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医者を辞められないから死にたいと思っていた

私は2021年春から、研修医として働き始めた。私の職場は研修施設としてはかなりホワイトで、職場に問題があったわけではない。ただ私が医師という職業に慣れず、心に不調を来してしまった。研修医とは1カ月おきに違う科で働く必要があり、その度に新しい先生に囲まれ、新しい知識、仕事ができるようになることが求められる。やっと慣れたと思った頃に次の環境に放り込まれる。私は常に緊張し、吐き気を催し、腹痛があり、声や顔が震えたり、死にたいと思うようになったりした。
そしてだんだんと仕事を辞めたいという思いが強くなった。研修医は2年で終わる。とりあえず2年が終わったらやめようかとも考えた。しかし、医者を辞めることは、世間的には許されない行為なんだと思った。私が受験しなければ、1人別の人が医者になれた。医者を1人育てるのに大量の税金が投入されている。そんな世間の声が聞こえてくるようだった。「来年何科になるの?」「来年どこで働くの?」そういった質問もよくされた。来年はやめたいなんて誰にも言えないと思った。働かないなんて言ったらどんな顔をされるかわからない。みんな来年からも何科医かとして働くことが当然だと考えている。当たり前だ。逆の立場でも同じことを研修医に質問するだろう。
私はこれからも医師として生きていかなければならないんだと悟った。それなら死にたいと思った。
毎日死にたいと思いながら仕事をこなした。死にたいと思いつつも、夜は眠れるし、食事は食べれるし、涙が勝手に出てきたりすることも無く、趣味の絵も続けていた。だから私はうつ病ではないなと分かっていた。精神科に一度行ってみたいとぼんやり思っていたが、もっと辛い方は世の中にたくさんいるわけだし、私程度の症状では病院には行ってはいけないなと思っていた。
研修医2年目の4月、精神科の病院で研修した。精神科で「生きている意味がない」「死にたい」「心が痛い」という患者の気持ちがよく分かった。
精神科へ何度か初診予約の電話をしようと試みたが、勇気が出なかった。
6月、半年前に受けた職場ストレスチェックで高ストレス者の判定が出ており、産業医面談を希望すれば受けれるという通知書が届いていた。12月は特に忙しく、緊張する科を回っていた時期だった。それにしても半年前のストレスチェックの面談を今やるとは、、、職場の労働衛生はそれでいいのだろうかと思いつつ、面談を申し込んだ。
産業医の先生は親身になって話を聞いてくれて、初診予約のいらない精神科に紹介状を書いてくれた。
私は精神科を受診してもいいんだと思えた。
私は精神科で社交不安障害と診断された。社交不安障害は、俗にいう「あがり症」であり、人前で話すときに顔や声が震えたり、顔が赤くなったりするというもの。私は社交不安障害が根底にあり、そこから不安や緊張、抑うつが来ているんじゃないか、なので、まずは社交不安障害の治療をしましょう、ということだった。絶対治りますから、医者は辞めない方がいいですよ、とりあえず研修を終わらせましょうと言われた。レクサプロ10mg、頓服のロラゼパムが処方された。
レクサプロを飲み始めて1カ月半、私は劇的に良くなった。
死にたいと思う頻度が格段に減った。不安や緊張が改善し、朝の吐き気や腹痛は無くなった。顔と声の震えもかなり減った。過去の嫌な思い出を思い出して落ち込んだり、人に怒られたことを何度も思い出して辛くなったりすることもほぼ無くなった。私は仕事を始めてから些細なことで旦那に当たってしまっていたが、それが無くなり、旦那と喧嘩することもほぼ皆無になった。
医者を辞めたいという考えまで無くなった。あんなに辞めたかったのに。
通院開始して2週間目、「医者を辞めたい、辞められないから死にたいという考えが無くなりました」と言ったら、「そういう飛躍した考えも無くなったんですね」と言われたが、飛躍した考え?どこが?と思った。しかし、1カ月半経った今は、飛躍した考えだろうそれは、と思えるようになった。だんだん良くなっている証拠だ。
今一番困っていることは、悪夢を毎日見て、夜中に起きてしまうことだ。まずは睡眠の環境を整えていきたい。
精神科に通い始めて本当によかった。死なずにすんだ。
精神科はもっと風邪を引いた、みたいな感覚でカジュアルに通ってもいいものなのだと思う。

そんな私は来年から精神科医として働く予定。
精神科の勉強がもともと好きで、学生の時から興味があった。
私が精神科医になったら、とにかく優しい医者でありたいと思う。きっと人間につかれた方も多いだろうから、精神科に来てまで会うと疲れるような先生であってはいけないと思う。
そして、私が軽症な時に精神科に行けた様に、軽症な患者でも、大事に至る前に、気軽に精神科で相談できるような世の中になっていけばいいと思う。そういう世の中を作っていける手助けが出来ればいいと思う。

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