インフルエンサーが物を売る「P2C」が上手くいかない理由
フルスタックマーケティング株式会社の代表取締役CEO・清水優志(@fsm_shimizu)です。
企業のマーケティング活動を支援しています。
僕は会社員時代に越境のD2Cビジネスの立ち上げに関わっていたことがあり、フリーランスになってからもECのコンサルティングをよくやっていました。
それもあり、友人からP2Cビジネスに関する相談をもらいました。
D2Cがそうだったように、P2Cもまた「一過性のバズワード」「流行ったビジネスモデル」のレッテルを貼られています。
事実、P2Cとして成功した事例は多くありません。
このnoteでは、そんなP2Cの構造的な難しさと、それでもP2Cを成功させるときのポイントについて書いています。
そもそも「P2C」とは何か
P2Cは「Person to Consumer」の略称。
影響力のある個人(Person)がブランドオーナーや広告塔となり、有形の商品を消費者(Consumer)向けに販売するビジネスモデルのことです。
「P2C」という言葉は日本では2018年ごろから使われ始めました。
当時は「D2C」が流行していましたが、期待値の高さの反面、中長期的にエコノミクス(収支)を合わせることが難しく、その問題点を解決するための派生型(進化型)として紹介されることが多かったと思います。
単純なD2Cと比較したP2Cの利点は、インフルエンサー(KOL: Key Opinion Leader)個人のブランドイメージや影響力・発信力を活用できることです。
本来、ブランドというのはマーケティング活動を通じてそのイメージや思想を発信し、コミュニケーションの中で顧客との信頼関係を築いていかなければなりません。
(そして、この信頼関係ができていると、直接的な新規顧客のための広告宣伝費を下げられたり、商品の価格を上げられたり、既存の顧客基盤に対して安価に販促ができたり、熱狂的なファンが商品を宣伝してくれたり、といったメリットを享受できます。)
しかし、P2Cの場合は、既にインフルエンサーがブランドを確立しているため、いちからマーケティング活動を行わずとも上記のようなメリットを享受できる場合があります。
要するにP2Cは、普通にD2Cを立ち上げるよりも販促費を抑えつつ販売数を増やせて、かつ高価格で売れるので粗利率も上げられる、という夢のようなビジネスモデルだと考えられていました。
なぜP2Cは上手くいかないのか
しかし、少なくとも日本国内では、P2Cはあまり上手くいきませんでした。
よく取り上げられる成功事例は、YouTuberのヒカルさんの「ReZARD」か、山本義徳さんの「VALX」くらいで、それ以外に大々的に「成功」と評価されるP2Cは聞きません。
(海外だとMrBeastの「Feastables」や「MrBeast Burger」が大成功事例ですが、商習慣や規模が違いすぎて参考になりません…。)
P2Cがなぜこんなにも上手くいかないか、様々な理由がありますが、代表的なものを3つ紹介します。
ビジネスへの期待値と実態に乖離がある
そもそもP2CやD2Cというのは、デジタルネイティブな新規参入者だからこそ取れる戦略で、大手が参入しないニッチな市場を取りに行くビジネスです。
(Warby ParkerやCasperのように、既存市場をディスラプトしようとする意欲的なスタートアップもありますが、日本では資金調達環境の問題で成立しづらいと言われています。)
しかし、P2C(D2C)という言葉がバズワード化した結果として「めちゃくちゃ儲かりそう」「これからはP2Cの時代だ」みたいな期待値が生まれてしまいました。
そして、ターゲットを広げすぎた結果としてポジショニングに失敗し「思ったより売上が伸びないな…」と撤退していく企業が多い印象です。
ほどほどの規模感で成長し続けているP2Cもあるものの、ニュースバリューが弱いのでメディアも取り上げづらく、あまり話題にならないという側面もあると思います。
インフルエンサーの提供価値と、ビジネスの提供価値に乖離がある
インフルエンサーは本質的にはエンターテイナーです。
テレビにおける芸能人をイメージすれば非常にわかりやすいですが、彼らは消費者の課題を解決しているわけではありません。スキマ時間(可処分時間)を埋めているのです。
したがって、P2Cもエンターテイメントである限りは、インフルエンサーのコンテンツの延長として成立します。
これを実現しているのが上述のMrBeastです。彼らは物以上に、お祭りのような体験や話題を売ることで大成功を収めています。
しかし、P2Cでビジネス文脈での課題解決を目指してしまうと、存在しない課題を解決しようとして、ちぐはぐなビジネスになってしまいます。
「インフルエンサー」は、ビジネス成功の手段のひとつでしかない
そもそもP2Cは、ビジネスモデルが先行して話題化してしまっており「P2Cをやりたいからビジネスを起こそう」という順番で議論が進んでいるケースがほとんどです。
しかし、「インフルエンサー」という肩書や、ファンというアセット(資産)は、ビジネス成功の手段のひとつに過ぎません。
肩書やアセットがあることは決してマイナスにはなりませんが、有名人でお金持ちなら誰でもビジネスに成功するかといったら、決してそうではないですよね。
実際、P2Cをやるなら、商品開発、製造管理、販売管理、在庫管理、制作、デザイン、システム開発、販促、CRM、カスタマーサポート、コミュニティ運営など、やるべきことは山ほどあります。
これら、いずれの科目でも少なくとも平均点以上を取らないと、安定した事業を構築するのは難しいでしょう。
P2Cを成功させるポイント
ただ、すべてのP2Cが失敗するわけでもないと思っています。
以下に、僕が日本のP2Cビジネスで押さえるべきポイントを5つ紹介します。
1. 最も重視すべきは、事業の「営業利益率」
「営業利益」とは、売上高から原価や販管費、人件費などの経営コストを差し引き、手元に残った金額のこと。
そして「営業利益率」とは、売上に対する営業利益の割合のこと。売上10億円で営業利益が1億円なら、営業利益率は10%です。
P2Cはインフルエンサーのブランドを利用したニッチビジネスです。
ターゲットを絞って販管費を圧縮しつつ、リピート率を最大化してLTVを上げ、他にはない高付加価値を提供することで高い利益率を叩き出すことこそ、持続可能なP2Cを実現する唯一の道です。
売上を増やすとか、CPAを下げて新規顧客を獲得するとか、そういうことは後回し。とにかく「高くても継続的に買ってくれるファン」に向けて事業開発を行いましょう。
2. スイッチングが起きづらい体験を提供する
化粧品やヘアケア製品といったプロダクトは、トレンド性が強く、知覚品質(ユーザーが認識できる商品の品質)もはっきりしているため、常に激しい競争環境にさらされています。
こういった商材だとブランドのスイッチング(乗り換え)が起きやすいので、マーケティングコストをかけないと事業が縮小します。
一方で、たとえばプロテインのようなプロダクトは、トレンド性が弱く、味や香り以外の知覚品質が不明瞭なので、ブランドに対しての愛着さえあればスイッチングが起きづらいのが特徴です。
さらに、プロテインを通じて「一緒にトレーニングを頑張る」という体験を提供しているのであれば、さらにスイッチングは起きづらくなります。
このように、スイッチングが起きづらいプロダクトカテゴリで、さらにスイッチングしづらくなる体験も提供しましょう。
3. インフルエンサーとしての提供価値を拡張する
先ほども述べたように、インフルエンサーは本質的にはエンターテイナーであり、課題解決者ではありません。
ビジネスの作法でブランド開発をしようとすると、多くの場合で失敗します。
P2Cプロダクト単体で売上・利益を積み上げるのではなく、インフルエンサーとしての活動全体のポートフォリオの中にP2Cプロダクトを位置づけるようなイメージで事業開発をするのがよいでしょう。
これによって発信ともシナジーが生まれ、より強固なファンコミュニティを築くことにも繋がります。
そして、ファン以外にもビジネスが成立する兆しが見えてきたら、インフルエンサーとしてのポートフォリオの外で事業計画を作りましょう。
4. まずは「最初の100人」に買ってもらうことだけを計画する
P2Cはニッチビジネスです。
そして、ニッチビジネスで最も重要なことは、ターゲット以外のユーザーに無理にリーチしようとしないことです。
「せっかく商品を出すんだから、プレスリリースを打って大手メディアに取り上げてもらいたい」「知り合いのインフルエンサーにギフティングして宣伝してもらおう」「広告も試してみよう」
こんなことを考えていると、本来最も大切にすべきコアファンへの対応の優先度がどんどん下がっていきます。
まずは「最初の100人」に買ってもらうことだけを考えましょう。
5. インフルエンサー自身が事業をマネジメントしない
インフルエンサー自身がもしビジネスのプロだったとしても、インフルエンサー自身が事業をマネジメントすることはおすすめしません。
P2Cは準備段階からリリース後まで、思った以上に多くのタスクをさばく必要があります。リアルタイムに様々な問題が発生し、早急に対応しなければならないことばかりです。
また、特に経営・製造・物流・マーケティングといった業務は専門性が高く、実務経験がなければ対応工数もかさみます。
そんな事業マネジメントをしながら、インフルエンサーとしての発信も継続することはほぼ不可能でしょう。
発信はインフルエンサーの生命線です。ブランドを作るために発信を怠ってしまっては本末転倒です。
十分な軍資金がなければ外注できず、自分でやるしかないかもしれませんが、少なくともCOOのようなオペレーション担当者をメンバーとしてアサインしましょう。
あとがき
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