低金利の副作用・人的資本の劣化から低成長について考える
10月12日の日経新聞で「長期停滞、対症療法脱却を」という記事が掲載されました。過去30年におよぶ国内総生産(GDP)の低成長の要因について考察した、示唆的な内容です。
同記事では、長期停滞の要因として少子高齢化、不良債権処理の後遺症、低金利の副作用(企業の過度なリスク回避)、人的資本の劣化という4点を挙げています。加えて、政府債務の増加によって財政の長期的な持続性について将来不安が高まることも、長期不況をもたらす可能性があるとしています。そして、少子高齢化以外は、今後の経済政策で対応できる課題だとしています。
ここでは、低金利の副作用と人的資本の劣化を中心に考えてみたいと思います。同記事の一部を抜粋してみます。
低金利→低収益事業の選択→経済全体が低成長、という仮説は、次のようなモデルだと説明されます。借金をして次の1.2.のどちらかを選ぶ経営判断に迫られた場合、金利によって意思決定に影響を受けるのではないかというわけです。
1.低リスク低収益事業:ほぼ確実に成功し必ず1%の利益と仮定
2.高リスク高収益事業:事業が半々の成功・失敗確率で、半分の確率で10%の損失(マイナス10%の利益)、半分の確率で20%の利益(両者の平均5%の利益)と仮定
前提:企業経営者は、債務不履行を起こすと大きなペナルティーを受ける
金利が0%のときの結果:1.なら必ず借金返済でき、2.なら半分の確率で債務不履行のため、経営は1.を選ぶ。その結果、経済全体が低収益になる。
金利が3%のときの結果:1.なら必ず債務不履行、2.なら半分の確率で借金返済できるため、経営は2.を選ぶ。その結果、経済全体が高収益になる。
シンプルなモデルながら、低成長の要因を構造的に仮説立てられる、有益な考え方だと思います。経済危機時には相応の役割を果たしたゼロ金利政策が、長期にわたることで経済成長の足かせになっているのではないかという指摘です。
金利政策決定者以外が金利政策を直接どうこうできるわけではないですし、政策決定にはもっと多角的な視点が求められるべきものでしょう。そのうえで、私たちとしては、「低金利に慣れてしまうことで、気付かないうちに必要なリスクをとらなくなっているかもしれない」と認識して、目の前の事業機会や意思決定の場面に向き合うことはできると思います。
賃金所得の変動リスクの増大が人的資本投資の抑制圧力になる、という点も示唆的です。確かに、個人の視点としても、将来の賃金がどうなるかわからなければ、手元にお金を貯めて備えようとします。また、能力開発のために投資した結果が賃金という形で還ってくることに確信が持てなくなると、使うにしても別のことに使いたくなるかもしれません。
しかし、かつてのように雇用が安定した環境に戻るのは難しいと想定されます。社会全体の流れが、ギグワーカーや副業・複業など多様な雇用形態の普及に向かっているためです。
また、日本より人的資本投資が行われているとされる他国では、雇用の継続性含め日本以上に賃金所得の変動リスクが高いはずです。精神論的になってしまいますが、賃金所得には変動リスクがあるものだということを所与の前提として受け入れ、自己投資することでより高い賃金所得を目指していくという考え方に慣れて、行動するしかないように思います。
企業の視点としては、自社の従業員に対して、賃金所得の変動リスクを下げるために可能な取り組みがあればする、そして従業員に対する人的投資も最大限行う、ということが、実行可能な取り組みだと思います。例えば、正社員・非正社員を含めた同一労働同一賃金の処遇、正社員はもちろん非正社員に対しても教育訓練機会をコストではなく投資と認識してより積極的に行う、などです。
「意識しない間に、低リスク・低成長の行動を意思決定していた」となっている可能性を認識し、自身や自社がどんなことに取り組むべきかを改めて考える視点は、持っておきたいことだと考えます。
<まとめ>
何事もリスクはつきものだが、リスクを所与のものとして取り組むべきことを考える。