【ショートショート】遺品

 実家は郊外にある。東京から二時間。そう簡単には往復できない。
 母が老人ホームに入居し、実家は無人となった。
 ちょっと時間が空いたので、私は三年ぶりに実家を訪ねた。
 人の住んでいない家は荒れるというがほんとうだ。鍵を使って玄関をあけ、私はまずリビングに入った。外からの光が舞い上がる埃を照らしている。
 二階を確認し、折り畳みの階段をおろして三階にも上がってみた。
 三階はごく小さな物置である。
 ものでいっぱいかなと心配したが、そんなことはなかった。分厚い絨毯が一枚置いてあるだけ。
 緑と赤の模様の懐かしい絨毯だ。
 私はふと父の顔を思い浮かべた。
 父ははやくにいなくなり、私はシングルマザー家庭で育ったのだけれど、そういえば、父の不在の理由をよく知らない。
「あなたが五歳のとき、絨毯といっしょに消えちゃったのよ」
 と母が言っていたのを思い出した。
 その後、父が戻ってくることはなかったが、なぜ消えた絨毯だけがここにあるのだろう。
 私は絨毯の上に乗ってみた。
 ふいに絨毯が宙に浮いた。私はひっくり返って、あわてて絨毯にすがりつく。
 窓が開き、絨毯は空に飛び出した。
 私は心の中で「止まれ」と念じた。
 絨毯は停止した。
「戻れ」
 絨毯はもとの位置、すなわち、実家の三階に着地した。心臓が早鐘を打つ。
 こいつは言うことをきくのか。ならばなぜ父は家に戻ってこなかったのだろう。父がいない以上、それは永遠の謎だ。
 私はもう一度絨毯に乗り、
「東京へ」
 と伝えた。
 空飛ぶ絨毯は東に向かった。
 それ以来、私はマンションで父の遺品の絨毯とともに暮らしている。そう、遺品。絨毯は父が亡くなったから戻ってきたのだろうと私は推測している。
 母には絨毯のことを話していない。

(了)

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