私たちの夏のご褒美
気分が良いと飲みたくなるものがある。
私が唯一おいしく飲めるお酒、梅酒だ。
ビールほど苦くなく、カクテルほど甘すぎず、いつでもさっぱり飲める梅酒。
ロックでチビチビと少しずつ味わって、茹でだこのように顔や首を真っ赤にさせながらポヤポヤと時を過ごすのが好きだったり。
でもなにより好きなのは子どものころの夏の思い出をちょっぴり味わえるから。なのかもしれない。
子どものころ節約ブームだった我が家ではよほどのことがない限り夏にクーラーをつけていなかった。
今ほど暑くもなく、クーラーを入れなくとも熱中症危険レベルに到達することはほとんどなかった時代、どれだけクーラーを我慢できるか大会が開かれていたくらい、外で毎日汗だくになりながら遊べていた時代だった。
夏休みになると我が家では何かにつけて大会が行われていた。
寿司桶にこんもりと盛られた白ごはんと塩、側には梅干し・納豆・海苔などのトッピングが用意され、よーいスタートで始まる「おにぎり大会」。(どれだけおにぎりが作れるか競う大会。もちろん食べ終えたおにぎりが個数にカウントされる。)
昔ながらの手動のかき氷機で自分たちは汗だくになりながらひたすらガリガリと氷を削る「かき氷大会」。(競うわけではないが、氷はあっという間に溶けてしまうので時間との戦い。あと練乳の取り合い。)
そして先ほど触れた「どれだけクーラーを我慢できるか大会」。
涼しい場所と涼しくなる方法をいかに見つけ、想像力豊かに乗り切るかが問われる夏恒例の大会だった。
我が家で涼しい場所といえば、廊下だった。
私にとってリビングを出て玄関に続くほんの数歩のこの空間は、風通しがよく、日も当たらず木陰のような場所で、廊下のすぐ横にある階段は、下の数段が涼しく腰掛けられる、ベンチのような存在だった。
この数歩のスペースに扇風機を持ち込んで、ケーキを買ったときにもらった保冷剤を3つタオルに包み首に巻いて、私はアイロン台の上で夏休みの宿題をし、お母さんは生協のカタログを眺め、弟は公園へ野球をしに行っていた。
漢字ノート1ページが終わればベンチ(という名の階段)で休憩して、計算プリントが1枚終わればお母さんの見ているカタログを眺め、眠くなれば座布団を敷いてお昼寝をして…と嫌な記憶が1mmもないほどこの廊下での夏休みを大いに楽しんでいた。
そんな夏休みのほとんどを過ごす我が家のこのスペースには、とびきり特別なご褒美がそっと置いてあった。
一際目立つ透明の大きなビンに赤い蓋がきっちりはまっていて、お母さんしか開けられない私たちの夏のご褒美。
中にはうず高く積まれた青いまんまるな梅の実がこちらをのぞいていて、濃い透き通った黄金色のジュースがビン底にたっぷり入っていた。
お母さんが毎年夏になると作る梅ジュースだった。
梅ジュースは涼しい場所に置いておかなければならないので、この涼しい階段にそっと置いてあった。
作り方は覚えていないけれど、梅の実にフォークで穴を開けるお手伝いをしたことは覚えている。
初めは青く硬い梅に、綺麗な透明の氷砂糖をザクザクいれてしばらく置いておくとだんだんと黄金色のジュースができてくる。
夏が始まる少し前に作り始めて夏の到来とともにおいしく出来上がる梅ジュース。
これが私たちのとっておきの夏のご褒美だった。
木陰のような廊下とベンチのような階段で想像力を借りながら過ごしてもどうにも暑い日に、お母さんはこう言って階段からこの梅ジュースの瓶を持ってきた。
「梅ジュース飲もっか」
お母さんがガラスでできた小さな六角形のグラスに少しずつ梅ジュースを注ぐ。
暑くて暑くてたまらない午後のこの時間は日がちょうど台所に差し込んで、グラスに注ぐ梅ジュースがキラキラ光っていた。
カランコロンと氷を2つ入れて濃い黄金色にお水を注ぐと、注いだ場所から綺麗なおいしい黄金色に変わった。
このおいしい黄金色ができあがりの合図だった。
小さなグラスにできあがった私たちのご褒美梅ジュース。
あんなに大きな瓶にぎっしり梅が詰まっているのに、瓶の半分ほどしかできない貴重な梅ジュース。
ぐびっと飲んでしまえば、ほんの3口ほどでなくなってしまう少しのご褒美を、私たちは大切に大切に飲んだ。
梅干しと同じ梅からできているなんて信じられないくらい甘くてすっきりした夏にぴったりのご褒美ジュース。
チビチビとこのおいしいご褒美を飲んで、少しでも長くこのご褒美を味わうんだ。
誰にもとられたりしないのにこっそりと、何か悪いことでもしているみたいにクスクス笑いながらチビチビ飲む。
この時間が暑さを忘れるくらいとびきりワクワクする私たちのご褒美だった。
大人になった今でもチビチビと飲んでしまうご褒美がある。
子どものころと同じ夏の味のする梅酒だ。
飲むとカ〜っと熱くなるところや、顔や首が茹でだこのように真っ赤になるところ、ふわふわと眠くなるところが少し違うけれど、同じようにおいしい黄金色をしていてすっきりと甘酸っぱい。
子どものころのようにチビチビと飲んではあのころの夏を思い出す。
なんにもなかったようでなんでもあったあのころを、いつでも思い出せる夏の味。
季節問わず飲めちゃう梅酒もいいけれど、やっぱり夏限定の梅ジュースはいつまでも私たちのご褒美だ。
「もう梅ジュース作らないの?」
と聞くと
「いろいろ面倒になってね」
とお母さんは言う。
「そっか。」
と残念に思いながら私は1つ目標を立てた。
来年は私たちのご褒美作ってみようかしら。
茹でだこのように真っ赤になりながら、早くも次の夏が楽しみになった。
今日のトランク
「私のご褒美トランク」
こちらのトランクはフライングタイガーさんで見つけたものです。
食べるのも見るのも大好きないちご柄に、これまた大好きなドット柄の組み合わせが絶妙にかわいくて連れて帰ったこのトランク。
何に使うか考えずに即決してしまうこのかわいらしい形のトランクに私はかなり弱いみたいで、実はもう1つ使い道を考えずにお迎えしたトランクがあります。
使い道がわからなくたってかわいいものはかわいい!
そう言い聞かせて自分へのご褒美に連れて帰ったトランク。
実用性にとらわれず自分の直感で物をお家にお迎えするのっていつもよりちょっぴりワクワクしませんか?
これを最高のご褒美だと私は呼んでいます。