【ショートショート】お迎え
田中は近隣にある総合病院で臨終した。
免疫不全関係のむつかしい病気である。
もっとも、原因が簡単だろうがむつかしかろうが、死んでしまえばあとは同じ。お迎えを待つだけである。
三途の河原から送迎バスが出ているそうだ。
ちなみに田中の場合は、家の近くにある南三丁目バス停。
そういえば、死んだら葬儀をやってくれるのかなと思い、田中は病院の地下にある霊安室に顔を出した。
ちょうど妻と長男が来ていた。それに葬儀社の営業も。
「おとうさんの知り合いって多いの?」
「少ないと思うわよ」
「最近は小さなタイプのお葬式が多うございます」
「葬式いるかな」
「直葬でいい」
と妻はあっさり結論を出した。
「まあ、そうなるだろうな」
と田中もうなずく。
田中の遺体は葬儀社の霊安室に運ばれ、翌日には、荼毘に付された。あー、煙になっちゃったと田中は思う。
もうこの世にいても仕方がない。
田中はとことこ歩いて、バス停まで来た。
と、向こうから知り合いがやってきた。北田だ。
「あー、田中さん、死んじゃったんだってねえ」
「あれえ、見えるんですか」
「言ってなかったけどね、オレ、見える人なんだよ。それより、なにしているの」
「送迎バスを待ってます」
「あー、お迎えね」
影の薄いバスが近づいてきた。
きっとあれだな。
バスの扉が開いたので、乗り込んだ。
ポケットにあった携帯をかざしてみると、すっととおれた。パスモはまだ使えるのか。
北田も乗り込んでくる。
「あれ。北田さん、生きてるんじゃ」
「付き合うよ。せっかくだから、三途の河原でちょっと飲もう」
「えー、北田さん、糖尿でしょ」
「いいんだよもう、すこしくらい寿命が縮まったってさ」
三途の河原の大きな料亭で楽しく飲んでわかれた。北田はまた送迎バスに乗って帰って行く。
田中は、川を渡る舟を待った。
田中の場合、家の宗教は仏教で、キリスト教系の学校に通い、自分自身は無信仰だ。行き先に困った。
極楽浄土へ行くのか天国へ行くのか地獄に墜ちるのか。
ちなみに、地獄の沙汰も金次第と言ったりするが、地獄行きの舟は安い。天国は高い。極楽浄土は中間くらい。
高いほうがサービスがいいだろうと思い、天国行きのチケットを買おうとしたが、すでに銀行口座は封鎖されていて、クレジットカードが使えない。
しかたくなく、田中は料亭で下働きのアルバイトをすることにした。さいわい、時間ならいくらでもある。
やがて、北田が送迎バスに乗ってやってきた。
「やあやあ。田中さんまだこんなところにいるんだ」
「舟代を稼がないとねえ」
「あげるよあげるよ。天国に持っていったって仕方ないんだしさ」
こうして、田中はぶじ天国行きの舟に乗ることができた。ちなみに、舟を操っている船頭さんもアルバイトだそうだ。死んでからもお金がかかることは覚えておいたほうがいいと妻と息子に伝えたいが、方法がない。
北田に聞いてみた。
「ああ、死後のお金の特集は天国ラジオでよくやってるよ」
問題は、ふつうの人にはそれが聞けないってことだな。
(了)
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