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嘘つきは泥棒のはじまり!(童歌から学ぶこと)

嘘つき:在りもしないことをでっち上げて、本当の事のように言う
泥棒:人の物を平気で自分の物にしてしまう

 子供の頃 よくそんな言葉遊びを 言いあって遊んでいた。

親になって、思い返すと
子供を育てるのは 難しい。
子供の幸せを願うばかっかりに 親は心配性になる
「心配」は「子育て」に一番「毒」だったのだ!と 後になって気づき、
自責の念に かられる私

「信頼の上に成り立つおおらかな環境」
それが「愛」を育てる。

そんな環境の中で 子供は育つべきなのだ。という理想

おおらかな環境は 人がつくるもの
 人と人との関係が 穏やかであれば、その環境の中で生まれた子供たちは 自然におおらかに育つ。
おおらかな人々は 人との付き合いもおおらかで、そこから生まれる人の
「和」が「絆」が、次の世代にも 育つなら、その子たちは きっと幸せであるに違いない。

「peace」それは 人間が創るもの
「peace」それは人間の「善」なるものを 前面に出してつき合うことで生まれる。と、私は思う。

 人間は「善」と「悪」を 持ち合わせている者、だからこそ 敢えて「善」を前に出そう。
★仏教では「自分の中の仏の心を出しなさい」
★キリスト教では「イエスに仕えるように隣人に接しなさい」
他の宗教は どんな言葉を使っているのか知らないけれど…
「善」を前に出すことによって「悪」は小さくなる。

「悪」は その人を優位に導く近道のように見える。
「悪」は その上で成功したように見える。
「悪」は「善」なる人を追い込む
「悪」は「善」なる人を犠牲にする
「悪」の「はじまり」は「嘘」ではじまる

知っておこう!
「悪」が「善」を滅ぼすことを
気を付けよう!
「悪」が「善」を滅ぼさないように
自覚しよう!
「善」は「悪より弱い」ことを

だから、敢えて私たちは「善」の方に向かなければならない。
この世には
「人の弱み」に付け込んで「悪」に導く者がいて、
「善」を狂わしてしまうことがある。

残念ながら「悪」の力の方が 強いのだ。
だからして、簡単に「悪」の道に連れ込まれ、「悪事」と知りながら、
「快感」を覚えてしまうのだ。
それこそが この現世に起こっている現象なのだ。

だからこそ、「こころして『善』を前に出そう」
小さなことからでいい、「一日一善」は素晴らしい言葉なのだ。

「嘘つきは泥棒のはじまり!」
「嘘ついたら 針千本飲~ます!」


子供のころ、よく口にしていたことは 
昔からの「さとし」で、本当のことだったなのだ

  さとし:論<説得する>
      悟<はっきりと認識する、物事の道理を知る>
      
    


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