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【ショートショート】写真立て

 田中はいつものように猫の店で商品棚を見ていた。商店街の奥まったところにある店は雑貨専門で、キャットフードやネコ砂などは扱っていない。
「ん、これは」
 田中はアンティックな写真立てを手に取った。値札を見てちょっと驚く。一万五千円もするのだ。
 顔見知りの店長に声をかける。
「いい値段だね。こういうの百均でも売ってるよ」
「ええ、まあ。でも、これはケージになりますからね」
「ケージ」
 と田中は不審げな声を出す。
「写真を入れるんじゃないの」
「猫を入れると写真になるんです。狭いお宅や多頭飼いをしているお宅では好評ですよ」
「出してやることはできるの」
「もちろん。写真を引き抜くと元の姿に戻ります」
「写真立ての中でお腹が空いたり、おしっこをしたりしたくなったりしたらどうするの」
「大丈夫です。写真立ての中では時間は止まりますから」
「ふうん。便利そうだな。ひとつもらおうか」
「お買い上げ、ありがとうございます。念のため申し添えますが、猫以外のものは決して入れないでください」
 やめろと言われるとやってみたくなるのが人間の性。
 飼い猫のびすでテストしてから田中は自分で写真立ての中に入ってみることにした。
 写真立てはL判仕立ての小さなものだが、不思議なことに頭を近づけていくと、先端から順番に吸い込まれていく感覚がある。肩が入り、腕が入り、間もなく全身が吸い込まれてしまった。
 写真立ての中には驚いた表情をした田中の姿が映っている。
 うっかりものの田中は入ることだけ考えて出ることを考えていなかった。
 失踪事件である。
 瞬く間に七年間の失踪期間が過ぎ、田中の妻は葬儀を行うことにした。
「あら、この写真いい」
 写真立てから写真を引き抜くと、いきなり実物の田中が登場する。
 妻は腰を抜かす。
「あなた、いままでどこにいたの」
「ここだよ」
 と田中は写真立てを指さす。
「へんな冗談を言わないで」
「ほんとだよ。ここにいると、時間が止まるんだ」
 妻は田中の顔をしげしげと見つめる。
「あなた、肌が若いわね」
「そうだろ」
「ということは、私だけ歳を取ったってこと」
「そうなるね」
「そんなのズルい」
 妻は一目散に写真立ての中にび込んでいった。
 七年分歳を重ねたびすがにゃーんと鳴いた。

(了)

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