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(心象予報士)の予断

心象予報士「おにょふらんきしゅか」によれば、小野フランキスカの心象はいまだかつてないほどの荒れ模様になっているという。

心象予報士のしごとは、小野フランキスカというプラットフォームを正常に作動させるために、たえず心象を予測し知らせつづけることだ。
きわめて優秀な心象予報士「おにょふらんきしゅか」は、この24年間、かなりの確度で小野フランキスカの心象を予測しつづけてきたが、こんどばかりはおてあげのようだった。

それというのも、小野フランキスカがみずからじぶんの心象を歪めようとしているからである。

心象予報士「おにょふらんきしゅか」に言わせれば、いまの小野フランキスカを占めている心象は〈恋〉である。
しかし、小野フランキスカはそれを〈憧れ〉だとか〈尊敬〉だとかいうことばにすりかえてしまい、〈恋〉と認めようとしない。
あろうことか、〈恋〉の対象へとつながる橋をみずから切って落とし、抑えきれずに湧いてくる気持ちの水源を涸れさせようとしている。

(そんなことをしてもむだなのににゃ……)

けっきょく、落とした橋のたもとにたびたびやってくるわ、渇きを癒すのにちがう人肌を求めるわの迷走ぶりだ。
こないだはへんなポエムも詠んでいた。
正直みていてイタイし、このままどこへ向かっていくんだろう……と心配になる。


心象予報士「おにょふらんきしゅか」は、これまでの観測の記録を繙いてみる。

さいしょにあらわれるのは、まだ幼い小野フランキスカをやさしく抱きしめるだれかの姿である。小野フランキスカの心象は、〈安心〉や〈しあわせ〉に満たされている。

次にみえるのは、小野フランキスカと手をつなぐ栖庫すくらナオの姿である。物心がつくころにはすでに栖庫ナオが小野フランキスカの傍にいて、それからほとんどずっといっしょにいる。ここでの小野フランキスカの心象は、やはり〈安心〉と〈しあわせ〉が大半を占めている。

中学三年の冬、思いがけず異性から告白されて、少しの〈驚き〉と少しの〈ときめき〉を感じる。しかし、〈安心〉と〈しあわせ〉をうわまわることはなく、小野フランキスカのなかで静かに消えてゆく。

安門良あとらアトルの姿がみえる。ここでは、小野フランキスカの心象は〈慈愛〉や〈やさしさ〉に満ちあふれている。

小野フランキスカの心象に異変がみられるのは、大学に進学し、それまで触れることのなかったたくさんの才能たちとの出会いを得たころである。
さいしょはたしかに〈憧れ〉や〈尊敬〉の念が強かった。
しかし、そういう類の好意を向けていた才能たちのひとりから、反対に好意を向け返されたとき、小野フランキスカのなかに〈憧れ〉とも〈尊敬〉とも異なる心象が芽生える。

それまでの〈安心〉や〈しあわせ〉を犠牲にしてでも、その存在にもっと近づきたい、その存在から唯一に思われたいという願望が生まれる。
小野フランキスカがはじめて経験する小野フランキスカじしんの〈恋〉だった。

ところが、その存在を知れば知るほど、小野フランキスカが本来求める〈安心〉や〈しあわせ〉からかけ離れていることを思い知らされることがあり、小野フランキスカは〈困惑〉する。

問題は、好意が一足飛びに報われすぎて、〈恋〉として根を張り、実を結ばせることが、もはやできなくなってしまっていたことだった。

その存在のことはまちがいなく〈すき〉なのに、同時に〈きらい〉だとも思う。
その存在のことをもっともっと知りたいと願っているのに、これ以上知ってしまうと決定的にきらいになってしまうのではないかとおそれる。
〈すき〉と〈きらい〉が、おなじ存在のそれぞれちがう方向にむけられているから、どちらか一方に偏ることもなく、そのあいだをとるということもできず、引き裂かれて、そこで小野フランキスカは行き詰まる。

断線や断熱をこころみては失敗し、断崖から発ったところを間一髪で栖庫ナオに救われ、断水や断橋の暴挙にでた……というのが、いまの小野フランキスカが陥っている状況である。


(きみはじつにばかだにゃあ……)

心象予報士「おにょふらんきしゅか」は心底呆れたというふうに、ため息をつく。

そもそも〈恋〉は心象予報士がもっとも不得手とする分野だ。どのような事態が、どのようにして〈恋〉を芽生えさせるのか、これを予測することはきわめて困難なのだから。

かの『Penséesパンセ』にもこうあるじゃないか。

「人間のむなしさを十分知ろうと思うなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めてみるだけでいい。原因は、《私にはわからない何か》(Corneilleコルネイユ)であり、その結果は恐るべきものである。この《私にはわからない何か》、人が認めることができないほどわずかなものが、全地を、王侯たちを、もろもろの軍隊を、全世界を揺り動かすのだ。クレオパトラの鼻。それがもっと短かったなら、大地の全表面は変わっていただろう」、と。

とはいえ、どんな事態に陥ろうとも、小野フランキスカの心象を予測し、報せつづけるのが心象予報士としてのじぶんのしごとである。

(ほんと、きみは世話がやけるにゃ)

心象予報士「おにょふらんきしゅか」はそうボヤきながら、いつものように小野フランキスカの心象を観測し、予測される〈心象〉を小野フランキスカに告げる。

――本日の小野フランキスカの心象も大荒れの予報です。何がきっかけで、どのような事態になるか予測がつきません。ひきつづき、いまだかつてない〈渇き〉への対策を怠らないでください。引き裂かれた相反する〈心象〉の影響でおかしな言動をとるおそれがあります。今後もまったく予断を許さない状況です。不要不急の愛や人間関係は控えてください。じぶんの〈安心〉と〈しあわせ〉はじぶんで守りましょう。くり返します。不要不急の愛や人間関係は…………



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