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21歳の老犬との日々を思う(1)

*Ⅰ*


数年前の11月、突然一本の電話で、
19歳の老犬を引き取ることになった。

人は「19歳」と聞くと
不思議そうな顔をする。

犬の寿命というのは、一般的には約15年。

長寿とされる犬でも18年ほどとされる。

なので「19」という数字となると、
途端に理解の範疇を超え、
頭の中は「?」となるらしい。

「人間年齢に換算すれば、
ということではなくて、
本当にきっちり19年生きてきたんですよ。」

いつも説明が長くなった。

「人間年齢にすれば」、ではない。

その時点で、彼女はすでに19年の年月を
生きていたのだから。

人間の年齢に換算するとすでに100歳近く。

日本犬特有の認知症も
だいぶ進んでいたようで、
子犬の頃から見知っていた私のことは
すでに忘却の彼方のようだった。

その家を訪ねると、
数多い車のエンジン音の中で、
私の車の駐車音を見事に聞き分け、
姿を見せる前から全身で喜びを爆発させていた姿はもうそこにはなかった。


子犬だった彼女がその家に迎え入れられ、
10年を過ぎた頃、
ある日家族はバラバラになった。

人生というのは否応なく、
変化の波が絶え間なく押し寄せる。

彼女はひとりの住人と
その家に残されたのだが、
その後10年近くもの間、
おそらく最低限生きる糧だけを与えられ、
その存在は無いものとされていた。

そもそもその家に彼女が迎えられる
きっかけは私が作ったのだ。

最初はオスの子犬を
譲り受けるはずであったのが、

「飼うならメスがいいよ、
とても飼いやすいから。」

私の一言で、
兄妹の中で唯一メスだった彼女が
引き取られることになったのだ。

勿論家族とともに
楽しい時代もあったのだと思う。

けれど残りの半生はとても幸せとは言えないものとなってしまった。

その責任をずっと私は感じ続けていた。

連れ帰った当初は瀕死の状態で、
すでに歩けず、目は潰れ、
毛は絡まり、すさまじい匂いを放っていた。
床ずれでできた傷口からは骨がのぞき、
うごめく蛆…

立ち上がれなくなってから
どれほどの時が経っていたのだろう。

打ち捨てられたような小屋の中で、
最期の力をふりしぼるように
声を上げ続けていたらしい。

そんな状態に、我々夫婦は一目みて
そう長くはもたないと確信した。

「せめて最期の数日」くらいは
暖かい部屋で過ごさせてやろう、
そんな思いでマンションに
連れ帰ることにしたのだ。

Ⅱへ…

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