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横断歩道は「かもしれない思考」で渡れ
※以下、新木優子のYouTubeのネタバレを含みます。
これ、YouTube界を放浪しててたまたま何の気なしに見た動画なんですけど、冒頭の方で新木優子氏が好きな男性のタイプは「横断歩道を小走りで渡る人」って言ってて「ワシやないかい!」って思ってしまった(ここの部分だけ切り取ると自己陶酔感が凄い)。
いや、これなんで「ワシやないかい!」ってなってしまったかというと、今までずっと私は横断歩道を小走りで渡っていることに対してある種の後ろめたさを感じていたんですよ。
まず普遍的な交通ルールとして横断歩道では歩行者が優先される、というものがありますよね。このルールに則れば、歩行者は大手を振って横断歩道を歩いていいわけです。
しかしこの国日本では大概の場合、横断歩道で歩行者と車が鉢合わせするとお互いに譲り合ってどうぞどうぞする時間が発生しますよね。このやり取りが結構長引くと「結局これどっちが行くんだよ」みたいになって時間をロスしてしまう場合もある。
私はこの不毛な時間のロスが嫌で横断歩道をかなりの速度で小走りしてしまうのだ。
少し前までは私もどうぞどうぞとハンドサインをして車の方を先に行かせていたが、やっぱりどうぞどうぞというこの譲り合いの時間がどうしても長引いてしまう傾向にあり、そうなると相手の時間を奪ってしまったという罪悪感から逃げるように横断歩道を小走りで渡る他なくその時の心境がほぼ罪人に近かったので、最近ではもう「悪いけどお先にこの横断歩道を颯爽と駆け抜けさせてもらいます」顔をして手を上げながら小走りで渡るようにしている。そうすれば無駄な応酬も発生しないし相手の時間を奪ってしまったという罪悪感も発生しないし気持ち的に非常に楽である。
ただ、運転者側の「ああ、歩行者としての権利を存分に行使しているなぁ」という視線を感じずに済むならの話だが。
読者諸賢はご存じの通り私は非常に卑屈な性格をしているので、どうしてもこういうネガティブなことを考えてしまう。
横断歩道という謙譲の精神を発揮し合う場で自我の欲望を優先させている、と思われてしまうことに対して後ろめたさを感じるのだ。
しかし、仮に運転者側から白い目で見られていたとて私にも反駁の機会を与えていただきたい。
私の提唱する説はこうだ。もし運転者がその時猛烈な便意に駆られていた場合。
横断歩道で歩行者がどうぞどうぞしてる時、運転者側からしたら「いや譲るとかいいから早く渡ってくれって!こっちがゴーサイン出してんだから素直に従えよ!早くしないと俺の肛門括約筋の方もゴーサイン出しちゃうからマジで!運転する側からしたら歩行者優先というルールがある以上渡る可能性を1ミリでも秘めてる限り発進出来ないんだからさぁ!」となる可能性大なわけであり、まああまりにも切羽詰まっていたら歩行者のどうぞどうぞを即受け容れて思い切り発進するのかもしれないが、やはり歩行者優先という規則がある以上リスクは避けられない。
つまりこの場合何が最善策かというと、歩行者側が「こっちも急がないと漏れそうなんでお先にスンマソン」顔で横断歩道を駆け抜けていくのが良いだろう。さすれば腹痛を感じている者同士でしか分かち合えないシンパシーがそこに生じ、謙譲の精神は惜しみなく相互的に作用し、この世からまたひとつ交通事故が減っていくことであろう。
と、まあ途中からファブリーズが必要なほど無駄に異臭が立ちこめてきてしまったが、要は歩行者側が率先して急いで横断歩道を渡った方がお互いに時間のロスにならないし歩行者優先という交通ルールにもちゃんと則ってるし良いんじゃねえのって話です、だから運転者側は歩行者側が譲ってくれるのが常だとしても私みたいな存在のことをあんまり驚かないでくれよな、あらかじめ手を上げて横断歩道を先に渡らせてもらうサインも怠りなくするし爆速で駆け抜けるからさ、これも譲って先に行かせてあげるのとはまた別のベクトルの善意なんだ。
運転者の人は今猛烈に便意に駆られているかもしれない、この人はそんな状況でも歩行者の歩行を優先させてあげようとする究極の謙譲精神を持った人かもしれない、もしくはそんなこと気にする余裕もないほどアクセルを踏みたいかもしれない(そういう空気感を察知した場合は車に譲るが)、この人はデートに遅れそうかもしれない、大事な会議に間に合わなさそうかもしれない、スーパーの半額弁当を何としてでもいの一番に奪取したいかもしれない、催眠術教室に行った帰りで自分のことをマッドマックス怒りのデスロードの登場人物だと錯覚しているかもしれない、そんな風にかもしれない思考を働かせれば自然と横断歩道を渡るときには小走りになるはずだ。
そして何より、自分が運転する側になった時に歩行者が小走りで渡ってくれると助かる(高齢者とか事情ある人はゆっくり渡った方が良いけど)。私も常に腸内に幾つかの腹痛爆弾を常備している者なので、一番時間のロスがないように歩行者が渡ってくれる方が助かるのだ。
まあ現時点でペーパードライバーだけどな。でもいつかレクサスを我が物顔で乗り回す日が来るかもしれないし。この文章が巡り巡って新木優子の目に留まる日も来るかもしれない。それはそれでありがたいが、そんな日が来なくても別にいい。
新木優子の好きな男性タイプに該当しているアピールみたいになってしまったが別にそのことを熱烈に主張したいわけではないのだ、今回の話の本旨はそこではない。不躾で申し訳ないがそもそも新木優子氏についてそこまで詳しく存じ上げている訳でもない。
と、随分強がった態度をとってしまうのも当方はずっと福原遥ちゃんとそのYouTubeチャンネルを応援してきており、それにも関わらず今回は福原遥ちゃんでない女性芸能人のYouTube動画を紹介してしまったという余計な後ろめたさを感じている所為かもしれない。本当に余計な感情すぎるだろ。
余談だけど最近は福原遥ちゃんがユニバのドンキーコングのアトラクション乗ってる動画毎日10回ぐらい再生しながら号泣してる(私は福原遥ちゃんの笑顔を見ると滂沱の涙が流れてしまうという特異体質の持ち主なので)。
この筆者には現実で親しい間柄の女性が一人もいないのかもしれない、という「かもしれない思考」が働いたそこの貴方。貴方はきっと横断歩道をスマートに渡ることが出来る、新木優子が好きなタイプの人間です。
おわり