春色に染まらない私
福島には「三春」という地名がある。
梅・桃・桜が一斉に咲くから三つの春。
それなら、盛岡は「十春」。
つい先日まで日陰に雪が残り
いまだにストーブが手放せないのに、
いきなり梅が咲き、
桃、オオイヌノフグリ、タンポポ、スイセン、ムスカリと花が開き、
今は桜が満開。
去年は盛岡に来たばかりだったのでわからなかったが、
ここでは一気に季節が変わる。
いつの間にか日の出も早くなり、
緯度が高いことを実感する。
桜が咲いてウキウキしたのはいつまでだろう。
もちろん花はきれいだと感じるし、
その下で仲間と楽しく飲むのもいいと思う。
私の違和感は、
世の中が桜一色になり、
パッケージや味まで薄いピンク色や桜味にされてしまうことだ。
押し付けられる感じがどうしても苦手な
あまのじゃく。
桜はその象徴
(もちろん、オリンピックや高校野球なども)。
私は桜餅味よりチョコ味が好き。
淡いピンク色よりも緑色が好き。
それなのに、仕事ではデータを使って
たくさんの人に支持されているものを
作って売ることを勧めているようなものなのだから
自己矛盾だ。
最近、自分を何も変えられないまま
あっという間に1年、10年、20年が過ぎ去ることに
ゾッとしたのだが、
それは私が世の中に流されないで
生きているからなのかもしれない。
子どもが通っていた幼稚園の音楽サークルで出会った
とてもおしゃれな歳上の女性がいたのだが、
彼女は「若い人たちにいろいろ聞いているの」と
言っていた。
新しいものを素敵だと感じて
売っている場所を聞いて採り入れる。
感性も行動もすごいと思う。
染まらない、
あまり流されない自分。
それはいいことなのか、悪いことなのか。
まわりに無理に合わせるのはよくないけれど、
そもそもきちんとキャッチできていないのかもしれない。
やはり私も、子どもと同じ特性があるのかもしれない。
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