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株式上場の意義
東芝がファンドから買収提案を受けていることが話題になっています。仮にそのまま進めば、日本の経済界を支えていた超有力企業の一角が自ら積極的に非公開化するという、株式市場では異例の出来事となります。
普段経営者様とお話していて時々話題になるのが、上場する意味はあるのかということです。上場にはメリット・デメリットがあり、企業方針・戦略次第ですので一概には言えません。その上で、個人的な意見で敢えてどちらかを選ぶとするなら、新興企業がこれから新たに上場を目指す意味は、あまりないと考えます。
アイリスオーヤマの大山社長が、「グループ全体の売上高が3000億円を超え、自動倉庫への投資などもかさんでいる。株式の上場という選択肢はないのか。」という問いに対して、ダイヤモンドオンラインで次のように語っています(2016年当時)。少し長くなりますが、同記事を一部抜粋します。
~~昔も今も、まったくありません。そもそもなぜ上場するのか。そこがポイントなのです。僕は3つあると思う。
まず、自分の間接金融では金が足らないので直接金融で世の中から出資してもらい、そのお金で会社を大きくして利益を分配する。2つ目が、上場して社会的な信用を得れば優秀な社員を雇用できるし、自己資本も厚くなる。3つ目が本音ベースの話で、相続対策です。会社が大きくなり持ち株が何百億円もの価値になり相続できない。結局、会社を手放すぐらいならば早めに他人に譲渡して経営権だけを動かしたい、というものです。
アイリスオーヤマは単品毎に10%の営業利益を確保する仕組みにしたので自己資本で回せます。だから資金問題はありません。2つ目の社会的な信用。東北には三十数社の上場企業がありますが(同社の本社は仙台市)、おかげさまでアイリスオーヤマは上場企業にひけを取らない知名度やブランド力があります。3つ目の相続も、息子への譲渡を始めています。
もっと言えば、上場するデメリットの方が問題です。上場したら利益は後でいいのです。とにかく成長しなければならない。上場とは、「儲けるためにお金を出してください」ではなく、「成長分野があるから投資してください」ですね。だからこそ上場企業は常に右肩上がりのチャレンジを続けなくてはなりません。
これを悪いとは言いません。しかしいつも高下駄を履いたような経営であり、良いときはいいのですが、何かあると大変です。しかしアイリスオーヤマの経営は、成長は2番目のテーマなのです。一番が利益。いついかなる環境でも利益を出せる体制を創る。それが従業員のためであり、社会への貢献でもある。
資本家が入り、支配権は資本家が持っていく。そして経営者は資本家から任命される。だから社員と経営者には溝があります。もちろん当社にだって溝はありますが当社の場合は資本家と経営者が一体化している。
アイリスオーヤマでは過去、いわゆる労使交渉はゼロです。働く社員にとってよい会社を目指し、そのための仕組みづくりに力を注いできたらゼロだったという話です。アイリスではすべてが仕組みです。たまたま儲かったから社員にばらまくのではなく、いかなる時代でも利益の出せる仕組み、利益を出したらもらえる仕組みと、そのための公平で公正な評価手法を改善し続けてきました。
1兆円もの利益を出している会社で賃上げは2000円。そして株主に配当する。見ようによってはばかげていませんか。社員は、「俺たちはもっともらって当然だ」と叫びたくなりますよ。アイリスオーヤマには、「リーダー職」以上の社員を対象に決算賞与の仕組みがあります。社員が努力して利益を生み出した分を還元するために、営業利益の一部を配分するものです。
社員あっての会社ですし、会社あっての社員です。アイリスオーヤマの仕組みは、非上場で資本家が経営者を兼ねているからこそできる経営スタイルと言われればそれまでですが、それでよいのですから上場の意味もない。
上場企業では株主の多くは、儲からなくなれば株を売ります。ファンドにいたっては「不採算事業を売れ」と要求してくる。「では働いている従業員はどうなるのだ」などという問題に彼らの関心はありません。アメリカの資本主義は資本家のための価値観であり、社員は将棋の「歩」にもならないような存在です。社員をそんな風にしか扱わない会社が、持続的な成長を続けていけるとは到底思えないのです。~~
大山社長のお話は、ひとつの価値観・考え方によるものであり、上場に対する考え方のすべてだとは言えません。その上で、本質をついている示唆だとは思います。
上場の目的は、大山社長が挙げている3つの主な理由に加えて、もうひとつあると言えます。改めて以下に整理してみます。
1.直接金融(銀行などからの借入ではなく、返済義務のない出資)で資金調達できる
2.社会的な信用を得られる(雇用以外にも、特に大手企業との取引などでは、上場しているほうが選ばれやすい)
3.経営権譲渡・事業承継がスムーズにできる
4.ガバナンス(統治)が効きやすい(株主、外部の目にさらされる)
逆に最大のデメリットとしては、敵対的買収等により、経営権が安定しないリスクに常にさらされることでしょう。株主は、その会社にとって最も適切な経営をしてくれるであろう人物に経営を委ねます。より適切だと思われる人物が現れたならば交代させるのは、株式会社の論理からは当然と言えます。そこには、創業家の想いや社員の想いなどは、基本的に介在しません。それらを大事にしたいならば、上場は障害になるでしょう。
他に大きいデメリット要素は、「お金・時間のコストがかかる」ということです。株主としては、倒産しても返ってこないお金を出資するわけです。満期が保証されている保険や債券への投資、建物で何かあったとしても土地の価値が必ず残る不動産投資などよりも、当然高いリターン(配当+値上がり益)を求めます。上場を続ける限り、株主にとっての多くのリターンを毎期追求しなければなりません。不動産投資が一般的にどれぐらいのリターンがあるかを調べれば、自社が実現させなければならない株主にとってのリターンがどれぐらいかも見えてくるはずです。
上場は、株主や外部による、ある種客観的な意見や監視を得ながら妥当な経営判断に活かしていけるという長所があります。裸の王様で社会的倫理を踏み外したパワハラ経営者は、非上場なら成立してしまう危険性がありますが、上場企業では通用しません。半面、株主や株式市場に対する説明責任を果たすために時間がかかります。
東芝で今回検討の俎上にあると言われる非上場化も、その大きな要因として株主総会が紛糾したことが挙げられています。株主が1人ではないために、多方面からいろいろな要求を受けます。それに対応するための株主総会の運営ひとつをとっても、膨大な時間がかかります。事業戦略上の重要な判断は株主総会を通過する必要もあります。経営陣が株式の大半を握り、「思考即実行」で経営しているオーナー経営企業と比べると、スピード感の差は歴然でしょう。
続きは、次回以降の投稿で考えてみます。
<本日の一言>
株式上場のデメリットは、経営権の不安定化と維持コストにある。