私はこうである
2021年7月5日
人にはそれぞれ、「軸」というものがあり、その軸にいるときの自分は「自分を生きている」を実感する。
私はどちらかというと確固たる芯があるくせに、人生の中で「他人のために」生きることがあった。人に合わせて生きてきた。
自分の感情を蔑ろにして、他人の意見にあわせて自分を出さない生き方。
家、学校と学生時代はそんな感じだったような気がする。
そのほうがいいと思っていたから。
自分を出さずに生きていれば、「平和」でいられると思ったから。
自分を出せない、ビビっていた私がいた。
と私はそう思っていた。でも、実はそんなこともなかったらしい。
そう思ってたのは私だけで、めちゃめちゃ口悪い私、感情を出す私、自由に動く私を受け入れてくれる家族や友人。
結婚してから、相手に遠慮していると思っていたけど、子供生まれて自分の感情を我慢して子供たち優先でいたと思っていたけど、
そうでもないらしい。(びっくり)
勝手に私が「本音が言えてない」そう思っていただけで、
遠慮する部分はあるけど、全部が全部遠慮しているわけではなかった。
先日、愛知から来た知り合いが関東に来たので一緒に食事をしようと思ってその時点で私は主人に相談なく行くつもりでいた。
一応、主人にも「行っていいか」確認を取ろうと思って「行っていい?」と珍しく相談してみた。相談することはかなりレア。
そしたら主人の回答は、
「どうせダメと言っても行くでしょ」
でした。
はい、おっしゃる通り、私はダメと言われても行きます。行きたいものは行きたい。
だから行く。
この自分の興味でどこかへ行くこと、好奇心で動くことに関しては、一切遠慮がありません。
私がやりたいと思ったことは特に相談もせず、勝手に動く。
そういえば自宅サロンオープンするときもやると決めた後に伝えたな。
だから相手には「〇〇へ行ってくるね」「〇〇するね!」と決心したあとに一言いうのみ。
そういえば小さい頃からそんな行動していたな・・・・なんてそこは何も変わっていない。
感情は遠慮している部分があるかもしれないけど、そうじゃない部分に関しては完全「自分の軸」がある。
人に意見を求めても、人に相談しても、結局「自分を持っている」。
すんなり素直に受け入れる私はいなかった。
先日、講座でセラピスト同志で施術をしてフィードバックしあうところでも、私は施術を受ける側、勝手に私が今後のサロン展開や再開について相談し、施術提供側が「ふんふん」、「ええんちゃう」
と聞いてくれるだけで、自分の中でやっぱりこうしようと意志が固まったことがあった。
そう、ただ、聞いてくれるだけでいい。
そんな人に意見頂戴されていたら、「いや、あなたの意見なんて聞いてませんよ」ってなっていた気がする。
自分のペースがあるから、自分の意思があるから、だから人に何か言われたくないし、相談しないんだと思うということが最近ようやく分かってきました。
人の意見が欲しいという人もいれば、私のように「ほっといて」という言う人がいる。
自分がやりたくなったらやるから、何も言わないでって思う。
だから、主人に何か言われると、「そんなん分かってる!何も意見しないで」ってムッとしてしまう私がいる。
小さい頃から「勉強しろ、宿題しろ」と言われたら、絶対やりたくなかったし、そしてやらなかったし、親や大人に命令されたら反抗したし、態度が歯向かっていたし、高校の時の寮の生活も制限がありすぎてしんどかったし、「自由にさせてくれほっとけ」って常に思っている気がする、と最近そんな自分に気づきました。
「ほっといて」を知っている私なのに、私は娘に「宿題やって、お風呂入って、歯磨きして!」と数年前はイチイチ指示出していたなと・・・・・。
その度に反発されていた。
長女は私と同じく、周りにあれこれ言われたくない。
だから今はそっとしておく。
我慢しているわけではなく、信頼している前提で、
彼女に任せることにしました。
好きなように自分の意思で行動させています。
相手から初めて相談されたとき、アドバイスというより、「うん、それでいいんじゃない」と私が答えるようにしたら、1年前より断然母娘関係が良好になりました。
主人、息子は、人に言われてもすんなり受け入れて動ける。
ここは本当にすごいなぁと尊敬できる。
いちいち相談されるからイライラすることもあるけど、「自分で考えて行動してよ」と思うこともある。
逆に相手はうちらの行動が理解できない。
「なんで勝手に行動するの?」ってなる。
そんな人もいるんだよと認めてもらうしかないんだけどね。
お互いが、なんでこの人こんなこともできないの??と自分=正解だと思ってしまうと相手の文句しかでないけど、
「そんな人もいるのね」と知ることで、認めることで、文句から、受容に変わる。
受け入れることってすごく大事。
自分の価値観だけで生きている人は、少しの違いも受け入れないから視野が狭い。
でも、いろんな価値観を受け入れることで、自身の視野が広がり見える世界が変わる。
子供たちには、自分とは違う人を受け入れる心を持ってもらうために、家庭や友達、周りの人を通して視野を広げてほしいと思っています。
親である私は「受容」することを伝える必要があると思っています。