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【ショートショート】古紙人間

 老人の朝は早い。田中は五時半に目覚めたが、妻はもう朝飯の用意を調えていた。いったい何時に起きていることやら。
 田中は食卓を見てうんざりした。
「また古紙食物かい」
 古紙米、古紙肉、古紙野菜。ごはん全体が茶色い。
「年金生活じゃこれしか手に入らないんだもの」
「米とか魚を食べていた頃が懐かしい」
「贅沢言わないの。世界じゃ、古紙も食べられなくて飢えている人がたくさんいるんだから」
「そりゃそうなんだけどさあ」
 人間の細胞は三ヶ月ほどで入れ替わるそうである。だからもう、田中の体は古新聞などから作った再生古紙でできているといっていい。
 皮膚は茶色く、多少ごわごわしている。
 朝食を終えた田中は、散歩に出た。
 朝の空気は気持ちいい。緑道に入り、深呼吸しつつ歩く。
 問題は、と田中は考える。喫煙者だ。空気を汚すかれらも、空気は新鮮なほうがいいらしい。快適そうに朝の空気を汚して歩いている。
 咥え煙草の男が田中を追い越していった。きつい煙草の匂いが田中をおそう。
 くそ。燃えてしまえばいいのに。
 心の中で毒づいていると、男はほんとに燃え始めた。
 煙草の火が燃え移ったらしい。すぐに男は全身炎に包まれ、道路に倒れ伏した。
 田中は警察に通報する。
 炎上事件は日常茶飯事なので、警察の対応も淡々としたものだ。
「あぶないから離れていてくださいね」
「はい」
 男が燃えかすになって風に吹き飛ばされる前に警官がやってきた。
 さすが公務員。肌つやがいい。いいもの食っているんだろうなあ。
 田中は後を任せ、自宅に帰る。
「前を歩いていた男が燃えたよ」
「あら、また」
 と妻も驚かない。
「おまえも気をつけろよ」
「うちは大丈夫。IHだから」
「そうだったな。息子たちは大丈夫かな」
「夫婦で働いているんだから、ちゃんと食べているでしょうよ」
「孫が再生人間じゃかわいそうだもんな」
 妻は古紙茶と古紙大福を食卓に並べた。
 田中は古紙大福を口に含みつつ、
「カサカサする」
 とまた文句を言った。

(了)

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