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【ショートショート】固いネジ

「あなたー」
 妻が小さな装置とドライバーを持ってやって来た。
「このネジ、外して」
 なんでも玄関の呼び鈴を取り替えるのに必要だそうだ。ネジを回したが、びくともしない。
「これは固いな」
「だから持って来たのよ。なんとかならない?」
 私は納屋に顔を突っ込んで、古びた電気ドリルを発掘した。コードをコンセントにつなぎ、スイッチを入れる。
 うぃん。
 よしよし、これならなんとかなるな。
 私はネジの駆動部に電気ドリルの尖端をこじいれ、スイッチをオンにした。
 うぉんうぉんうぉん。
 電気ドリルは力一杯頑張ったが、ネジはびくともしなかった。手動じゃどうにもならなかったわけだ。しかし、困ったな。
「ちょっと、田中さんのところに行ってくる」
 田中さんは元工務店だ。こういう作業には慣れているに違いない。
「え。ネジがとれない? いいいよいいよ、貸してみな」
 田中さんはうちのものよりずっと馬力のありそうな電気ドリルを取りだしてきた。
 装置を固定して、電気ドリルを回す。
 うぉん。がーっ。
 ダメだった。びくともしない。
「ダメかあ」
 田中さんは化け物を見るような目で小さな装置を眺め、
「じゃあ、紹介してあげるから鈴木さんちに行ってみな」
 と言った。
 私は教えられた道をたどって、鈴木さんの家に着いた。
 呼び鈴を押すと、鈴木さんがあらわれた。右手を見て、びくっとする。
「ははは。驚いたかね」
 なんと手の尖端が電気ドリルだ。電気ドリル人間だ。
「話は田中さんから聞いているよ。その装置をなんとかすればいいんだね」
 その前にあなたは何者ですかという話をしたかったが、まあ、後でもいいや。とりあえずやってもらおう。
 鈴木さんも装置を固定する。両側から鉄板で挟み込む本格的なものだ。
「さて、やってみますかね」
 右腕の尖端をネジの駆動部に当てた。
「よしっ」
 うぉぉぉん。
「こ、これは」
 鈴木さんはいったんドリルを停止し、
「ちょっと待ってな」
 といって尖端のドリルを取り替えた。
「ダイヤモンド製だ。エナジードリンクも飲んできた。今度は負けねえ」
 グオオオオ。
 すごい音を立てて鈴木さんが回転し、どこかへ吹っ飛んでいってしまった。
 こりゃ無理だな。
 私は装置をもって、すごすごと帰宅した。
「あなた、何をしていたの?」
「ネジを回そうといろいろ苦労してたのさ」
「まったくどんくさいんだから」
 といって、妻は三個の装置を指さした。
「もうこっちは終わったわよ」
「げっ。どうやって」
「左でダメなら右に回せばいいじゃないの」
 と言って、妻はドライバーをネジの駆動部に当て、楽々と右に回してしまった。
 私は唖然として、その姿を見つめた。田中さんや鈴木さんにどうやって謝ろう。まさかこんなネジが存在するなんてなあ。

(了)

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