若手人材の成長実感を、「質的負荷」の観点で考える

5月2日の日経新聞で「若手伸ばす「育て方改革」 「俺についてこい」→「自ら育つ」環境整備へ 社内外から刺激、成長促す」というタイトルの記事が掲載されました。

5月病という言葉もありますが、5月、8月、1月は、人事担当の方が新入社員に対して特に気を揉むタイミングだと聞きます。理由は、大きな連休が明けた後、職場に戻ってくるかどうかが気がかりだからです。今週は、まさにそのタイミングでもあります。

同記事の一部を抜粋してみます。

新入社員をはじめとした若手の変化を押さえておこう。古屋星斗・リクルートワークス研究所主任研究員のデータにもとづいた分析から傾向がつかめる。同研究所が2021年11月、従業員1000人以上の企業に勤める大卒・院卒社員(正規雇用者)を対象に実施した「大手企業新入社会人の就労状況定量調査」をもとに、「負荷」のかかり方が本人の成長実感にどのように影響しているかを調べた。

19~21年卒の社員に尋ねた結果と、10~14年卒社員に入社1年目の状況について聞いた結果を比較した。新しく覚えることが多い、自分の業務が難しいといった負荷を、古屋氏は「質的負荷」と命名。10~14年卒も19~21年卒も、質的負荷が高いほど、成長実感は増していた。

違いが出たのは、上司や先輩の指導が厳しい、人間関係のストレスがあるといった、「関係負荷」と名づけた負荷をめぐってだ。10~14年卒は関係負荷が高くても成長実感には影響がみられなかったが、19~21年卒は、関係負荷が高まると成長実感が低下していた。

若手の変化の背景のひとつには制度改革がある。15年から若者雇用促進法が段階的に施行され、新卒者を募集する企業は応募者から求めがあれば、一定の職場情報の開示が義務づけられた。さらにパワーハラスメントの防止措置をとることが、20年に大企業、22年には中小企業も義務化された。若者がパワハラに敏感になった一因だ。

加えて「終身雇用」が崩れ、自分のキャリアは自分で切り開く必要があるとの自覚を若手社員が持ち始めたことが、上司らと距離感をとることにつながったとみられる。

上記では、関係負荷の上昇が成長実感の低下につながるようになったと指摘しています。さらに、ハラスメントに敏感になったこと、キャリアの自律性から上司らと距離感をとるようになったことが、その要因として挙げられています。背景には、雇用を取り巻く環境の変化が想定できそうです。

以前は、長い期間をかけて会社組織の中でキャリアを積み、そのキャリアを組織内にて発揮し続けていくことを前提とした仕事の考え方も多く見られました。それによってキャリアや処遇面で将来的に得られることへの期待も大きかったわけです。

しかし、環境変化もより早くなり、事業の存続やM&Aなども含めた組織の改廃、人材流動化の促進などによって、以前ほど安定した期待を見出しにくくなったのは周知のとおりです。そうした環境変化の中では、従業員としては無条件に関係負荷に耐えようという意志が保ちにくくなるのは自然な流れです。

指導する側にそのつもりがなくても、指導を受ける若手社員が指導者による叱咤などに身の危険を感じてしまった場合は、その場に居続けたいと思えなくなります。早く別の環境に移ってキャリアを再構築する行動をとろうと思いますし、そう思いやすくなる環境になっているというわけです。

特に21年卒以降の人材は、コロナ禍によって学校やその他での対面活動も大きく制約を受けた人たちです。組織内での関係負荷に対して、従来以上にコミュニケーション対応に不慣れな一面をもちあわせているかもしれないと想定するのが、妥当ではないかと考えられます。

では、このテーマにどのように向き合うべきなのか。ここでは2点考えてみます。ひとつは、上記記事が指摘する「質的負荷」を関係負荷と関連付けてとらえることです。

上記記事は、若手世代が一様に負荷を回避しようとするわけでもないことを示唆しています。新しく覚えることが多い、自分の業務が難しいといった「質的負荷」の高さは、成長実感に変えることができているとあります。「この上司や先輩からは学ぶべき点が多く発見が多い」、あるいは、「自分の難しい業務を支援してくれる存在」のように認識されれば、厳しい指導や叱咤も的確に受けとめることができるかもしれません。(もちろん、だからと言ってハラスメントが許されるわけではありませんが)

逆に、「この上司や先輩からは学ぶべきものが見当たらない」、「自分の難しい業務を支援してくれない」のような存在で、上から目線の厳しい指示命令だけ、のようだと、若手人材にとってはそれを成長実感に変えていける環境的な根拠が何もない、ということだと思います。

もうひとつは、関係負荷の分散の視点です。

同記事からさらに一部抜粋してみます。

社員が刺激を受ける機会は兼業・副業、社外での勉強会、ボランティア活動など会社の外に広がっている。

社内でも、所属する職場以外の社員との活発な交流は、人材育成の効果が見込める。ソニーグループは都内と横浜市のオフィスのそれぞれ一角に「PORT品川」「PORTみなとみらい」というスペースを開設。社員が自発的に勉強会やワークショップ、講演会などを開いている。

ジョブ型人材マネジメントの浸透に力を入れる日立製作所は、入社式を「キャリア・キックオフ・セッション」という名前のイベントに衣替えした。新入社員に、きょうから自分のキャリアは自分で切り開いてほしい、というメッセージを送るためだ。

上司や先輩が若手人材の育成を放棄するのは論外ですが、一方で、所属部署の上司や先輩が若手人材の育成すべてを担うのも無理があります。所属部署の上司や先輩がすべてを抱え込んでうまくいくのは、環境変化が緩やかでビジネスモデルが長期にわたって安定し、組織内外での人材入れ替わりがあまりない状況下においてでしょう。そのような状況が当てはまる組織は、少数派のはずです。

また、いろいろな方面での関係性をもつ経験ができれば、上司や先輩との関係負荷についても多角的な視点から再評価する余地も広がるはずです。「あのときのあの指導は、こういうことだったのか」と、当事者だけとの関係性の中では気づかない視点ももてるようになるかもしれません。

視野を広げることで、所属している会社組織や今担当している業務、これから担当する可能性のありそうな業務などへの意義を認識し続けることができれば、それらの中から「質的負荷」を積極的に見出すことにもつながるのではないでしょうか。

同記事では、次のような説明もされています。若手人材への向き合い方で、認識しておきたい視点だと思います。

~~「関係負荷」をかけると若手社員の成長実感を下げるといっても、日常業務の基本的なことは、きっちり指導しないわけにいかない。組織である以上、コミュニケーションや信頼関係の大切さを否定はできまい。

しかし、「俺についてこい」といった流儀や、若手を身近に置いて「背中で教える」というやり方が、今の時代にそぐわなくなってきたことも確かだろう。「これまで企業は垂直的な関係だけで若手育成を考えてきた。水平的な関係に向けての『育て方改革』を求められている」。企業が注力し始めた「人的資本経営」において、優先度の高い課題だ。~~

<まとめ>
新しく覚えることが多い、自分の業務が難しいといった「質的負荷」が若手人材の成長実感の高まりにつながるという点は、変わっていない。

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