有限な私たちの無限の愛
大学一年生の時だろうか、
母の涙声を聞いたのは。
とても一瞬だったから、
娘であり、他人の感情に敏感な私でも本当に涙声だったかは定かではない。
それは夏日の6月初旬。
小田急バスの停留所、
楠木の下にあるベンチに
母とともに腰掛けていたとき。
ふと母の古い友人の話になった。
「とても賢くて、本が好きで。
たくさんお話しをしてくれる人。
話が尽きないから、
話すのが苦手な私からしたらねとっても居心地が良いの。」
柔らかな微笑み、
反対の歩道のベビーカーを引く若い母親を見つめながら母は話す。
「お子さんがふたり、
上が娘さんで下が息子さん。
旦那さんは会社を経営してたかしら。
たしかインテリア関係の。
とっても仲の良い家族よ。
毎年家族で沖縄に行ってたの。
その時の話もよくしてくれた。」
だんだんと母の発する言葉
ひとつひとつが、
いつもの柔和で陽光のような明るさを失ってきたような気がしてきた。
「ある時、
みんなでシュノーケリングしてた時のこと。
彼女だけ深く潜ったっきり、
水面に戻ってこなかったの。
ずっと、ずっと戻ってこなかったの。」
私は母の言葉に一瞬の震えを感じた。
何も言えず、私たちは沈黙した。
「二日後くらいにね
海底で彼女が見つかったわ。」
若かった私は、
母娘で湿っぽい話なんてやめて欲しかった。
涙声もきかないふりをした。
でも今、
無限の愛を与え合う、
有限な私たちの関係に切なくなる時がある。
終わりがいつかは分からない。
でもそれを考える時、
私は母がこの話を
私にしたことを思い出す。
そしていつも
思いっきり悲しくなってしまうのである。
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