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雇用する側の方へ、人材を長く活用!が良いと思いませんか?

高齢者介護の現場に長く居ましたが、現在はトレーニング兼ねて倉庫で軽作業をしています

どちらの業界にも共通すること、人材が使い捨て状態だと感じること

当たり前のように腰痛、肩こり、人によっては頭痛に膝関節痛など身体の無理な使い方を繰り返すことによる労災のように見えてきます

一概に雇う側の問題とはいいません

雇用される側も人材として質高く貢献して収入を得るように努めることは、雇われる立場としての義務と言ってもいいのかも

健康管理は、社会人としての基本と社会に出る前に学んだように記憶しています

面接する時間、退職の対応する時間は、必要最低限に抑えることが雇う側にとって良くないですか?直接の業務ではないから

多かれ少なかれ働く意欲あって面接を受けるわけで

採用したなら、小さなやる気かもしれませんが、やる気を膨らませて、他社との差別化図れたら“どこ行っても同じだし““ここは大事にしてくれるからねぇ“と長期勤められることに繋がるかと

やる気のある人は、自ら働く意義を見出し続けるでしょう

やる気の有無に関わらず、身体が使えなくなると労働は無理

人は、自分を甘やかしやすい生き物と感じています

他者により引き締められ律するキッカケをもらえたなら凛としやすいものかと

雇用する側が人材に対して身体の使い方の質を上げることをしていれば、準じなかったことで骨組みの故障に至った場合は労災とはいえない

好き・嫌いな感情で仕事をするのではなく、勤める目的で会したことの自覚があれば協力も自然と互いに出来ることで生産性も上がると

介護の現場では欠けてると感じる部分でした

人相手だからでしょうか?

同僚に対してではなく、サービス提供の対象となる方々に対しても好き、嫌い感情を持ち込む方が目につきました、あくまでも私が勤務した現場限定ですが

今の倉庫は、その点については気持ちがいい

仮に愛想が悪くても作業については協力し合える環境が整っているので働きやすい点

気の毒でならないのは、当たり前のように腰痛に悩んでいる人の多さ、腰痛を理由に辞めていかれる方の存在を感じること

ご縁ある方には、腰痛にならない使い方を伝えてはいます

それでも、長く続けてきた習慣が優先され、なかなか新しい習慣が定着しない切なさ

痛い、と訴えるのを聞いてあげるしかない切なさ

自分のことは、自分でしか解決できないものですね

それもまた、その人の人生

そう思い見守り優先の日々(*´꒳`*)

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