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フランスワインを巡る旅 ニースの陽気なワインに酔う
都内のワインスクールで初めて教わった先生は、本業の傍らでワイン講師をしている方だった。
いつもはものすごくクールで、理系の頭でワインを捉えるような感じだった。
授業の説明も配布資料も、論理的でわかりやすかった。
ぶどうの栽培やワインの醸造の基礎理論を苦労せずに理解できたのは、彼の教えのうまさのおかげかもしれない。
しかしだ。
時々、語りの中に「情熱」を感じることがあった。
その「熱」を最初に感じたのが、このプロヴァンス地方、特にニースのベレやカシ、バンドルなど、全て海沿いの地域について解説している時だった。
プロヴァンスというと、今ではロゼワインの産地に収まっている感じがするが、しかしまさにここが、フランスワイン発祥の地だ。
紺碧の空に、白い砂。
世界中から人が集まる、地中海沿岸のリゾート地。
これら地中海沿いの町で作られるワインは、日本にはほとんど出回っていない。
なぜなら生産量が小さいため、地元で消費されてしまうからである……。
おおっ。
この先生絶対、海が好きだな。
私もいつか、地元へ飲みに行こうじゃないか。
試験勉強の傍ら、私はそう心に誓ったのであったーー。
◆
そんなエピソード(を語る先生の頬が紅潮していく様子)がずっと脳裏にあったので、ぜひとも今回の旅行でニースのワイナリーに足を運んでみたかった。
ニースの海岸沿いを離れて内陸の方へ進んでいくと、斜面はやがて緩やかに、住宅街を過ぎるとより急になっていく。
さらに山の方へ進んでいくと、ワイナリーの看板がぽつぽつ目にとまる。
ニースのワイナリーは観光地から離れた山と海の間にあり、標高200~400mの丘陵地帯に集中している。
広大なプロヴァンス地方の最東端にあるAOCで、ワイナリーの数は現在、たったの9軒。
畑の面積は50ha程度の小規模生産地だ。
ちなみにワイナリーまでは車があれば便利だが、空港からも、市街地からもワイナリー方面で停まるバスがあるのでアクセスは便利だ。
今回訪れたのは、Chateau de Bellet(シャトー・ドゥ・ベレ)という、丘のてっぺんにあるワイナリー。このシャトーの昔の持ち主だったベレ男爵の苗字がこの地のAOCの名称になった。
ここは事前にメールでコンタクトを取り、テイスティングの予約を済ませておいた。
また、ニース市街地にある観光案内所でおすすめのワイナリーを尋ねたら、やはりここを案内された。
看板がかかった入り口を通り、広い敷地の中を道なりに上がると、教会のような白い建物が見えてくる。
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ネオゴシック式のこの建物は19世紀、この敷地の持ち主の夫人の死の際、礼拝堂として建てられたものだそう。
2012年に所有者が変わり、栽培方法も自然農法に切り替わったようだ。
この建物は現在、ブティックとして使われていて、テイスティングのサービスやワインの販売が行われているが、内覧も少し古びているものの、礼拝堂の趣が今なお残っている。
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また、礼拝堂の入り口の先には白いテラス席が、またその先には大樽に板を載せたテーブルが置いてある。
ここでプロヴァンスの山々やレスタングというこの地方特有の段々畑の風景とともに、ワインを楽しむことができるのだ。
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さらに建物の周りに広がるぶどう畑には遊歩道が整備されていて、敷地内の畑の見学も自由にできた。
畑の前には栽培されている品種の説明が書かれたパネルが設けられている。
ブラケット、フォル・ノワール、ロール…
全く馴染みのない品種たち。
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直訳すると「狂った黒」という品種。
ここで育てられている品種の多くは土着のものが多い。あまり聞き覚えのない品種だ。
遊歩道路沿いには、ところどころにアーティスティックな彫刻や作品が歩道に置かれている。
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ぶどうの収穫は既に始まっていたが、一部の畑はまだぶどうの房が残っているのが垣間見れた。
敷地の中にはぶどうの木だけでなく、オリーブの木もあって、緑色のオリーブの実がたわわに実っていた。
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ワインが待ってるよ
ブティックに戻る。
お目当てのテイスティングはグラス一杯10€。
販売員の解説を聞きながら、白2種、ロゼ・赤各1種の4種のワインを味わうことができた。
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その後、ここのワイナリー一押し、そしてインパクトなネーミングのフォル・ノワールを注文した。
プロヴァンスの風景をつまみに、ここまで連れてきてくれた友達と、乾杯。
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もう、弾けんばかりのフルーティな香りに圧倒された。
瓶の中でも大人しくしていたが、まるで南仏の空気に再び触れて喜びのあまりダンスを始めてしまったような感じがした。
口の中と、胃の中で。
ちなみにここまで連れてきてくれた友達とは2010年以降、10年以上ぶりの再会だった。
SNSでゆるくつながってはいたが、向こうはいつもよく知らないゲームのネタばかりつぶゆいていたので、あまり気にしていなかった。
同年代で、初めて会った時はシステム系のエンジニアになりたてだったはずだ。
その後、仕事で病院のシステムをいじる機会があり、そこで病気と闘う子供達に感化され、医療の道を志したらしい。
大学を卒業した後、今勤めている病院に就職したが、カナダ、そして現在はスイスの大学院にも席を置き、勉強を続けているらしい。
SNSからは全く伝わらない、地に足つけて夢を叶えていく姿勢に感動した。
ワインを飲みながらそんな身の上話をしていたら、なんだか今、西暦何年で、ここが一体どこなのだか、わからなくなってきた。
そんなことは、どうだっていいや。
今はただ、空気とワインがとてもおいしい。
◆
地中海の近くで育ったぶどうのパンチの強さは確かなようで、この帰り、記憶がないほど爆睡してしまった。
おまけにせっかく地元のレストランで歓迎プチパーティーまで企画してくれていたのに、遠い国からやってきた当の本人はワインの濃さに圧倒され、気持ちが悪くてほとんど何も食べられなかった。
続く
ワイナリー情報
Château de Bellet
482 Chem. de Saquier, 06200 Nice, France
参考: