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【短編小説】セキララインコ【ショートショート】

 今日はかねてから念願の、セキセイインコが我が家にやってくる日だ。僕は小学生の頃、鳥の図鑑を見てからというものずっとインコを飼いたいと思い続けていた。特に惹かれた部分、というはっきりとしたポイントがあるわけではないが、なぜか本能的に犬や猫などよりも小鳥を飼うことを体が求めていた。

 しかしまだ小学生だった僕にはちゃんとしたお世話が出来ないだろうと両親に判断されてしまい、飼うのはもう少し大人になってからね、ということでおあずけを食らっていた。僕はその間ずっと、インコを飼うことが出来なかった寂しさを鳥の図鑑を眺めることで埋めていた。

 今回インコを飼えることになったのは、中学校の入学祝いとして、ちゃんとお世話をするという条件付きでお許しが出たからだった。

 サッカー部の活動を終えた僕は、浮き足だって家に帰った。事前にペットショップで飼うインコを決めていて、母が自宅まで運んでくれることになっていたので、自分の部屋に入ればすぐにインコとご対面できるという算段だ。僕が選んだのは、頭部が黄色く胴体が青みがかっているオスのセキセイインコだった。

 手洗いうがいもそこそこに、早速自分の部屋に入る。そこには机の上に置かれたケージの中でちょちょこと動き回るインコの姿があった。

 「トモノリ、ちゃんと責任持って最後まで面倒見るのよ」
 母がドアの外から声をかけてくる。

 「はーい」

 僕はしばらくの間そのインコと見つめ合った。愛くるしいつぶらな目をしている。かわいいなぁ。

 母がドアを開けて入ってくる。「やっぱりかわいいわねぇ。この子喋るのよ、ほら、こんにちは」

 母が近づいて話しかけると、インコはそれに応えるように甲高い鳴き声で「コンニチハ」と言った。

 「おお、すげ~」

 「あんまり変な言葉覚えさせるんじゃないわよ」

 「はいはい、わかったわかった」

 母が部屋を出て行くと、僕はケージに顔を近づけて試しに話しかけてみた。

 「よろしくな」

 するとインコはぱちくりと目を瞬かせ、首をかしげた。あれ、聞こえなかったかな。もう一度話しかけてみる。

 「よろしくな」

 しばらく間を置くと、インコはこう鳴いた。

 「オマエ、プログラミングサレテナイ」

 「は?」

 当然よろしくな、という言葉の復唱を期待していた僕は思わず面食らった。なんだって?

 「オマエ、コノセカイニ、ニンゲントシテ、プログラミングサレテナイ」

 わけがわからなかった。僕の頭は、インコが人間の言語を解して喋っているかもしれないのだという可能性に思い当たるまでしばらく時間を要した。

 「お前、人間の言葉が喋れるのか?」

 「ワタシハ、シンジツシカ、シャベラナイ」

 なんだこいつは。ペットショップの店員が悪ふざけで変な言葉を覚えさせる遊びでもしていたのだろうか。僕が混乱していると、インコは突然堰を切ったように喋り出した。

 「オマエ、ニンゲントシテノ、カクガ、ナイ。スクナクトモ、イマノ、ダンカイデハ。オマエハ、マダ、コノセカイニ、ニンゲントシテ、プログラミングサレズニイル、ミカンセイヒンダ」

 「なんでインコにそんな人間としての尊厳を傷つけられるようなこと言われなくちゃならないんだ」

 僕は混乱を通り越してだんだん腹立たしくなってきた。なんなんだこのイン公は。

 「ワタシハ、シンジツシカ、シャベラナイ」

 「それはさっき聞いたよ。いいか、僕はれっきとした人間だし、お前の言ってる人間としての格とやらもよくわからないけど、今年のバレンタインに近所のミユキちゃんからチョコも貰えたし、流石にまったく人間としての格がないなんてことはないんじゃないのかな」

 「ミユキチャン、ゴキンジョヅキアイヲ、キニスル、オカアサンニイワレテ、シカタナク、アゲタダケ。ミユキチャン、オマエノコト、ベツニスキジャナイ」

 「なんだよそれ。なんでお前にそんなことがわかるんだよ」

 「ワタシハ、スベテノシンジツヲ、シッテイルノダ。ミユキチャン、オマエノコト、シュウカンシノ、グラビアノページダケキリヌイテ、チマチマ、ヘヤニホカンシテル、ネチッコクテ、キモイヤツダト、オモッテル」

 なんだその偏見。インコは視線を部屋の床に積み上げられている週刊少年誌に向けて言った。

 「ワタシハ、シンラバンショウヲ、ツカサドッテイル。スベテ、オミトオシナノダ」

 「そんなわけないだろ。じゃあなんか僕が知らなくてお前が知っていることを教えてみろよ」


 「……オマエノチチオヤ、イキオクレノ、キャバジョウト、フリンシテル」


 「いやどんな情報開示してんだ!あとこのご時世に行き遅れとか言うな!」

 「オマエノハハオヤ、ヘソクリデ、ビーエルマンガ、オトナガイシテル」

 「それは別にいいだろ……」

 「オマエノイモウト、」

 「あーもういい、いい、聞きたくない!」

 僕は一旦気持ちを落ち着けるために外に出ることにした。

 「ちょっと外に行ってくる。お前、エサは何を食うんだ?」

 「ホームセンターデウッテル、イチバンタカイヤツ」

 はぁ、やれやれ。僕は重い足取りで近所のホームセンターへ向かって一番安いエサを買い、適当なコンビニでアーモンドチョコレートを買って帰った。まるで夢のような出来事だ。いや、これは夢かもしれない。今起こっていることがすべて嘘だったらいいのに。僕は妹の部屋の前にアーモンドチョコレートをそっと置きながらそう思った。

 本当はさっきあのイン公が妹について喋った言葉は耳に聞こえていた。しかしそれを頭にまで入れたくなくて自分の声で無理矢理かき消してしまったのだ。

 「オマエノイモウト、ガッコウデ、イジメラレテル」  

 なんとなく想像はついていた。最近ノリカは元気がなく、先週は食欲がないと言って、大好物のはずのオムライスを残していた。なんかあったのか?と父に聞かれても大丈夫、と力なく首を横に振るだけだった。ノリカは一人で色々抱え込んでしまう方だから、余計な負担をかけたくないと思って自分の状況を気軽に話せないのだろう。なんとか力になってやりたかったが、僕は物心ついた時からノリカと喧嘩ばかりして、最近はろくに口もきいていない。下手に口を出すのも逆効果だろうな、と思って好物のアーモンドチョコレートを買ってやることぐらいしか出来なかった。

 自分の部屋に戻って、僕はしばらくの間、深く考え込んでしまった。こういう時はどうすればいいのだろか。ひとしきり考えて、一個の結論が出たところで思い出したようにケージの中のイン公にエサをやる。

 「ほら、一番高いエサだ」

 「ウソハ、ヨクナイ」

 「はいはい悪かったよ、僕はまだ中学生なんだ。そんなに懐に余裕があるわけじゃない」

 「ソッチノ、ウソジャナイ」

 「え?」

 「オマエガ、カンガエテ、ヤロウトシテルコトノホウ」

 僕はため息をついた。

 「ああ、お前は全てを見透かす万能の存在なんだったな。未だに信じたわけじゃないけど。……そうだよ、ノリカじゃなくて僕がいじめられているってことにして、それを両親に話して引っ越す。それがノリカの体面を保つのに一番良い方法だろう。昔父さんと母さんはもし学校でいじめられて気持ちが辛くなるようなことがあったら、どこか果てしなく遠くへ引っ越そうって約束してくれたんだ。ノリカもそのことは知ってるはずだけど、やっぱり負担をかけたくないって思いがあるからなかなか言い出せないんだろう」

 「……ウソハ、ヨクナイ」 

 「別に悪いウソじゃないんだから良いだろ、嘘も方便って言うじゃないか。それにこの方法がダメならどうしろっていうんだよ」

 「……オマエ、イモウトノコト、キライジャナイノカ」

 「……あのな、好きとか嫌いとか、そういうのじゃないんだよ。そういうはっきりとした物差しで測れたら苦労しないさ。胸の中にあるものを掬い取って、好きとか嫌いとか書かれた箱に分類してしまっておけるほど僕は器用じゃない。アメーバみたいに掬い取るのが難しいものなんだよ、これは。」

 はぁ、インコ相手に何を意味不明なことを言っているんだ僕は。

 「……オマエノ、コトハ、ヨクワカッタ」

 イン公はしばらく間を置いてからそう言うと、それっきり口をつぐんでしまった。


 翌日、部活から帰り部屋に戻るとそこには昨日と同じくケージの中にイン公の姿があったが、話しかけても特にめぼしい反応はなかった。おかしいな、昨日のはやっぱり僕の幻聴か何かだったのだろうか。

 「おい、大丈夫か?」

 「オイ、ダイジョウブカ?」

 「昨日までの勢いはどうした?」

 「キノウマデノイキオイハドウシタ?」

 何回話しかけても、イン公は僕の言葉を復唱するだけだった。その次の日も、その次の次の日も。

 やっぱりあれは幻か何かだったのだろう。もしくはインコを飼えた喜びで気が動転して変な夢でも見ていたのだ。そう考えれば合点がいく。

 しかしひとつ気がかりなのが、エサをたっぷりやっているはずなのにイン公の羽の毛が次第に抜け落ちて、憔悴しきっていくように見えるところだ。日を追う毎に生命のエネルギーを失っていくかのようだ。

 そしてその様子とは対照的に、ノリカは徐々に元気を取り戻していった。夕食も残さず食べるし、よく笑うようになった。

 後から聞いた話によれば、ノリカをいじめていた主犯格のクラスメイトたちはほぼ全員遠くへ転校してしまうか、不登校になってしまったらしい。なんでも彼等の父親がセクハラで捕まったり、彼等自身が万引きをしたりして警察のお世話になったりと、とにかく学校に居場所がなくなったようで、ノリカがいじめられていたという事実も彼等と一緒に風のように吹き去ってしまった。

 事が起きている渦中では何の役にも立たなかったのに、事が良い方向に終わったとわかるやいなや結果オーライ満足顔をする傲岸不遜な大人たちに対しての若干のモヤつきはあるものの、やっぱりノリカが辛そうな顔を見るのは僕も辛かったので、なんとか問題を解決出来て一安心だった。

 未だに気恥ずかしさや見栄などが邪魔をして兄妹仲良く会話をするというところまでには至っていないけれど、先日僕が部活から帰ると部屋のドアの前に好物のつぶグミが無造作に置かれていた。

 僕はつぶグミを噛みながら、ケージの中で衰弱しきったイン公にエサをやる。もうこのイン公は僕に向かって人間としての格がない、みたいなことを言ってくることはない。こいつはただのセキセイインコのオスなのだ。たとえ最初に不思議な力を持っていたのだとしても、その力はきっとノリカを元気にするために使われ、失われてしまったのだ。

 「ありがとうな。ただの偶然かもしれないけど、ノリカをいじめてた奴等がいなくなったのはお前が持つ不思議な力をお前が良い方向に使ってくれたからなんだろ?」

 僕はイン公の弱々しく震えている羽を慈しむように撫でてやった。そしてふと、あることを思い出した。

 「あっ、そういえば父さんがキャバ嬢と不倫してるって話はどうなったんだ?すっかり忘れてたけどこの問題も解決しなくちゃいけなくないか?」

 すると今まで元気のなかったイン公が息を吹き返したようにバサバサと羽を動かし、甲高い声で再び人間の言語を喋り始めた。

 「ダンジョモンダイヲ、カイケツスルニハ、モウイッピキ、メスノ、インコガ、ヒツヨウ。メチャクチャ、キレーナメス、コノヘヤニ、ヨンデコイ」

 僕はどっ、と力が抜けたようにずっこけた。

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