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【ショートショート】巨大カフェ

 田中家の近所にカフェがオープンした。巨大な倉庫の一画にあるその店は名前をアマゾンという。
 田中が白いドアをあけると中は妙にがらんとした印象だ。それもそのはず、並べてあるのは椅子だけでテーブルがない。
 受付で、
「いいんですか?」
 とたずねると、
「はい。営業中です!」
 と元気な返事が返ってくる。もっとも喋っているのはAIスピーカーだ。
「お手元の注文パッドをお持ちください」
 iPadのような縦長のディスプレイ装置を持ち、椅子に座る。
 タッチすると、注文画面があらわれた。
 「カフェ」「レストラン」「メディカル」「ビジネス」「占い」などいろいろなタブが並んでいる。
 「カフェ」をタッチし、「モーニング」を選ぶ。和食、洋食、中華がある。田中は中華粥を選択した。
 鶏のささみ、ザーサイ、くこの実、白髪ネギの中華粥を乗せたテーブルがやってきた。
 テーブルは、
「へい。お待たせっ」
 といきおいよく叫んだ。
「お客様、なに使う。レンゲだな。あなたたぶんレンゲを使うな。レンゲ、テーブルの下にある。とって使いたまえ」
「よく喋るテーブルだな」
「わたし、よく喋る。なにか不満あるか。中華粥、とても熱い。お客様気をつける。わたしが喋っているうちに適温になる。非常に合理的」
「それもそうだな。なにか話そうか。メニューに「ビジネス」ってあったけど、あれはなんだい」
「なんでもあるよ。どんな仕事道具でも揃う。仕事がない人にはハローワークもある」
「ハローワーク!」
「ほら、来た」
 窓口と相談員のついたテーブルがやってきた。
「お客様、そろそろ適温だよ。食べごろね」
「おお、忘れてた」
 田中は中華粥にレンゲを突っ込む。
 いつの間にか店のなかは、仕事をしている人や書類を書いている人や宗教の勧誘をしている人や子どもを幼稚園に送った親たちの会食でざわめいている。
「繁盛しているな」
「当然当然」とテーブルは断言した。「この店だけでなんでも対応できる。どんなテーブルでも用意できるよ」
「ほんとかい」
「機械、嘘つかない」
「じつは帰りに買い物をして帰ろうと思っているんだが」
「なにを買うのかね」
「猫のエサなんだ」
「ショッピング、ペット、猫、フードをタッチする」
 田中は指示にしたがった。
 各メーカーの猫用フードを山盛りにしたテーブルが近づいてきた。
「今日はタイムセールだよ。お安いよっ」
 救急車の音が近づいてきた。
「またお客様だ」
 とテーブルがいう。
 ストレッチャーが運び込まれ、救急隊員は素早く注文パッドを操作した。すぐに医者と手術テーブルがやってくる。
「ほんとになんでもありだな」
 田中は猫のエサを選び、スマホで料金を精算して店を出た。
 その後、メディアで「原因不明の家出相次ぐ」というニュースを見た。田中はアマゾンのメニューに「宿泊」もあったなあと思い出す。一度あのカフェに入ってしまえば、二度と出る必要はないのかもしれない。

(了)

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