【ショートショート】動物ヨガ教室
田中は帰宅する途中で、新しい店を見つけた。自宅のすぐ近くだ。「動物ヨガ教室」という看板が出ている。動物好きの田中は興味をひかれた。
「ヨガははじめでしょうか」
と女性インストラクターに聞かれる。
「はい」
「体験入会なさいますか?」
「男でもかまわないのですか」
「もちろんです。歓迎しますよ」
更衣室で貸してもらったレオタードに着替える。うわ。鏡は見ないようにしよう。
田中がレッスン室にいくと、ちょうど、初級者教室が始まるところだった。
田中はおずおずと後ろのほうのヨガマットに行く。
「今日は体験レッスンの方が一名いらっしゃいます」
集まった女性たちがパチパチと拍手をしてくれた。田中は名前を言って、頭を下げる。
「はい。それでは猫のポーズから。エサがほしい猫のポーズ」
田中はきょろきょろとあたりを見回す。
みんな正座して床に手をつけている。田中もそれにならった。
「気を許した猫のポーズ」
ごろりと寝転んでおなかを見せる。
「ジャンプしそうな猫のポーズ」
「膝の上でゴロゴロいう猫のポーズ」
「こたつから首だけ出している猫のポーズ」
猫ばっかりじゃんと思いながら、田中はポーズを追いかける。
「はい、次は狸のポーズ。おなかで鼓を打ってください」
イルカ、うさぎ、カラス、孔雀、コブラ、トカゲ、バッタといろいろなポーズが続き、45分ほどでレッスンが終了した。田中は汗まみれ。これで初心者向けとはなかなかキツい。
「どうでしたか」
「ひさしぶりに体を動かしました。なかなか大変ですね」
「体の硬さはだんだんとれてきますから大丈夫ですよ」
シャワーを浴びて、帰り支度をする。
更衣室を出ると、猫やキツネやタヌキが思い思いの姿勢で毛繕いをし、くつろいでいる。
「あら、あなた、ここでは無理して人間の姿になることはないのよ」
「そうよ。外のストレスを発散するために来るんですもの」
「私はこの格好になれちゃっていましてね」
と誤魔化す田中。
「まあ、お堅い方」
インストラクターのお姉さんは、コリー犬だった。
「月謝は銀行引き落としでいいですか」
「はい」
「ではこの書類に記入を」
田中は書類に記入した。
「次は木曜日の18時です。お忘れなく」
「はい」
田中はヨガ教室を出た。ほんとに動物のためのヨガ教室だったとは。まあ、人間も動物の一種だから、いいのか。動物の友達ができるといいな。
しばらく教室に通い、シャワーを浴びてくつろいでいると、自分が猫の姿になっていることに気づいた。あ。オレはほんとは猫だったのか。いままで人間として育てられたから気がつかなかったよ。
動物ヨガ教室は人気が高まり、新しいビルに引っ越した。田中はかならず週二回のレッスンに参加した。田中と同じように、自分のことを人間だと思っている動物たちが自分の本性に気づいていく。会社の中にも自分のことを人間だと思っている動物がたくさんいるんだろうなあ。
田中はぺろぺろと顔を洗い、気が済むと人間の姿に戻って、カバンを手に帰路をたどっていった。
(了)
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