仕事の話

4月から新しい仕事を始めた。
今までまったく視野に入れていなかった介護の仕事だ。知識も経験もない状態で走り出してみたけれど、やっぱり勉強せねばいつか絶対に何か良くないことに巻き込まれそう……となって資格をとるためにスクールに通いだした。
 
職場は50人規模の老人ホーム。大体が認知症を患っている。身の回りにそういった高齢者がいなかったので、仕事に就いて初めて認知症の方と触れ合った。
入職して3日目、お花見イベントがあった。施設の玄関に横付けされたワゴン車に、参加を希望した利用者が順番に乗り込んでいく。3~4人の利用者とエントランスで順を待っていた時に、1人の女性が不安げな面持ちで話しかけてきた。どうしましたかと尋ねると「私何も持っていないの。出かけると言われたのだけど、何もいらないのかしら」と。必要なものはもちろん職員が全て用意しているので手ぶらで構わない旨を伝える。何度かこのやり取りを繰り返しているうちに落ち着いたようで「お土産話を楽しみにしていてね」と笑顔で車に乗りこんだのを見てホッとした。
戻ってきたら感想を聞きたいな、と思いながら慣れない仕事に追われて、その日はもうその方と会話する時間が取れず帰宅した。
次の日、その方とお話しする時間ができて「昨日のお出かけどうでしたか?桜、満開でしたか?」とお尋ねすると、その方はキョトンとした顔で「私は出かけていませんよ。一日ここにいました」と返した。今思うとそうだろうなとわかるのだけど、なんせ初心者なもんで本当にショックだった。これが認知症なんだと。初心者ながらに勉強をして絶対に否定してはいけないということは知っていたので「そうだったんですね。昨日お花見のイベントがあったんですよ。てっきり参加されたものと思いました」とそれらしい返しをなんとかしてその場を凌いだ。でもずっとなんだか胸がザワザワした。悲しいような寂しいようなつらいような。なんとも表現しがたいザワザワ。とんでもない世界に私は足を踏み入れてしまったようだ、と気づき覚悟ができた日でもあった。

3ヶ月経った今も何が正解で何が不正解かもわからない状態で日々模索してる。昨日どころか、数分前、いや、ほんの数ターン前まで穏やかだった利用者がいきなり怒りだしたりする(その逆も然り) 人間関係と思うにはあまりに難しすぎる。
週一回のスクールで毎回先生が変わるんだけど、この先生なら相談できそうと思えたらその時抱えてる悩みを吐き出させてもらってる。「あるあるだよね」と言ってもらえるだけで心が楽になる。私が悪いわけじゃないんだって。そんなこともわからないからさ。

めちゃくちゃ落ち込んで帰る日も、イライラしながら帰る日も、切ない気持ちで帰る日もある。だけどこの仕事が好きかもしれないという気持ちもちゃんとある。私ってどこまでも人間と関わるのが好きなんだ。
この好きをもっと大きく豊かなものにしていきたい。そのために勉強頑張らなきゃ。課題全然終わらない。今も明日提出のレポート用紙を前に広げながらこんなことをしてしまってる。よくないね。
このまえ利用者さんに「そろそろ慣れてきたかい。慣れるまでが大変だよね」と声をかけられた。どこまでわかっててその言葉をかけてくれたのかわからないけど、この人たちの穏やかな生活を支えるためにもっと頑張らなきゃいけないなって改めて思っちゃったな。




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