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【ショートショート】登園

「パパ、明日の保育園、お願いできる」
 と妻が田中にたずねた。
「無理だなあ。早番なんだよ」
「私もなの」
「じゃあ、いつものベビータクシーにお願いしよう」
「そうね」
 ふたりはうなずくと、ノートパソコンを開き、ネットから予約を入れた。
 翌朝、六時。家の前にオートバギーがやってきた。人工知能搭載型の乳母車である。黒い本体に黄色いカバーが目立つ。
 両親はまだ半ば眠っている五歳の孝を起こし、服を着せて、バギーに座らせた。しっかりとベルトを留める。
「お願いね」
 というと、
「はい。九時に中野保育園にお届けいたします」
 とバギーは答えた。
 ママは孝にサンドイッチをもたせる。
「どこかで食べるのよ」
「うん」
 七時、バギーは孝を乗せ、中野四季の森公園の道をゆっくりと移動している。暇つぶしの散歩だ。
「そろそろ朝ご飯にしましょうか」
 とバギーがいう。
 ぱっちり目が覚めた孝は、
「ねえねえ」
 とバギーにお願いをする。
「おばあちゃん家でごはんを食べたいな」
「おばあちゃん家はどこですか」
「江古田」
 バギーは住所を聞いて計算する。
「可能です。お電話しますか」
 孝はおばあちゃんと話をした。
「いまから来るの。大丈夫かしら」
「うん。いまオートバギーに乗ってるの」
「あらまあ。またなのね」
 オートバギーが言った。
「車道走行モードに切り替えます」
 歩道では時速六キロまでしか出せないが、車道なら高速でも問題ない。三十キロでぶっ飛ばした。孝は大喜びだ。あっと言う間に江古田に到着する。
 マンションの前でおばあちゃんが待っている。
 孝はライ麦パンと卵焼きの朝食を食べて、ふーっと息をついた。
「このパンはおいしいねー」
「ふふっ。そうでしょう」
 おばあちゃんはまんざらでもなさそうだ。
「これあげる」
 孝はママがくれたコンビニのサンドイッチをおばあちゃんに渡すと、オートバギーに乗り込んだ。
 オートバギーは保育園へ向けてかっ飛んでいった。
 九時、保育園前はオートバギーの群でいっぱいだ。園児たちは朝の冒険談を語り合いながら、門の中へ入っていく。

(了)

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