見出し画像

【ショートショート】猫と瓶

 海岸で空き瓶を拾った。
 いや、空き瓶だと思ったら、中に猫が入っていた。小さくて痩せた猫だ。
 猫は死んだように眠っていたが、瓶を持ち上げると、すっと目を開き、私と目を合わせた。大きなあくびをした。
 私は瓶を家に持ち帰った。
 帆船を入れた瓶などは見かけたことがあるが、生きた猫を瓶に入れて捨てるなんて、かなり悪趣味だ。第一、どうやって入れたんだか、さっぱりわからない。
 蓋を開けても、当然ながら猫は外に出て来ることができない。
 私は長い箸を使って、カリカリの餌をいくつか、入れてあげた。猫はぐるると唸る感じですぐ食べた。
 喉も渇くだろう。
 小さな器に水を入れて、瓶の中に入れてみた。猫は水も飲み干し、ほっとしたような表情で眠り込んでしまった。
 私は瓶を、いや、猫を飼うことになった。
 ときどき、瓶の周囲が濡れていた。小粒のうんこが転がっていることもあった。私は市販のトイレシートを四分の一にカットして、その上に瓶を置くことにした。
 猫はだんだん成長し……瓶もそれにつれて大きくなっていくようだった。
 最初はがりがりに痩せていた猫、私はコビンちゃんと名づけたが、コビンちゃんはいまではかなりふくよかだ。表情もおだやかになってきたような気がする。
 それでも、私はコビンちゃんが不憫でならなかった。外を散策することもできず、瓶の中で一日中じっとしているのは、さぞかしストレスがたまる生活であろう。
 ある日、私はとうとう瓶を壊すことにした。コビンちゃんを自由にしてやろう。
 瓶を砕くと、なかにはなにもなかった。猫はいなかったのである。破片を光りにかざすと、それは猫の破片だった。なんということだ。私はコビンちゃんを破壊してしまったのである。
 いそいで破片をかき集め、腕利きの修理屋さんの元に駆け込んだ。
 修理屋さんは、金継ぎをして、瓶を元の形に修復してくれた。割れた線に沿って、金の線がみえる。
 中に猫がいた。
 コビンちゃんの体は、胴体を中心にして、金の線が入っていた。やはりコビンちゃんは瓶そのものだったのだ。

(了)

目次

ここから先は

0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

この記事が参加している募集

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。