文字で描かれる闇と光5選
暗闇や光の描写を観賞してみた。5選というより、著者5人。エッセイや実用書。
暗闇や光という自然と、身体や感情とのつながり方が面白い。以下、描写の感想メモ。
1.中野純『ナイトハイクのススメ』『闇と暮らす』
暗闇では、身体が変わる。知覚する世界も、思考も変わる。
暗闇の中でおぼえる高揚感が、次々と身に起こる変化から語られる。強い納得感とともに、冒険しているようなわくわく感が言葉で掘り起こされていく。
昼目(明所視)と夜目(暗所視)。人間は、光の量によって二種類の目の細胞を使い分けているらしい。昼目は感度は低いが色を識別できて、夜目は色を区別しないが微かな光を感知する。人間と他の動物では、目の構造が違うから見える世界はもちろん違う。でも同じ人間でも、昼と夜で別の目を使えば、見える世界が変わる。
けれど現代の明るい街中では、夜目を使う機会はほとんどない。目に映るのは、いつも色鮮やかな昼仕様だ。夜目になるのは、寝る少し前、自室で電気を消した後。はじめは均一で真っ黒だが、徐々に家具のシルエットが浮かび上がり濃淡のある景色になる。その見え方を安全圏である家ではなく、屋外で再現する。夜目に切り替わるほど暗い、街灯が届かない山の中で。
上記の描写からは、自分の眠った能力が開花したような興奮が伝わってくるが、別の本では暗闇に身を投じた後の安らかな気分も書かれている。
思ったのは、水と闇は似ているということ。
水に入った瞬間も、身体がこわばる。冷たさに鳥肌が立つ。けれど時間がたつと心地よい。力を抜いて浮遊感に身を任せていると、自分が水と一緒になって揺れているような、自分の身体と水の境目がなくなり、自分が拡がっていくような。暗闇の心地よさはその感覚に近いと思った。
割愛したけど、暗い山に身を投じる瞬間の怖さ、どのよう行動を経て怖さが和らいでいったか、という描写も臨場感があってとても好きだった。
今度は、同じ著者による光の描写。
毎日必ず起こる夜明け。その現象に身体の芯まで浸ると、鮮烈な体験になる。暗い山を何時間も歩いて夜を越えるからこそ味わえる光、濃密な時間。
身体と心が闇に慣れるには時間がかかる一方で、光に適応するのは一瞬だ。その様子が、スピード感に変化をつけて描かれている。赤い花を見つけた瞬間はスローモーションのようで、その後は早回し。そして劇的な時間。何となく過ぎてしまいそうな、辺りが明るくなる時間を、クライマックス並みに豪華な演出をしているのが素敵だ。ご来光に引けを取らない、濃い描写だと思う。
以前日の出を見に、真っ暗な時間から一人で高尾山を登った時がある。登る時はライトを使い、山頂ではライトを消して日の出を待っていた。周りの闇が薄らいで色が見えると、それまでの異界に紛れ込んでしまったような不安、緊張、用心深さがすぐにとけて跡形もなくなった。一度昼目になると、もう夜目の時と同じような考え方ができず、数分前までの体験が夢だったように感じる。記憶を引き継いだまま、もう一人の自分と入れ替わるような妙な気分。
もし闇が豊かな環境で、毎日深い夜を越えたら、価値観がかなり変わるのだろうなと思った。
2.三宮麻由子『空が香る』『そっと耳を澄ませば』
光は熱なのだと、当たり前のことに気づいた。目で感じるだけが闇ではないのだな、と。
「空気の重み」。つまり日が落ちて、熱を失った空気の温度と湿り気が、闇の感触だ。夜のすっと冷えた匂いを思い出す。
著者は視覚に頼らず自転車に乗れるし、天気予報よりも正確に雨をあてられる。真っ暗闇な中でお風呂に入り、ごはんを食べるのも平気だ。次はその著者が、暗闇の怖さを知った子供の頃のエピソード。
よく知った近所で、行きは問題なかったのに帰り道で迷った時の様子。
家に続く曲がり道。歩き続けても、その曲がり道の左側が開ける感覚がやってこない、いつも聞こえるはずの音が聞こえない、空気の動きがない。道標にしていた音と路面の感触が得らえず、道の区別がつかない。人の気配もないから、人を探して道を尋ねることもできない。
「沈黙が深まる」。無音によって情報が断たれ、途方に暮れた著者は、まるで闇に阻まれているように感じてしまう。
例えば夜道で、自分が怯える時。その理由はたぶん、視界が悪くて何があるのか分からないから、だけではない。その時、肌で感じている夜の空気の冷たさや湿り気、静けさ。それらを含めて闇の怖さなのだ。
空間を把握するための情報(視覚、もしくは聴覚や触覚による)が絶たれて不安な時、空気の重さが心を沈ませて、怖さを掻き立てる。それが暗闇に呑まれてしまうということなのかもしれない。
読むほどに感覚がひらいていく文章。読んだ後に外へ出ると、風景が細胞のひとつひとつに沁み込むような気分になる。
全身を包む広範囲の空間が、立体的に立ち上がる感じ。目で見た情報が描かれているわけではないのに、視覚的にも風景を想像できる。
3.谷崎潤一郎『陰翳礼讃』
さっきは視覚以外の感覚の描写だったが、今回は目で見た光を克明に描きながら、悠久へと飛躍する。
障子ごしの淡い光を丁寧に目でなぞっていくうち、気づくと自分も一人静かな座敷に座っている。そんな気分になる。自分の呼吸や衣擦れの音さえ耳につくような、静謐な空気。せわしない生活から切り離された、しんと心が静まる不思議な空間。
光は移ろうものだ。太陽の動きを目で追うのは難しいが、ふとした拍子に外が暗くなったことに気づく。光の変化によって、一日の経過を実感する。この空間では、それがない。常に薄ぼんやりとした、変化のない場所。それは生死を超えた世界かもしれない。このまま長く過ごせば、欲望も喜怒哀楽の波もなくなり、仙人みたいになるのだろうか。
聴覚的な描写が特にないのに、静けさを感じたのが不思議だ。
静けさの印象の元は、過去に訪れた日本建築が物理的に静かだった記憶。
音を立てる生き物がいない、活動の停止、時間の流れを感じない→静か、という連想。(その逆は、生き物の動きが活発、変化に富む、時間の経過を感じる→にぎやか)
あと、淡い光の細やかな観察や想像→目の前の対象や、自分の内面に集中できる→物理的に静かな環境、という連想もあるかもしれない。
引用するには長くて、どこを切り取るか悩み断念したけど、この本では陰影、闇が主役。視覚的に鮮明に描かれたモチーフに、比喩で別の視覚イメージが重なる。多重露光のアートみたいに、重層的に風景が浮かぶ。
工芸品、食べ物、建築、人の肌、等々。継ぎ目が見えず、するすると話題が変わっていく絵巻物のような文章。
4.原研哉『白百』
ここでは物理的な光は描かれていない。けれど眩しい。淡々と挙げられた名詞が、スナップ写真のように頭の中に浮かび上がっては消えて行く。その何気ない景色は、光を纏っている。
「『夏』のようによく馴染んだ言葉の場合、その言葉がきらきらと輝いていた幼く若い時代の記憶が蘇ってくる」。著者は夏を最も楽しんだ時代が、若い時代なのかもしれない。そうでなくとも、夏は少年時代を起想しやすい。
些細なことが楽しく、目に入るものが何でも新鮮で輝いて見える幼い時代。
一方夏は、開放的な空気が満ちた、眩しい季節。海や山のような所へ遊びに行きたくなる。はしゃぎたくなる。
人生と季節を重ねると、人々を活動的にさせる夏と、感受性豊かな少年時代は相性がいい。
過去の記憶は大概、色褪せて不鮮明になる。けれど中には、時間が経てばたつほど輝き、自分の中で存在感を放つものがある。または、普段は忘れているのに、何かのきっかけで思いがけず鮮明に浮かび上がる。
実際の体験では、光が満ちた晴れた日ではなかったかもしれない。それでも眩しく美しいのは、幸せだったからだと思う。幸せな感情は、記憶の海でよみがえると光になる。光は、感情によるエフェクトなのだ。
特に、もう戻れない時間に対する憧れ、切なさ。そういった気持ちが、いっそう過去の光景を輝かせる。
これは白について考察する本、第2弾。第1弾の『白』では、白という概念を問い直す。人々が白に見出してきた意味や、白の感じ方を解き明かそうとする。どちらかというと普遍的で、抽象的。一方、本書『白百』はより個人的で、具体的。著者が白を感じるものを具体的に100個挙げてつづる。今回は夏、というと白いと感じる心理現象について掘り下げた話から。
5.乾久美子、東京芸術大学乾久美子研究室『小さな風景からの学び』
街路樹、建物、道路。短い時間では、そう揺るがないだろうと思われる街の形が、光によって作りかえられる。
人が造った建物の頑強なレイアウト、確かな存在感。そこに重なる、強烈な明暗。レイアウトを大胆に塗り替え、思いもよらない街の形が生まれる。
あたかも光そのものが世界を構築しているような、そう思う瞬間がある。
前半の文章では、壮大な印象。地上の人々が緻密に組み立てた街並みを、上空の誰かが模様替えしている、または街並をキャンバスにして遊ぶか実験している。そんな感じだ。
後半は、めくるめく光の世界に入りこむ。自分も黒く塗りつぶされたり、光の境界線に切り分けられたりと、風景に染まって歩くたびに自分の姿も変わっていくようで楽しい。
この本では、直感的によいと感じた風景を調査し、その魅力を構成する要素を抽出している。建築科の学生と教授が膨大な風景を撮影し分類しており、今回はその中の光の章、「102 明るい」とタグ付けされた項目を引用。
いろんな切り口で分類されていて、目次を眺めるだけでわくわくする。普段の生活でふと目に留まる風景、あるいは写真に対するなぜか気になる、何となく惹かれるという感覚が、言語化されていて感動する。
終わりに
いろんな視点から光や暗闇に浸れた。ただ書いているうちに光って何、みたいな沼にはまり何を書いているのか分からなくなってきた。光や闇のような現象は惹かれるけど、捉えづらい。とりあえず長らく散らばってた本の感想を一ヶ所に集められてよかった。
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