【ショートショート】三色カクテル

 深夜のバー。
 白髪交じりのバーテンダーがひとり。カウンターに客の姿はなく、静かに「枯葉」が流れる。
 ドアが開き、コート姿の男が入ってきた。
 男は席につくと、
「ボムを」
 と言った。
「裏メニューをよくご存知で」
 バーテンダーは無表情に答えた。
 ボムは、赤と白の緑の三層にわかれたプース・カフェである。比重の違う数種類の液体を注ぎ込むカクテルの技法だ。バーテンダーは慎重にボムをつくると、ゆっくり客の前に押し出した。
 ふれると爆発する二種類の液体の間に白い液体が層をつくっている危ないカクテル。
「これを頼まないとあなたはほんとのことを喋らないそうだな」
「口は固いほうなので」
「このバーにはいろいろなひとが集まってくるとか」
「はい」
「日本人以外も」
「はい」
「地球人以外も」
「はい」
「できれば、腕の立つ宇宙人を紹介してほしい」
「どうかなさったのですか」
「乗ってきた宇宙船が壊れてしまってね。修理して母星に帰りたいのだ」
「お役に立てるかどうか」
 コート姿の男はしずかにボムを持ち上げると、くっと飲み込んだ。
 どん、と爆発音がしたが、平然とした顔をしている。
「たしかに地球の方ではなさそうだ」
「ようやく信じてもらえたかね」
「乾杯しましょう。店からのおごりです」
 ふたりはボムを飲み干した。
 どん。どん。
 不気味な低音が響く。
「修理もよろしいですが、どうです、いっそのこと、新品というのは」
「ここでは船も扱っているのかい」
「はい。地下にいささかのストックがございます」
 客はうなずき、バーテンダーは地下二階への扉を開いた。
 ちょうど「枯葉」の演奏が終わる。
 客は姿を消し、バーテンダーはマル・ウォルドロンの「レフト・アローン」を流した。

(了)

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