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三月に【シロクマ文芸部】
三月には冬と春が交互に訪れる。雪が降ったかと思うと、初夏のように暑くてコートを持てあますような日が来る。そんな暖かすぎる日のことだった。
当時付き合っていた彼と会社帰りに新橋のガード下の居酒屋に行った。二人だから飲めるだろう、余ったら持ち帰ればいいからと、焼酎とウーロン茶をボトルで頼んだ。料理はその店おススメの特大メンチカツ、イカ腸の天ぷら、エビのグラタン、特製サラダ。女将さんはもうかなりのお年だったが真っ赤な口紅を塗り、威勢のいいしゃがれ声で注文をとると店中を機敏に動き回っていた。
飲み残して持ち帰るのも面倒だ、という気持ちがとこかにあって、いつもよりグイグイとピッチが上がり料理もたいらげ、深夜の電車で帰って来た。送る、という彼を「アパートは駅前で大丈夫だから」と振り切って駅から歩き始めたが、喉が渇きいつもの酒屋で当時気に入っていた「富士山ビール」を1ケース買い、近くの公園のベンチで飲んだ。春の宵の富士山ビールは格別だった。
ふと気づくと甘い香りがする。
「ああ、沈丁花・・・」
実家にかなり大きな株があってツンと甘い香りを振りまいていたのを思い出した。
薄く目を開けると小さな火が目の前を行ったり来たりしている。
「おい、死んでるんじゃないよな」
「まさか」
若い男性の声。
重い体を持ち上げるようにベンチの背にすがって起き上がると、大学生らしい二人が私の顔を覗き込んでいる。ライターの心細い光・・・
「だ、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です!」
照れ隠しに元気に答え、よろよろと立ち上がると、富士山ビールがゴロゴロ転げ落ちた。
「あ、落とし物ですよ~」
「いいです!」
そう答えるとバッグを抱えアパートに向かってダッシュした。
後日友達に話すと
「公園で寝るなんてなにしてるのよ!財布なんか盗られなくてほんと良かった」とのこと。
財布より大事なものの心配してくれないのかい、と内心不満だったが、もうあんな深酒はこりごりだ。
沈丁花が今年もベランダで咲き始めた。肉厚の花は小さなラッパの形をしている。その小さな花が口々に
「酒飲むな」
と言っているように見えるのはわたしだけだろうか。
おわり
小牧さんの企画に参加させてください。
小牧さんとんでもないお話になってすみません。
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