ですか」
「わしゃー、百姓だけんども、わらじを買ってもらいたい」
「わらじ、ですか」
「どうじゃ、一足でも二足でも」
突然わらじを買えと言われてもなー。
「おまえさん、わらしべ長者って知っとるか」
「そりゃあ、もちろん。わらを次々と交換して大金持ちになっていく話ですよね」
「そうじゃ。わらの一本から金持ちになるんじゃ。最初にわらじなんか持ってみなせー。どんなすごい金持ちになることか、想像もつかんで」
「いや、私、旅に出ないので」
「それは残念じゃ」
「おじいさん、どこから来たんですか」
「北の方じゃ。百姓は冬はすることがないでな。わらじでも作るしかないのよ」
「それ、だいぶ古い時代の話ですよね」
「そうかのお。うちは毎年、冬はわらじを作っておるがなあ」
「立ち話もなんですから、うちの中へどうぞ」
オレはおじいさんをこたつに案内した。
おじいさんは、こたつに足を突っ込み、籠から藁と台を取り出した。
「この台があると、作りやすいでな」
と言いながら、台にわらをひっかけ、わらじを作り出す。
「そんなにわらじを作ってどうするんですか」
「消耗品じゃからな。いくらでも需要はあるはずじゃ」
「そうかなあ」
「わしゃ、ここでわらじを作っておるから、おまえさん、ひとつわらじを売ってきなせえ」
「ええー」
「わらじの履き方はわかるかね」
「いいえ、わかりません」
おじいさんは私にわらじを履かせると、わらじを袋に入れてもたせた。
私は恐る恐るお隣の呼び鈴を押す。
じつをいうと、隣近所に誰が住んでいるか、まったく知らないのだ。長い長い廊下の果てまで、いくつもの扉が並んでいる。
隣の住人は、女子大生だった。
「隣の者だけど、わらじ買わない?」
と私は言った。
(了)
ここから先は

朗読用ショートショート
平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…
この記事が参加している募集
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。