【ショートショート】善意
商店街で落書きの被害が相次いだ。
文具店を営んでいた田中もシャッターに落書きをされた。抽象画のようである。とにかく色を塗りたくったという感じだ。
防犯カメラに犯人の姿らしきものは映っていない。
その後も落書きは多発し、商店街では夜間の見回りを実施することになった。
「昼間は商売をしているのに夜も見回りとはキツいですなあ」
「まったく」
などとぶつくさいいながら、商店主たちは三チームを作って、七百メートルほどの商店街を毎晩見回る。
三日目の未明、奇妙な光景に出くわした。。
手足の生えたラッカースプレーがわらわらとシャッターに取りつき、ラッカーを噴射しているのである。
「なんだこれは!」
と田中が叫ぶと、スプレー缶たちはいろいろな方向に逃げ出した。田中たちはあとを追ったが、とても追いつけない。
シャッターには書きかけの絵だけが残った。
「犯人はあいつらか」
「っていうか、なに、あれ」
「缶スプレーのお化け?」
「お化けってことはないだろう」
「ああいうスプレーってどこで売ってたっけ?」
「文具かな。田中さんとこ?」
「違う違う。あれは日用品か工具だろ」
「じゃ、ホームセンターだな」
商店街の店主たちは、ホームセンターに偵察に行くことにした。いくつかラッカースプレーを買ってみる。
じっくりと観察してみたが、ふつうのラッカースプレーであった。なにも異常はない。
ところが、ある夜、田中が缶スプレーを眺めていたら、じわっと手足が生えてきたのである。缶をつかむと、かたつむりのツノのように手足を引っ込める。
あわてて、みんなを呼び集める。
「見ててくれ。手足が生えてくるから」
「あっ、ほんとだ」
「さわると、引っ込めるんだ」
「あ」
とひとりがびっくりしたように叫んだ。
「明日はゴミの日だ」
「それがどうした?」
「スプレーってのは残量があると燃えたりするから、中身を使い切って出すんだよ。それを知らない連中がいるからゴミ収集車が燃えたりする」
「じゃあ、こいつら」
「捨てられる前の日に中身をぜんぶ放出していたのか」
「燃えないゴミの日に出せばいいのに、ルールを守らないやつがいるからな」
「悪いのは人間かあ」
結局、落書きは善意の落書きであった。田中たちはゴミを出す前日にシャッターに新聞紙を貼り付けておくことで問題を解決した。
(了)
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