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【ショートショート】壁新聞

 田中には執着癖があった。ふだんはなにごとにもあまり関心を示さないが、いったん始めたことは止められない。
 小学六年生のとき、「自分新聞」を作りましょうという宿題が出たことがある。田中は、自分の家のニュースをまとめて、手書きで書いて提出した。その壁新聞は高く評価されて、学校の壁に張りだされ、なおかつ全国コンテストにも送られて、銀賞を受賞したのである。
 それ以来、田中は壁新聞を発行し続けた。
 小学校の時は、受賞という実績があったら、学校側も壁に個人新聞を貼ることを許してくれた。
 中学校に入ってからは、貼る場所がなくなり、自分の家の塀に貼り付けている。止めるということができない男なのだ。
 田中の新聞は家族には評判が悪い。
「なんで健康マッサージ器を買ったことなんか書くのよ!」
 とお母さんは怒り、
「競馬ですったことなんか記事にするな!」
 とお父さんも怒る。
 田中としては、これでも気を遣っているつもりだ。お父さんは会社の仲間としている野球賭博でも負けているが、そのことは書いていない。
「お母さんの化粧品を使ったとか、なんでそんなこと書くのよっ。いい笑いものよっ」
 と妹は激怒して、最近では田中に口を利いてくれない。
 仕方がないので、田中はご近所の噂話を集めてきたり、学校の先生の評判を調べたり、級友たちのことまで書く。
 書かれた人は、いい評判の場合は別として、たいてい怒る。が、書かれた当人以外は面白がってくれる。
 たくさんの人が毎日、田中家に立ち寄り、塀を眺めていく。
 長じて、田中はカフェのオーナーとなった。家を改造して、一階を喫茶店にしたのだ。壁新聞はまだ続けている。なにしろ田中は執着の人だ。
 カフェ「壁新聞」の壁には、一週間分の壁新聞がずらりと貼られている。街のひとたちは、新聞を読んでひとしきり噂話に興ずる。
 すでに田中の発行した壁新聞は五千枚を越えていた。
「これ、うちに届けてくれないかなあ」
「オレもほしいなあ。朝日新聞より田中の新聞のほうが面白いもんなあ」
 田中は小学校時代から壁新聞コンテストの入賞者たちと連絡をとりあっていた。同好の士というのはいるものである。
 二十年後、そのなかでもとくに壁新聞を愛好している者たちといっしょに田中は新聞社を設立した。
 田中の新聞はニュースというより日記に近い。
「私も書きたい」
 という人たちが次々にあらわれ、新聞はだんだん分厚くなり、部数も伸びていった。
 家族はもはやあきらめている。趣味が商売になってしまったのだから、文句も言えない。
 田中は真面目に仕事をしているが、どうも、新聞と壁新聞では感触が違うらしく、自ら経営しているカフェの壁に貼る壁新聞はいまだに個人で発行し続けている。
 コアなファンは「壁新聞の中の壁新聞」といって、いまでも毎日、壁新聞カフェに通ってくるのだった。

(了)

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