調達業務を何十年と続けてきた50人の生々しいリアル。キャリアと仕事術について、アドバイスを訊いてみた。
はじめに
全国のベテラン調達人材に話を聞いてまとめました。自身のキャリアについて、そして会社人生について質問しました。登場人物は50人おり、そのうち最後の一人は私です。
私は調達コンサルタントがメインの仕事です。その仕事の過程で多くの調達人材と知り合いになりました。そこでfacebookを使って交流する場を作りたいと考え「調達・購買・資材 活性化プロジェクト」(https://www.facebook.com/groups/1117274224969459)を開始しました。ぜひみなさんも参加してください。
このグループを活用し「自分の若い頃にアドバイスをするとしたら、どんなアドバイスがありますか?」と投げかけ、私がお一人お一人にヒアリングしたものです。ですので、本書は関係者のご協力なしには成立しませんでした。
働くことは生きることですから、お読みいただければ、調達分野のアドバイスに限らないとわかるはずです。熱いアドバイスも、湿っぽいアドバイスもあります。すべて含めて仕事なんだと私は思います。
このインタビューは「自分の若い頃にアドバイスするなら」という形式になっています。現在、部下や同僚にアドバイスをすると、ただちに「〇〇ハラスメント」などと糾弾されかねません。でも、自分自身にだったら何をいってもいいですからね。
ぜひ本書のご感想をいただければ幸いです。メールは info@future-procurement.com までお願いします。なお、私は未来調達研究所株式会社という、調達・サプライチェーンに特化した専門会社をやっています。提供サービスは、コンサルティングや研修・セミナー、教材等です。同時に、積極的に情報発信を行っており、無料ノウハウ集も充実しています(https://www.future-procurement.com/booklet/)。
なお年齢は不要な時代ではありますが、あえて何十代かは記載しました。また、ご本人のご要望等により、年代を意図的にずらして書いた箇所があります。本質とは無関係ではあるものの、その点はご容赦ください。
他人の「つらかった」とか「苦しかった」は信じるな。あくまでそれはその人の感想だ(50代男性)
昔、ベトナムで工場の立ち上げをやったんですよ。私一人でね。携帯電話もない時代で、なにやっていいかわからない。そんなとき、真面目なやつほどウツになるんですよ。私なんてね、わからないものはわからないし、なるようにしかならない。電話線を引き抜いて、日本本社から連絡を遮断して、工場のワーカーたちと食事に行っちゃいましたね。酒のんでね。
誰かが「つらかった」とか「苦しかった」っていう経験談があるでしょう。あまり信じちゃいけませんね。それはあくまでその人の感想だから、自分は楽しめるっていう場合も多いんですよ。私なんてベトナムで鉄格子の社宅に住んでいたけど楽しかったなあ。同僚は治安も危険だし、鉄格子は泥棒対策だったもんで、不安で眠れないっていっていましたしね。
とはいう私も、何回か転職した際には悩みましてね。「うまくいくのかなあ」って思っていたんです。でも、いま振り返れば、すべてうまく行っている。だから当時の自分には「そのまま頑張れば、なんとかなるから安心しろ」と言いたいんですよね。失敗しても命まではとられないし、そのうち人生を俯瞰して見られるようになりますよ。まあ、昔は酷いもんで、上司から灰皿を投げられた時代もあったんですが、いまでは安全でしょう?
ただ唯一、後悔しているのは外国語の学習ですね。あれほどベトナムや中国に行っていたのに、現地語がまったくできません。もしかしたら、現地の工場で勤務する人生もあったのかな。ただ、人生、これからですから、いまからチャレンジしようと思っているんですよね。
女性の調達部員は積極的に動くべき(40代女性)
海外出張に行きたいから上司に「海外出張に行かせてください」とお願いしますよね。こういうお願いする女性は少ないかもしれません。だけど、私は上司にお願いしたんですよ。でも、なかなか行かせてくれない。上司は理由を教えてくれるんだけれど「若いから」とか「まだまだ経験が少ない」とか、具体的に何をどこまでやればいいかもわからないし、とにかく不明瞭なんですよ。
だけど、私は若かったから、そこで引き下がっていたんですよ。そこで引いちゃダメでした。ならばどうすればいいか、どうしたら海外出張に行けるのか、もっと積極的に問わないといけませんでした。
これは上司を詰問しろという意味ではありません。せっかく働いているのだから、自分が能動的に動く度合いを上げなければならないっていう意味なんです。もっとPRしたらよかった。
私はずっと周りの社員を見ているんです。若くして出世した人は、意外なほどに、どんどん自分で提案して勝手にやっちゃうようなタイプなんですよ。失敗を恐れていない、というか、制約を制約と感じないというか。とりあえず、自分の人生を生きている。積極的なタイプなんです。
よく「若い頃には失敗してもいいから挑戦しろ」っていいますよね。でも本当なんでしょうか。それって若者だけに関係なく、全世代が挑戦しなければなりませんよね。その意味で、私もこれから挑戦するつもりです。
というのが、このところ寝る前に「今日よかったこと3つ」を書くようにしているんですよ。もちろん忘れることもあります。でもできるだけ書きます。というのが、書くことにしていると、その日をムダにできないからです。
よく「一日一日を大切に生きろ」って思っているし、昔の自分にも伝えたいですね。死ぬまでさほど時間はありません。この前、叔父を亡くしたんですが、若かったんです。もうあっという間です。叔父の死をキッカケに親類と話しても、やっぱり「一日一日を大切に生きろ」って言葉を想起しました。
間接材を担当しないと将来はない(30代女性)
もう少しで40歳になるんですけれどね、転職しようとして求人を見ますよね。そうすると、やっぱり間接材の経験がないと弱いんですね。これまで直接材ばかりを担当していました。それで、日系企業のメーカーでずっと出世するならいいんですよ。でも、外資系で働くだとか、グローバルカンパニーに転職しようとすると、間接材の経験が重要なんですね。
若い頃は、調達のなかでも直接材が中心だし花形だと思うじゃないですか。でも、間接材のほうがはるかに、いろんな会社に転職できるし、持ち運べるスキルなんですよね。外資系の場合は、直接材は本国がやっちゃうっていうのもありますよね。
いちばんいいのは、まず直接材を担当して、できるだけ全社の間接材プロジェクトなんかを担うことですよね。それで、いろんな部署とのやりとりをしたり、間接材のイロハを学んだりする。それで、外の会社でチャレンジする。
もちろんお金とか出世が重要ではありません。でも選択肢を増やすためには、間接材を経験しておくべきだったって思いますね。
調達業務なんて何も残らないから、趣味を二つもて(40代男性)
28歳のころなんですけれど、一緒に仕事をしていた設計者が自殺したんですよ。調達部門も相当なんですけれど、設計部門はもっとプレッシャーがあったんだな、と。当たり前かもしれませんけれどね。
んで、もちろん、坂口さん(注・インタビュアーのこと)みたいに仕事を熱心にするのもいいんですけれど、なんというか、あるていど適当にやったほうがいいかなって思い始めたんですよ。適当はいいすぎですが、自分だけで背負わない、というか。
というのも、そんなプレッシャーを乗り越えるくらい能力があったらいいんですけれど、普通は塞ぎ込んじゃうじゃないですか。だからもっと気楽というか、給与もお医者さんほどもらっているわけじゃないんだし、給与に見合ったプレッシャーのみを受ければいいと思うんですよ。
私の父親は、79歳なんですけれど、まったく話があいませんね。高度成長期を支えた男性だし、九州の熊本で生まれていて、男性はずっと必死に働けっていうんですよ。そういう時代じゃないしね。もし私が昔の自分に会えるんだったら、趣味を二つほど作れといいますよ。
恥ずかしいんですけれど、私、ピアノと農作業をしようと思ったときがあったんですよ。これまでピアノも農作業もやったことないですよ。でも忙しくてできなくて。無理してでも時間を作ってやっていたら、なんか違う人生があったかもしれないと思いますね。
自分の優秀さを証明する必要なんてありません(40代女性)
昔の自分には「一生懸命、自分の優秀さを証明する必要はない」ってアドバイスしますね。優秀さもそうだし、自分の正しさも証明する必要はありませんね。
以前、ある外部の監査官がやってきて、あれこれと弊社を指摘したことがあったんです。そのとき、私はその人の前で、自分がどれだけわかっていて、その監査官の指摘がどれほど意味のないことかを証明したんですね。でも、私がそんなことする意味ってありませんでした。その監査官たちは、何かを指摘するためにやってきているんですよ。言わせておけばいいだけ。私、あまりに怒って、その監査官に水をかけちゃいましたもん。
あと、通常の場でもそうですね。誰かと言い争いになって、自分のほうが頭がいいとか、自分が正しいとか、自分が優秀だとかって証明して何になります? 自分の可愛げをアピールするくらいはいいけれど、相手を詰めたって意味がないですよ。そして、自分を詰めてくる人間も低レベルなんですよ。
あと、話が変わるんですけれど、たまに会議に呼ばれなかったり、打ち合わせに呼んでもらえなかったりしますよね? そのときに、悔しがる必要はないんですよ。自分が、その会議の参加者にくらべて、大幅に影響力があると考えればいいんですよね。たとえば、他の参加者を圧倒するレベルだったら全部もっていっちゃうでしょ(笑)。そう考えるくらいでいいと思うんですね。
調達の仕事をしているなら、嘘でも笑って帰宅しないと離婚しちゃうよ(60代男性)
ぼくが調達部で仕事をはじめたときにね、隣に夕子ちゃんってのが座ってたんだよ。ぼくが24歳だったかなあ。彼女は28歳で、いまはなき一般職ってやつです。ぼくがバイヤーで、彼女がアシスタントだったわけ。当時は、ずっと電話しては、机でタバコ吸っていたんだよね。昔なんて、めちゃくちゃで、ずーっと朝から晩まで、取引先に電話して「早くモノを持ってこいよ」なんて交渉するわけ。
そうすると、その夕子ちゃんが「大変でしょう。お茶でも飲みますか」って言ってくれるわけ。そりゃ好きになるよ。こっちは仕事以外に何もないんだからね。
その当時ね、調達部門の職場があって、その隣に池があったんですよ。その近くに灰皿があってね。仕事で行き詰まると、夕子ちゃんとそこにいくわけ。で、まあ、そのあとに夕子ちゃんと結婚することになるんだけどね。
そのあとは、子供も二人できて、夕子ちゃんは仕事を辞めるんだけどね。まあ、職場が一緒だったでしょう。給料とか職場環境とか理解してくれているのはいいんだけれど、ぼくが嫌になったのかな。けっきょくは48歳のときに離婚するんですよ。ぼくはそのとき課長だったんだけれど、離婚したし、もう出世はないのかな、と思ったよね。そっから面白いことはないかなあ。娘ともほとんど会えていないんですよ。
もういまさらなんだけど、40代のころって、笑顔で帰宅することがなかったんですね。ストレスでぼくも酒を飲んでいたしね。夫が帰ってきて、ずっと嫌な顔して、仕事の愚痴ばかりいったら、そりゃ別れる気にもなったんでしょう。昔なんて調達は、もっとバカにされていたし、板挟みばっかりだったんだよ。とくに管理職はね。難しいかもしれないけれど、調達の仕事をやっているひとたちは、嘘でも笑って帰宅したほうがいいよ。
この世界では、当たり前のことをちゃんとするだけで十分ですよ(40代女性)
昔の私にアドバイスするなら「がんばらなくていい」「ゆっくりでいい」「でも、基本的なことをしっかりしろ」というと思うんです。
だって、ほとんどの会社員って、ちゃんとしていないんですよ。メールに返信をしない、文章の意味を理解していない、資料を作成できない、約束を守れない、ちゃんと連絡できない。
でも、優秀な人って、そんな当たり前のことをしっかりしていると思うんです。むしろ、特別な才能や能力がなくっても、そんな当たり前のことをするだけで、ほとんどの人より目立つというか、それだけでいい。
大きなことをやりたいって言う人は多いと思うんです。でも、もっと小さなことをコツコツするのが一番だと思いますよ。
要するに私は頭が悪かったから、なんでもするしかなかった(40代女性)
若い頃の自分に対するアドバイスですか? 自分をありのままに認めることだと思います。特に自分ができないことを認めるのはとても苦しいものです。しかしながら、自分ではやっぱり自覚しているんですよね。
私は若い時熱心に働こうと思っていました。そして漠然と成果が出るんじゃないかとも思っていました。実際に成果は出ました。しかし、完全に自分の思い描いた姿と同じではありませんでした。
例えば、若い時に私よりすごい人を見たとします。資料を一瞬で作ったり、一瞬で資料を読み取ったり、あるいはプレゼンテーションが上手い人、あるいは論理的な内容をすぐに理解できる人です。若いときには自分もやればできると思ってしまいましたが、受験勉強と同じで、どうしてもわからないあるいはできないことがあるんです。
これを若い時に認めるのは非常に苦しいものです。だって自分が他人より劣っているところがあると言うことですからね。しかし、長所があれば、やはり弱点やできないこともあるものです。それを早いうちから認めていれば、もっと楽に仕事ができたのになって思います。
例えば派手な仕事があるとしますよね。その仕事が自分には回ってこない。そんな時愚痴や苦情、そして不平不満を抱く事は簡単です。ただ、自分に能力がないから、その仕事が回ってこないのだと冷静に認める事は苦しいものです。こんなこと若いときの私に言ったとしても多分わからないでしょうけれど。現実にもそうでしたし、やはり私は何でもするしかなかったと思います。それを認められるというのが私も成長したと言う証なのかもしれません。
それって諦めてるんじゃないのと若い頃の私は今の私に言うかもしれません。しかしながら、私が思うにこれは客観視できたことだと思っています。そして自分ができる範囲の中で創意工夫をしたり熱心に頑張ったりする。なんだか変な話になっちゃいましたね。ですが、今振り返ってみるととても大切なことだと思うんです。
40歳の先輩と飲みに行くべきだった(30代男性)
なんとなく会社員を続けてしまって。もうちょっとキャリアを真剣に考えるべきだったと思っています。これ、複雑なんですけれど、調達業務が嫌なわけではないんですよ。むしろ面白いし、楽しいといってもいいんです。でも、もしかするともっと違った展開があったかもしれない。
具体的には、入社時には40歳くらいの先輩を観察したり、一緒に飲みに行ったりするべきでしたね。40歳だったら、会社のこともよくわかっているし、管理職になりそうな年齢でしょう。しかも、ほどよく遠い。それくらいの方々と意見を交わしたり、キャリアについて話したりしておけばよかった。
繰り返し、調達業務をやっていることが嫌ではないんですよ。でも会社や社会には、自分が知らないさまざまな仕事や職種があるんですよ。それはもっと早く知るように動いておくべきでしたね。
それと、よく「会社の歯車になるな」っていうでしょう? あれってほんとうなんですかね。歯車でも、楽しめますよね。歯車がゆえに、いろいろな経験ができるし。また歯車にすらなれていない人もたくさんいますよね。すくなくとも、歯車であることを利用してやる、くらいの気持ちでなければならないと思いますよ。
大変なことは起きない(30代男性)
10年くらい仕事をやって、振り返ると、そんなに大変なことは起きていないんですよ。だから「そのままで大丈夫」と昔の自分に伝えますね。当時は、いろいろと悩んだり考えたりすることもあったんですけれど……。
これは自分自身が、焦って変化しなくていい、という意味だけではありません。
たとえば、上司でプレッシャーを与えてくる人がいました。いや、プレッシャーじゃないですね。人格否定とか、もっというと、「お前は何もわかっていない」とスキルを否定したり、自分自身をマウンティングしてくる人がいたんですね。でも、そういう人ってずっと長く上司ではないし、組織からも排除されるケースが多いんですね。その意味でも、そのときは悩むかもしれないけれど、「そのままで大丈夫」と伝えたいと思います。
あと、現時点での結論なんですが、結局は資料でもメールでも早く返事をしたり作成したりすることが一番かなと思います。締切を守るとか。相手に素早く返したほうが仕事は上手くいくし、信頼を得られますよね。
ぎりぎりになって「わかりません」といわれても困りますよね。また、締切日になって資料を出して「これじゃない」といわれると双方が不幸ですよね。だから、2割の完成度でも、翌朝に出せばいいんですね。
いまの若い奴らも、そのうち通用しなくなる。でも、それでええやん(60代男性)
昔に渡辺貞夫っていうジャズサックスプレイヤーがいたんよ。知らんよなあ。いまもいるのかな。自在の演奏が最高やしね。おれ、大学のときにずっと憧れてて、だけど、まあ夢破れてメーカーに入社したんやね。音大でもなかったし、音楽で食うのは難しいし、メーカーなら、と。
それでそこから資材部でいろんな仕事をしてね。たまたま仕事があっとたんちゃうかな。楽しかったよ。まあ音楽じゃなかったら、もうなんでもええわ、という感じもあったな。
おれのまわりでは、若い奴らのガッツがない、とか、ヘナヘナしとる、とかいうけど。どうなんやろ。それだけラクしても生きていけるんやから、ええ時代なんとちゃう。
おれさ、昔、八幡ってところに工場地帯があって、ずーっとそこの取引先を担当しとったんですよ。当時は理屈も何もなくてさ、工場をまわっては、「納入してくれへんですか」とか「安うしてくださいよ」なんていうわけ。工場のおやじさんが機嫌悪うしたら、一升瓶をもっていって、「まあ飲みましょうや」なんていうわけ。
こういう経験してるから、なんか昔がよかった、とかいう人もおるけど、そういう時代やった、ということだけやね。いまは通用せん。それだけやね。そんで、いまの若い奴らも、そのうち通用しなくなる。おれの言うことを誰も聞かへんし、若い奴らのいうことも、そのうち誰も聞かへんくなる。それが時代や。
ただただ、そういうものなんやないかな。
あいつが交通事故で死んだのは転職のせいかもしれない(50代男性)
パソコンでエンターキーを押すでしょう。たまにね、「俺、あと何回、エンターキーを押すんだろう」って思うことがあるんですよ。そんなこと思ったことないですよね(笑)。でも、俺って会社に入ったときは、紙の伝票で、図面も紙だったの。それがパソコンになって。前は、パワポじゃなくてOHPだったしね。
それで、なんというか、パソコンを使っているんだか、パソコンに使われているんだか、ってわからない気持ちになるんですよ。俺って、もう役職定年で、あと数年で60歳だし、再雇用はしてもらうんだけれど、年収も下がるし、何したらいいんだろうって感じで。でも、体はまだ元気だしね。働くしかないんだけれど。
出世はそこそこで、まあ部長にはなれなかったから、良い方じゃなかったけど、悪い方でもないし。後悔しているかというと、微妙で、会社も好きでも嫌いでもないし、なんか複雑でね。そんな単純なものじゃないですよ。
以前ね、台湾だか中国だかの取引先からヘッドハンティングされて、転職していった同僚がいたの。十何年くらい前かなあ。俺も四十代の前半くらいだったかなあ。それで転職して、かなり成功したみたいでね。部下も多くて、すぐにクビになることもなく、けっこう順調に働いていたんじゃないかな。俺と年齢が近かったから、いま生きていたら五十代の後半だよね。数年前に、日本に帰国していたときだったらしいんだけれど、交通事故に遭ったみたいなんだよ。
あいつが交通事故に遭ったことと、転職したのは無関係だよ。でも、もし、あいつが転職していなかったら、たまたまそのタイミングで、その道路で車に轢かれるってこともなかったかもしれないじゃない。このこと伝わるのかな。
人生なんて、どこで切り取るかで、幸福も不幸も、まったく変わるんだよ。だから、もし60歳で切り取ったら、誰かは不幸で、誰かは幸福かもしれない。でも、その数年後に切り取ったら、その立場が逆転しているかもしれないわけでね。
昔の自分にアドバイスねえ。だって、そりゃいつの自分かによっても異なるけどねえ……。運命には逆らえないから、噛み締めて生きるってだけかなあ。
「これが人生」と悟っても、人生は続くだけなんです(40代男性)
2003年のころに岐阜県で働いていたんですね。金属工業団地といって、なんにもないところなんですよ。近くにはイオンモール各務原があってね。そして東海北陸自動車道の各務原ICがあるんですけれどね。そこで、調達部門で勤務していました。ちょっとカッコつけて言っちゃったな。正確には調達部門ってのはなくてね。資材係とかそういう名称でした。
小さな会社でしたから、二人で調達資材を買い集める仕事でしたね。ずっと朝から晩まで働いていて、まだ働き方改革もないし、ハラスメントっていう言葉もなかったから、まあいま考えればめちゃくちゃなもんですよ。
私は三流大学を卒業して入社したんだけれど、二流大学くらいを卒業した二つ年上の先輩がいてね。生産管理で働いていました。その先輩は23歳くらいで結婚してて、よく遊びに行きましたよ。そこの奥さんと話す機会も多くて「先輩とは何年くらい付き合って結婚したんですか」と訊いたら「高校の同級生で、15歳か16歳くらいから付き合っていて、7年くらい付き合った」というんですよ。
それで、女の子だったと思うんですが、もう子供もいるわけですよ。そうしたら、その奥さんがしみじみと「女の青春って、ほんとうに短いって思うわ」って言ってて、それがすごく印象に残っているんです。
この「女の青春って、ほんとうに短いって思うわ」ってすごく暗そうでしょう。でも、ぜんぜんそうじゃないんですよ。なんか、すごく明るくて、普通に言っていたんですよ。なんか「今日は、ゴミの日ね」みたいな軽い感じです。
諦め、とも違うんですよね。「これが人生だ」と言っているというか。あまりにも、さらっと言っているので、私は衝撃を受けちゃったんですよ。たぶん、私もいつか「男の会社員人生って、ほんとうに短いって思うわ」と言うかもしれません。でも、それは悲哀じゃなくて、たんたんと言っているだけなんですよね。
いつしか私も48歳になっちゃって。たぶん、このまま働いて、定年を迎えて、という感じがします。自分の過去に語れる教訓なんてないですよ(笑)。ただただ生きるだけじゃないですか。でも、なかなか面白いと思いますよ。
「人は変わらない」っていうけど、すぐに変わりますよ(50代男性)
若い頃の知人に会うでしょう。すると、全員が衝撃を受けるっていうんです。以前は愛想が悪くて、挨拶もしなかったよねって。会合に出ても話すタイプじゃなかった。でも調達の仕事をしていると、性格が激変したみたいなんです。
調達の仕事をはじめたころは、自信に溢れていて、上からの目線でサプライヤにあたっていました。でも鼻をくじかれるというか、うまく行かない。そんなとき、下から目線で話すと、なんとなくサプライヤも乗ってくれるんですよ。そういう仕事上での性格の変化はありましたね。
だから、「人間って変わらない」っていいますけれど、よく変わるんですよ。人間なんてそんなもんですよ。
だけど、自分の若い頃に出会えたら、もっと情報発信をするように伝えたいですね。これは社内のプレゼンテーションだけではないですよ。もっと自分が得た経験や知識を部下や上司に積極的に発信していたら、もっとよい状況になっていたんじゃないかと思うんです。
たとえば調達部門って機密だとか秘密だとかいって、言えないことばかりじゃないですか。でも、オブラートに包んだり、固有名詞を隠したりして、話せることもたくさんあるんですよ。
たとえば、上司やサプライヤの前で、もっと大胆に発言してもよかった。たまにそんな発言をしたときにも、言い過ぎだったことはないですしね。情報を発信する人に、さらに情報は集まるんですよね。
調達業務に能力が必要だなんて、嘘ですよ(50代男性)
私が入社したときにね、成果主義とか能力主義とかって言われだしたんですよね。でも、どうでしょうか? そりゃものすごい才能をもっていたら別かもしれません。でも、そんなに異常な才能や能力を持っている人ばかりではありません。入社して3年くらいは、本人も会社も適正すらわからないんじゃないかなあ。
そんなとき人間関係さえちゃんとしていればいいんですよ。うまくやったり、波風を立てない働き方をすればいい。こういうことを述べると「昭和だ」とかいわれるんでしょう? でも現実ですからね。
あと「石の上にも三年」といいますね。これは本当ですよ。三年はどうしても必要。もちろん、上司や同僚がイヤなやつで鬱になるくらいだったら辞めたほうがいい。でも人間関係に恵まれているんだったら、三年以内で辞めるのは時期尚早ですよ。
会社にじっくりと成果をアピールして、それを認めてもらう。それが信頼につながりますし、その後の人生にも役立つと思いますよ。
裸になる女性も、裸にならない女性もいます(30代女性)
私は30代の後半です。いまは、外資系金融で、間接材の調達マネージャーをやっています。といっても外資系では、ほとんどの社員がマネージャーという役割ですから、一般社員ということもできるかもしれません。
もともと、私は日本の大手銀行の社員でした。そこで、情報システム部からはじまって、銀行のサーバーなどを調達するようになりました。たぶん、珍しいでしょうね。
私の世代がギリギリだと思いますが、入行した当時は、週刊誌に「〇〇銀行の窓口業務をしている女性のヌード」が掲載されていました。あれが、ほんとうに、自行の女性だったかはわかりません。でも、当時は上司から相談があって、大阪の大きな会議室に呼び出されました。それで、「君たちのまわりに、このような女性がいないか」と質問されたんですよ。
もしかしたら、私たちの誰かが、このヌードの行員だったかと疑っていたかもしれませんね。わかりませんが。私たちは、周囲の女性行員に、こういう女性がいるかなって、想像したり確かめたりしたんですよね。ヌード写真は、右手で自分の目を隠し、笑っている口元だけ出していました。なんとなく、隠れているような、隠れていないような……。
きっと週刊誌の人も、ほんとうに、その女性が〇〇銀行の行員じゃなかったら裁判沙汰だろうから、なんらかの証拠をもっていたと思うんですよね。で、けっきょく、ヌードになった行員が見つかって、彼女は辞めていきました。その後にどうなったかは不明ですが……。
何の話でしたっけ? これ……。そうそう、教訓ですよね。その女性はものすごく真面目な女性だったようなんですね。きっと私もそう思われているでしょうけれど、実際にはいろいろあるじゃないですか。そういうものだと思うんです。つまり、見た目と、そして実際は関係がない。たぶん、ほとんどの人はそうじゃないですかね。だから、なんでも起きると思っておいたほうがいいですよ。
調達業務は上手くできさえすれば、好きにならなくてもいい(30代男性)
30代で、私がもっとも調達部門で若いんですよ。それだけ後輩も入ってきませんね。3年前に、違う部門から異動した人は、また戻っていきましたね。
通勤のとき、地下鉄で降りるんですよ。そこから、エスカレーターで登って、会社に直結するんですよ。エスカレーターに乗ったときに、耳からイヤホンを外して「ああ、今日も始まったな」って暗くなるんですよね。まあ、いまにはじまったことじゃないんですけれどね。
調達の仕事をやっていて思うんですけれど、もしかしたら、「上手くやれること」と「楽しいこと」は別なんじゃないかってこと。ほら、仕事の自己啓発書を読むと、上手くやれたら、その仕事が好きになるんじゃないかって書いていますよね。でも、いまの調達業務については、かなり上手くこなしています。でも、好きじゃない。
これって、私の中で発見だったんです。しかも、けっこう、びっくりする発見でした。でも、私とおなじ感覚の人は多いんじゃないかな。上手くできても、好きじゃないっていう。これ、おかしいですか?
ただ私は、上手くできるけど、好きにならない、という状況がありうるとわかれば気が楽になると思うんですよね。無理に好きにならなくていいじゃないですか。割り切って最低でも上手くできれば、まずはOKですよ。
取引先と風俗には行けないから、自ら稼いで行け(40代男性)
もう時効っていうか、昔はよくあったかもしれないんですけれど、取引先とキャバクラとか、さらにそのあとの風俗に行ったことがあるんですよ。いまでは居酒屋と、どうだろう、バーに行って終わりでしょ?
昔は、定期的に行っていたケースも多いんじゃないですか? 主要な取引先がいくつかあるとすれば、毎月行っていたでしょうね。私は神戸だったんですが、三宮と、その周囲によく行っていました。いまは接待も少なくなって、倫理規定もあるし、機会はないでしょうね。
楽しかったか、というと、楽しかったですね。でも、それが業績に結びついたかというと、たぶん関係ないですよ。風俗に行っても、行かなくても、その取引先を選ぶかっていうのは無関係ですもん。だから、費用対効果がないことはやらないし、接待も受けない、という当然の方向に向かってきた気がしますね。なんだかんだいっても、正しい方向に進んできたんですよ。
ただ、現代って、仕事で何の余裕もないっていうか、なんの遊びもないでしょう。それはいいことともいえるんだけれど、なんでしょうね。つまらないというか。
だから現代の私たちって、風俗というか、接待以外の楽しみを見つけるしかないんですよ。たぶん、もっと金を稼いで、自分で行くくらいの気持ちじゃないとダメじゃないですか。だからもっと調達部員はどうやって金を稼げるか考えたほうがいいですよ。けっきょく風俗かよ、と思われるかもしれませんが。
転職せずに、長く勤務する利点はすごくたくさんある(40代男性)
昔の自分にアドバイスするとするでしょ? 聞くはずないですよ。当時の私が。言っても、絶対に聞かないですよ。だから、「いまのまま頑張れ」としか言いようがないでしょうね。
ただ、まあ、会社の飲み会には行っておけ、くらいはいいますかね。非公式なコミュニケーションって大切じゃないですか。昔は、誘われてもたまに断っていたけれど、行ったほうがいいですね。
というのも、会社の飲み会に行かなかったといって、不利になったとか、不幸な目にあった、ということはないんですよ。でも、なんだろう。もっと楽になったかもしれませんね。40代になると、人間関係だけでなんとかなる場合もあるって理解するでしょう? もっと社内の誰かと仲良くなっていたら、もっと時間を有効活用できたかもしれませんね。
あとねえ、よくこのところ日本企業をバカにするような風潮があるじゃないですか。能力じゃなくて、人間関係だけで評価されるとかなんとか。どうなんでしょうね。だから、3年でやめてしまえ、という人もいるんでしょうね。ただ、10年くらい勤続しないとわからないことってたくさんありますよ。
日本企業っていっても、いろんな仕事があって、いろんなポジションの人がいるんですよ。だから3年で、そのほとんどを知れるとは思えないな。なんだかんだ、偶然もあって、10年くらい勤務したら、非常にいろいろな方々と出会えるわけですよ。無理も効くようになるしね。
3年毎に会社を移っていたら、なかなかね。おじさん同士で仲良くなることもないでしょう。それに長く居ると、そりゃ良いことばかりじゃないですけど、副社長が私のことを知ってくれているとか、本業以外の触れ合いもできて面白いと思うんですよね。
ムダな出会いをしてほしい。そして非効率でいてほしい(50代男性)
以前、サプライヤーさんに、銀行を退職して中小企業の製造会社の営業に転職された方がいらっしゃいました。お堅い銀行出身だけど、堅物ではなく、ある意味、肝の据わった聡明な方で、あっという間に意気投合して良好な関係を作れた数少ない方でした。
ある時、こう言われたんですよ。「元請(発注側)から口やかましく納期を守れと言われる。今の会社は創業後歴史も浅いし、会社のシステム自体が整ってない。必然的に欠品を度々起こして大変ですよ。しょっちゅう発注者から怒られるし、会社によっては発注を止めるぞ、と脅されるし。こまったもんよ」と。
そして、その人は、こう加えたんですね。
「ただね。物が止まって、ラインが止まって大騒ぎになっても、人は死なんよ。ところがさぁ。金が止まると人は死ぬんよ。金が止まると社長は首を括るんよ。そんな場面に何度か遭遇した。それが嫌で銀行飛び出たんだよ」と。
さらに、こうも言っていました。
「物が止まっても人は死なん。確かに欠品出して人に(納品先に)迷惑をかけることはいかん。だけどね、精神的に今は楽。精神的に楽ということは仕事してて楽しい。ルールってあるでしょ。ルールは守るためにある物。だけどね、破るためにあるって考えてみな。違う世界が見えるんよ。やたらめったら、考え無しにルールを破れと言っている訳ではない。そもそもおかしい、或いは時代にそぐわなくなったルールってたくさんあると思わない? ルールを破るというより、変えようとする意識が必要でしょう。今の若い子を見てると、変えようとしないというか、問題意識が欠如してるよね。おかしいと思っても、波風立てない方が楽でいいから。ものは止まっても人は死なん。金が止まると人は死ぬ。製造業にいる限り、人の生き死にをかけてまで、という仕事は無いと思う。であれば、ルール否定して新しい事にチャレンジして変えていく。若手がそういう気構えを持てる様な組織になれれば、その組織は強いと思う。だからと言って欠品はダメよ。欠品を肯定する話しじゃ無いからね。そこは履き違えない様に」。
まあ、こういうことを聞いたんですね。私のサプライヤーさんとの会話の一コマでした。25年前です。ただ、ずっと記憶に残っています。というのも、いまってルールを守ることだけが重要になっていますよね。右向け右、左向け左、という感じ。
それで若者に何が残るんだろう、って考えるんですよ。リスクはないけれど、それだけ。何なんでしょうね。従順なことに慣れすぎている感じがしますね。
これは違った意味でも同じような気がするんです。現在、働き方改革があって、「休みを取れ」「残業するな」ってことばかりいいますよね。でも、それで実力がつくんでしょうか。私の知り合いはニューヨークで成功していますが、極限まで働いていました。オフィスで寝ていましたしね。稼ぎたい人は稼ぐ、っていう当たり前のことができなくなっていますよね。自由主義じゃなくて、もはや社会主義になっているような気がします。
働く時間が少なくなっているので、ムダな面談に時間を使うこともできませんね。ムダってわざといいましたが、これは後から振り返れば素晴らしい機会かもしれません。もしかしたら、サプライヤの方を「つまらない人間」と思っているかもしれない。だけど、数回しか会わなかったら、その人のことなんてわからないですよ。でも100回会ったらわかるかもしれません。母数を増やす必要があります。もちろん、その大半は意味のないことかもしれませんが。
調達部員って内にこもる傾向があるように思うんです。しかし外に飛び出ないとわからないことはたくさんあります。だからムダな出会いをしてほしい。そして非効率的でいてほしい。そう思います。
遠回りをするのが部下の醍醐味(50代男性)
部下に「これを調べておいてほしい」といいますよね。すると、ほとんどがネットで調べるだけなんです。あとはChatGPTに質問するとかね。そりゃ便利でしょう。
でも、ほとんどの部下は詳しい人に電話すらしない。いや別にメールでもいいんですよ。重要なのはひと手間をかけるかってこと。このところは誰もしませんね。
私が「Aについて調べてほしい」といいますよね。すると、詳しい人に質問したり、話を聞きにいったりすれば、たぶんAじゃなくてBの話にもなるはずなんです。このBという知識は不要ですよ。不要ですが、それはあくまで現時点で不要であって、中長期的にはその人の引き出しになる。でも効率的に調べようと思えば、Bと出会うことはありません。残念なことです。
上司は「これを調べておいてほしい」というわけです。でも、そこまで極端に早く報告しなければいけない例ってそんなにありません。大半の場合は、それなりに余裕がある。ならば、それをきっかけに、自分の視野を広げてほしい。それくらい会社を利用していいんじゃないかと私は思います。
もしかすると、上司の指示が悪いかもしれないけれど……。時代なんでしょうね。現在の若者は生まれたときからネットもスマホもある。どうしても効率優先になっちゃうのは仕方がない。でも、遠回りをしてほしいですよ。
海外本社からはクソ野郎しかやってきませんが、いうべきことは言わねばね(40代男性)
外資系で働いています。本国からCEOがやってくるんです。しかも3年毎に代わりますからね、まともなことなんてできないですよ。六本木で月に150万円くらいの物件に住んでいるしね。
まず1年目は日本に慣れるので大変でしょう。状況も把握しなきゃいけない。本国の指示通りに動くだけなんですけれどね。2年目は、なんでもいいから、ガラっと変えようとする。つまり爪痕を残したがる。ほんとうに何でもいいんです。彼らは、変化そのものを実績として残したいだけだから。その改革や変化を、自分が日本にいたときの成果として、次の異動先で自慢したいだけ。
それで3年目は、次に自分がどこに行くかを気にするだけで終わる。日本の市場なんて、もう興味ないんじゃないですか。心ここに無しといった感じですね。
究極的にいえば、そういうCEOが言う通りに動けばいい、という考え方もできます。会社がどうなっても関係ないし、給料がもらえればどうでもいい。そんな感じで働いている人もたくさんいます。
でもねえ。けっきょく、CEOが言っていることはデタラメで、かつ日本の商習慣にそぐわない場合がたくさんあるんです。調達業務でも、調達習慣って世界各国どこでも違うでしょう。
だから、やはり言うべきところは言う。言わなければ、自分がむなしくなると思いますよ。なんのために私はいるんだろう、なんのために私は働いているんだろうって。会社全体の仕組みは変えられないかもしれないけれど、それくらいは言わなきゃね。
自分を捨てて素直になることができなかった。これが最大の後悔(40代男性)
坂口さん(注・インタビュアーのこと)はご存知だけれど、ぼくって自動車メーカーで働いていたじゃないですか? そのとき、どうしても、自社のクルマに乗る気になれなかったんですよ。だから、JEEPに乗っていました。いま思えば、JEEPが好きかというと、嫌いではなかったけれど、別に大好きか、というそういうわけじゃありませんでした。
でも、なんか、自分の会社が生産しているクルマじゃないけれど、それにぼくは乗っている。その事実がかっこいいと思ったんでしょうね。
そのときは、ご存知のとおり、髪の毛にメッシュを入れていたんですよ。今思えば、まあ、バカともいえるし、いいんじゃない、ともいえます。自分がやんちゃな学生時代を過ごしてきたのに、真面目に自動車メーカーの購買部で働いているっているのが、ちょっと自分のなかで整合性がとれていなかったと思いますよ。
ほら、男の人って、ゴマすり以外では、同性を褒められませんよね。たとえば自分と年齢が近い男性がいたとして、「すげー仕事ができるな」と思っても、なかなか褒められませんよ。それに、自分が褒められても、素直に受け止められないというか。
たとえば「凄いっすねー。仕事の成果でましたね」といわれても「あ、ありがと」くらいしか言えませんよ。ほんとうは「ありがとう!!! もっと頑張るよ!!」くらいに言いたいのにね。
で、ぼくの若い頃に言いたいんですけれど、「素直になること」なんですよね。でも、若い頃は難しいだろうなあ。
たとえば、ぼくはJEEPに乗っていたと言ったけれど、別に、そんなところで変に自己主張なんてしなくていいんですよ。「おい、自社のクルマに乗れよ」「はいっすー」でいいんですよ。別に下らないところで自己主張というか、自我を通す必要なんてない。
あと、先輩にも「凄いですね! 見習います!」といえばいい。同僚にも「凄い! どうやったか教えて!」といえばいい。年下にも素直に「ぼくはこれはできるけど、これはできない。だから教えて」とか「君は凄いな!」と言ってあげたらいい。こんな簡単なことなんですけれど、若いときのプライドが邪魔して難しいんですよ。けっきょく、素直が一番じゃないですか。
プレゼン上手が出世するけれど、嫉妬してもしかたがありませんね(40代男性)
私は、2011年だから、もう13年くらい前に、設計のセクションから購買部にやってきたんですよ。たぶん、設計の上司からは「使えねえ奴だな」と思われたと思いますよ。かなりの数の購買部員が設計からやってきたんじゃないかな。
仕事がまったく設計部門と違うのはわかっていたんですが、なかなかしっくりきませんでした。たぶん、購買部の方々は技術的に理解することを諦めていて、交渉でなんとかしようと思っていました。それはそれで戦略と思います。ただ、私は中途半端に設計の経験があったものですから、技術的にも理解しないとマトモな交渉ができないと考えていました。
いま思えば、そこから数年の葛藤は、私が割り切れなかったことに問題があります。
いま私はギリギリ40代の後半なんですが、私が購買部に異動したとき、すぐに社内の進級試験があったんですよ。いまではなんていうんだろう? 当時は主任試験っていっていましたね。そのときに、パワーポイントで、自分が取り組んできた内容を発表するんですね。ほら、口下手だけれど、着実な仕事を重ねた社員っているじゃないですか。でも、そういう社員ってほとんど評価されないんです。それで二年連続で落ちました。三年目に合格したのは、たぶん試験官が「可哀想」と思ったんでしょうね。
たぶん、この話から「日本企業はPR上手だけが出世するから、くだらない」と私が主張したいと思うはずです。しかし、そうではなく、まあ、どこにいってもそういうもんだろう、と思っています。組織である以上は、プレゼンが得意な人間が上に行くんでしょう?
仕方ないな、と思うし、自分自身はその上達に時間を使えなかったですね。もう生まれつき、としかいいようがありませんが……。
若い自分に言いたい教訓ですか? そうですねえ……。たぶん、何をいっても同じ道なのかな、と思います。
上司の靴をなめてもいいから、とりあえず海外赴任をさせもらえ(50代男性)
たぶん購買業務に就いている人のなかでは、私は年収が高いと思うんですね。きっと倍くらいはあると思います。それはきっと外資系にいるってことはあるんでしょうね。退職金はないかもしれないけれど、その代わりに年収が高いという。
それで外資系なんですけれど、欧州の会社なんですよ。日本は世界の中で、多くのブランチの一つにすぎません。だから、本社に異動するっていうのは、たぶんありえません。私は日本企業で、電機と自動車に勤務しました。性格的に合わないのもあって、日本企業を抜け出しました。
けっきょく、何を成功とするか、ですね。電機と自動車の同僚は、ほとんど一回は海外勤務の経験があるんじゃないですかね。私は海外勤務の経験がありません。これが、あえていえばコンプレックスといえます。年収をとるのもいいけれど、やっぱり、もうちょっと我慢して日本企業に勤務していればよかった、という後悔もありますよ、それはね。
なんで年功序列でしか給与が伸びないんだ、あんな無能な先輩よりも私のほうが仕事ができるよ、と思って、それで飛び出したわけですけれど……。うーん、あと数年ずついたら、違った人生にもなったのかなとは思いますね。上司の靴をなめてもいいから、なんとか上司に入り込んで、海外赴任したかったですねえ。別に心まで売るわけじゃないから、赴任後に転職してもいいですよね。
もちろん、ずっと会社に残っていたら、それこそ自由がなかったのかな、という感じもしますね。年齢が年齢になっちゃったら、会社が嫌でも、ずっとしがみつく友達がいますもん。微妙ではあるんですよね。でも子供がいるから、海外で働いたら刺激にもなりますよね。
もちろん、これからでも遅くないから、諦めているわけじゃないんですけど。それにしても、性格的に合わない組織でも、使えるものは使ったほうがいいですね。すぐに反抗しちゃうって、それこそ幼いですよね。表面的にはゴマすって、心のなかでは「あかんべー」ってしとけばいいんですよ。それくらいのずるさが、以前の私には足りなかったのかなあ、と。
情報収集と情報発信だけすればいい(40代男性)
これは昔の自分へのアドバイスというか、昔の自分の肯定なんですけれど、「情報発信を続けたほうがいいよ」というでしょうね。いま10年以上、早朝にチェックして、ずっと知り合いにサプライチェーン関係のニュースを転送しているんですよ。
情報発信っていうか、情報を探して、それを伝えるってことですね。これが役に立つのは、社会を俯瞰して理解できるとか、世界のトレンドを理解できるとか、それだけじゃないんですよ。情報を発信しているうちに、自分にはこの能力が足らないんじゃないか、とか、自分が次に身につけるべきスキルはこれじゃないかって、自動的に気づくんですね。
だから、もし私に「これから何が必要ですか」と質問されてもわかりません。わからないのですが、情報を発信し続けていたら、そのうちわかるんじゃないか、と答えると思うんです。そして、情報発信を始めたときは、情報の整理くらいの意味でやっていたんですが、そのうち自分の道も変えることになるんですよ。
一方的に情報を知り合いに流していただけだったんですが、そのうち、知り合いから「あのニュースは面白い」とか「読んでよかった」とか「もっとこういうこと知らないか」とかフィードバックが届くんですね。情報発信をしていなかったら、こういうリアクションはなかったと思うんですよ。だから情報発信は、受ける側じゃなくて、発信している本人が一番トクするんですよね。
何をやっても、ダメな人生ならダメだし、よかったらよい人生ですよ(40代男性)
よく「人生は運しだい」といいますよね。でも、そんなことありません。だって、悔しがって、そういう人はいますよ。でも、冷静に見れば出世している人は優秀な人が多いですよ。だから、「人生は運しだい」という人は嫉妬しているんじゃないかなあ。嫉妬するのも人間とはいえますよね。
昔なんですが、こういうことがあったんです。私が27歳のときに、上司が、たしか45歳だったかな。いまになってみれば、そんなに年上じゃないんですけれど、27歳にしてみたら45歳なんて、すごく年上でしょう? それで、私が誤発注をしてしまって、たしか4000万円くらいの損害を会社に与えたんですよ。そのとき、その45歳の上司が、「まあ、仕方がねえんじゃないか」って、すぐさま解決してくれたんですよ。解決っていっても、会社に4000万円の損害は与えているんです。でも、なんとかなった。
なんというか、このような上司みたいになりたい、って思っているんです。でも、なれないですよ。この人は、トラブルを瞬く間に消して、それだけじゃなくて、圧倒的に成果も出していた人でした。「もう、叶わないな」というか、すごく出世する人って、当たり前のレベルが違うんだなって気がしますよ。で、残念ながら、出身大学のレベルが高いほど、仕事ができるレベルも高いんですよ。これは、生まれつきなんでしょうね。
若い時は、自分を過信するでしょう。でも、ダメな奴は、ダメなんです。もちろん努力次第で、レベル2がレベル10にはいくかもしれません。でも、レベル20とか30じゃないんですよね。でも、だからって、絶望する必要はありません。それなりに頑張ればいい。これって若い自分に言ってもわからないでしょうね。でも伝えたいかなあ。
外資系の製薬会社の調達ってつまらないけれど、面白いですよ(50代男性)
坂口さん(注・インタビュアーのこと)って、さまざまな業界の調達部門を見ているんでしょう? どうなんでしょうね。製薬業界って、たぶん、多くの意見は「つまらない、だけれど、給料は高いし面白い」って矛盾するようなこと言うんじゃないですか? というのも製薬業界って研究とか原材料の、もっとも中心のところはアンタッチャブルで、触れられない。もう決まったことは決まったことで、決定に従って伝票を処理するだけ。
だから間接材を対応することが多い。製薬業界で渡り歩いている調達担当者も、ほとんどは間接材の担当者でしょう? 給料も高いので、さほど不満はないんじゃないでしょうか。だから、つまらない、だけれど、面白いっていうんだと思いますよ。
だいぶ前に、タバコをすおうと思って、ビルの外に出たんですよ。そうしたら、「あ、そうか今月からビルの外でも吸えなくなったんだ」と思い出しました。製薬会社なんだから、社員が喫煙するのは止めたい。そりゃそうですよね。でも、なんというか「こういう社員の自由もないのか」と思った。まあ、家に帰って吸えばいいんですけれどね。
それで、製薬会社で、得られるスキルはどれくらいか、というと、どうなんだろう。でも以前に転職しようとして異分野はすごく給料が低いとわかって、転職しなかったんですよね。微妙な話ですよね。ただ別に、自分の職業人生を否定しようとは思わないな。
製薬業界でもなんでも調達の仕事で満足すればいいだけですよね。
正しいけれど間違っている、というか、間違っているけど正しいってことがよくある(60代男性)
もう私は嘱託職員だから、だいぶ昔のことになるんだけれど。調達っていうのは、非常に「正しさ」と「過ち」っていうのが微妙なんですよね。それを伝えたいと思いますよ。たとえば、行政から指摘されるとするでしょう。調達業務がダメだとかね。若い頃は、黒か白かで考えてしまいます。でも、その指摘自体が曖昧というか、恣意的なんですよ。
まったく同じことをしても指摘されないケースがあります。もっといえば、自社より100倍くらいひどいことをしても指摘されない場合があります。なんというか、そういうものなんですよ。だから、偶然と思った方が良いし、行政からの指摘ゆえに「自社はダメ」とか思わないほうがいいですよ。たまたまなんだから。
逆に、ずっと指摘されていないから、正しいんだ、というのも違うでしょうね。偶然ですからね。この国は、ほんとうに適当に指摘されたり、糾弾されたりするっていうのを、知っておいたほうがいいですね。
この発言自体が曖昧だから、どれくらい伝わるかがわからないんですけれどね。
過剰なコンプラ社会だから、もう調達は厳しいですよね(40代男性)
この前、サプライヤと飲みに行こうって盛り上がったんです。でも、正直、現在、サプライヤと飲みには行けないんですね。他社はどうなんでしょう? なかなか自由に行けないですね。
だから、飲み屋で「偶然に出会ったことにしてください」って伝えて、馬鹿みたいですよね。たまたま出会って、そこで席をご一緒するという……。なんでしょうね。接待を受けるのはいけない。でも、それもけっきょくは程度問題と思うんです。それが過剰に行き過ぎています。
現在は、部下に少しでも暴言をはくと、もう降格です。だから、もう録音されていると思って話すしかない。強い指導もできないですが、もう何も言わずに評価だけ下げるしかありません。
でも、調達とか購買なんて、もっともギリギリの交渉をするところでしょう? だからコンプラがいいとは思わないな……。だけれど、もう、こういう感想自体が、おじさんのコンプラ違反でしかありません。だから、すくなくとも、自分の若い時代には、もう過剰なコンプラ社会が到来するから、調達の仕事なんて辞めたほうがいいってアドバイスすると思いますよ。
そうですねえ。一人で、ずっと孤独に何かものを作るとか、そういう仕事がいいんじゃないですかね。コミュニケーションを重ねる仕事は、もう難しいんじゃないですか。なんでもコンプラ、コンプラだから。まともな接触は不可能ですよ。だって、現在は上司をハメようと思ったら、「ハラスメントを受けました」ってハメられる。もうおしまいってことですよ。
昔は、調達って仕事も面白かったんでしょうなあ……って思いますよ。
調達部員が考えるのは意味がありません(30代男性)
実は、昔から思っていたことなんです。調達部門で資料を作成して、部内でレビューしますよね。あれ、ほとんど意味がないと思います。それを昔の自分に伝えたいですね。というのも、調達部門って構造的に自分たちだけでは何も決められないでしょう? だから調達部門の想像範囲って、いつも決まっているんです。そんな、自分たちで想像できる範囲のことなんて考えて意味がないですよ。
ほら、たとえば、調達が作った資料を他部門の役員に見せるでしょう? そのときに、想像もしなかった指摘がやってくる。それなら、調達部門の内部で考えていた時間が単純に無駄なんですよ。考えるくらいだったら、すぐに、その他部門の役員に聞きに行けばいいんです。違いますか? それなのにプライドがあるんですかね? 調達部門の上司は、どうしてもいろいろと指摘したがるんですよ。意味がないのにね。
みんな効率性とかいっていますよね。生産性というのも、同じ意味ですか。でも、本気じゃないですよね。ほんとうに会社のことを考えるんだったら、行動すればいいんですが、みんな部門間の調整とかプライドとかで、無意味な時間をずっと費やしちゃんです。バカなんでしょうね、誰もが。それで、働く時間が長いと、現在でも残業代がもらえるし、残業できなかったら、その仕事をそもそもしなくていいようになってしまう。どっちに転んでも、社員の立場からするとどうでもいいんですよ。不幸な時代ですね。
だから私は、昔の自分に……ですよね。だから、どうだろう。そうですねえ、こそっと早めに動くことを勧めますよ。動かないとたんに損失ですからねえ。でも、どうだろう。昔の自分に言っても気づくかなあ。
3階の夕陽が調達のすべてを教えてくれました(60代男性)
職場が3階だったんだね。1階がロッカーでさ。おれは調達部門だけど、工場現場と同じく、薄い紫色の作業着に着替えて、毎朝7時40分に階段を上って、調達のオフィスに行くの。
たぶんわからないだろうけれど、かつては、パソコンの電源を入れて、起動するまで10分くらいかかったんだよ。だから、そのあいだに、3階のオフィスから出て駐車場の隣の小さな喫煙所に行って「あー、今日は何をやんなきゃいけないんだっけ」と考えてましたねえ。
今思えば、その喫煙所で、いろいろな立場の人と話ができた。本部長もたまに朝早く来ていたから相談できたね。いまは無理でしょうね。
それで1998年くらいだったかなあ。うちが不祥事を起こしましてね。まあ、品質の隠蔽というかね。
それで、調達部門は大変だったんですよ。品質部門と責任のなすり合いをしていたしね。でも、そんなとき、3階で夕陽を見ていたんだな。そうすると、どうでもいいかな、という気がしたんですね。結局は会社の責任であって、私の責任じゃないし、どうでもいいだろう、みたいな、ね。わからないだろうけれど、人生では、吹っ切るタイミングが重要ですよ。背負っちゃうと、たぶん死んじゃうよ。だから、若い自分には、「まあ、なんでも、たぶん大丈夫だよ」と伝えますよ。
取引先とは平等に、というのが最大の学びです(50代男性)
調達部門に属していましたから、正直、「買ってあげている」という立場にいたし、そう思っていたのは事実です。
でも、こういうことがありました。20代だったかなあ……。金型の監査がありまして、それが夏休みの真っ最中だったんです。夏休みを返上して、その監査に対応してくれ、と取引先にはお願いしました。まず、この時点でダメですよね。埼玉の取引先で、3人か4人の工場でしたねえ……。
そこでね、後輩の調達部員も一緒に来ていたんです。そいつが「暑いですね。クーラーは現場にないんですね。どこか涼しいところはないんですか」といってしまったんですよ。そのときに、私はいまさらながらに、いかに取引先に負担をかけているか、そしてひどいことをしているかについて理解するにいたりました。いやあ、大変な話ですよね。
いまだったら、どうするだろうなあ。まず、取引先に夏休みを返上させようなんて思わないよね。返上なんてさせないしね。私は、その監査のあとに、ビールを買ってもっていきましたよ。取引先は「お客が言うなら、私たちはやらざるをえない」と言っていたな。でも、ビールは喜んでもらってくれた。いい経験になったけれど……。
人が育つのって、自社の社員からではない気がしますね。社外の方々と触れ合うことによって育つ気がしますね。環境でしょう。その意味で、取引先とも誰とも平等にならなきゃダメですよ。
高給かどうかは、会社のビジネスモデルが決めます(30代男性)
私は以前に電機メーカーで働いていました。調達とは言わずに、資材と言っていました。そのあと、現在の化粧品メーカーに転職しています。といっても、最大手ではありません。有名ですが、SさんとかKさんほどではありません。でも、たぶん、その二社よりも給与は高いですね。それを知ってヘッドハンターの言う通りに転職しようと思ったんです。
ところで、現在の仕事は、ひたすら納期を追いかけていますねえ。これって、どうなんでしょう。たぶん、電機メーカーの資材部のときのほうが難しい仕事をしていたんじゃないかなと思います。いまのほうが仕事は単純です。さらに、ストレスも、さほどありません。でも給与は高い。そういうもんだ、と気づくまでに時間がかかりました。
つまり、個人の能力もあるんですけれど、結局は会社が給料を払うじゃないですか。だから、会社のビジネスモデルで、ほとんど決まると思うんですよね。だから、ものすごく苦労をしても給料が低い場合があるんじゃないですか。そして、苦労していないのに給料が高い場合もある。でも、外資系の金融なんて、そうでしょう? 働いたことがないけれど、一人ひとりが、メーカーで勤務している人の10倍くらい優秀ってことはないでしょう。たぶん、高給の仕組みがあるんですよね。
これって、なんといいますか、若い頃には受け入れにくいですよね。自分なんてどうでもいいんだ、環境でほとんど決まるんだ、って、なんか嫌じゃないですか。でも、ほんとうに会社しだいなんですよね。だから、自分で周りを変えようとするよりも、自分を変えて違う環境に行ったほうがいいですよ。
夢がありませんかね? でも、そうだと思うなあ。
離婚したら、仕事もダメになっちゃいますよ(40代女性)
私、離婚をして、いま10年目になります。長かったような、短かったような。就職をして23年間ほどずっと調達部門にいます。年齢がわかっちゃうかもしれませんね。元の旦那とは、同期入社で、彼は2歳上で、開発部門でした。入社のオリエンテーションで、仲良くなって、そのまま、っていうパターンですね。
けっこう早めに結婚して、私は旧姓のまま仕事を続けて、元の旦那が注文を出してきて、私が調達担当者として発注するなんてこともありましたね。
これはウチの会社だけかもしれないんですが、できるだけ夫婦は同じ事業所に置いておかないようにするんですね。夫側が異動する可能性があったけれど、私が移動しました。以前は夫婦ともに兵庫県だったんですが、私は愛知県の事業所で働きはじめました。これ、私が転勤してもいいよって、意思表示していたので、会社が本気にしたのかな、と思います。
異動してから、調達として扱っているものも違うし、大変だったんですよね。私たち夫婦に子供はいなかったし、そのまま離れて暮らすっていうのが悪かったんでしょうかね。もちろん、私たちはお互いを尊敬していたんですが、距離は大きかったですね。
いまは落ち着きました。ただ、ご想像に任せたいんですが、元夫がいろいろあって……。それを私が知ってしまって……。あまり言いたくないので、大変だった、というだけです。それで、私も、それまでだったら考えられないようなことをしちゃって……という感じです。
そうしたら、毎日の仕事をちゃんとできませんね。社内や取引先にも当たっていたと思いますよ。だから、私が若い頃に出会ったら、まずは周囲と私生活をちゃんとしなさいっていいますよ。
これはきっと意図とは違うと思います。きっとスキルとか能力とか、難しい話をしたほうがいいんでしょうね。でも、ほんとうに若い頃の私に言いたいのは、生活の基盤をちゃんとしようねってことなんです。
人の話をちゃんと聞かなきゃダメですよ(50代男性)
私の勤務企業の親会社って、地場の伝統企業なんですよ。で、そこの出身企業の方々が天下りのように関連企業に勤務しているんです。
その企業がサプライヤだったりすると、すごく面倒くさい。当然のことを申し上げただけなのに「お前じゃ話にならん。上司を連れてこい」って言われた経験が何度もあります。だから私は「それって上司を呼ぶようなことですか? 私が対応しますよ」って言ったんですが鎮火することはなかったですね。
人の話をちゃんと聞くって重要ですね。若いときは、勝手にやっていましたね。ルールを守るのも重要だし、そして、相手の顔を立てなきゃね。若い頃は、自分以外の誰かに迷惑をかけているってわからないんですよ。だから私も上司や同僚に、私のミスだったのに頭を下げさせたことがあります。
契約上のことで、詳しくはいえないんだけれど、まあこちらのミスですね。費用も損失も生じてしまった。だけれど、こちらが若くてどうしようもできなかった。だから、上司が謝ったんです。
その意味は、こちらが論理的に正しいだけじゃいけないんです。
こういうことがありました。冒頭の話と近いんですが、明らかに取引先が悪かった。だから毅然とした態度を取っていたら、それがのちほどクレームになりましてね。そこは取引先だったけれど、同時にお客様でもあったんです。だから、先方から「あのふざけた奴を許さない」というクレームが入った。まあ、私が悪かったわけじゃないんです。でも、配慮は必要だったかなあ。
だから、若い人に伝えたいのは、うまくやってくれ、ということかな。配慮や、いい意味での忖度は必要なわけでね。上手くやっていくのが重要ですよ。
経理、税務、法務を学ぶしかありません(50代男性)
私は営業から調達に来たんですよ。引き継ぎのときはひどかったなあ。だって、前任のひどさを、そのまま解決するしかなかったからです。
契約がめちゃくちゃだったんです。しかも、それは海外のサプライヤとの契約。本来は、法務部門が確認したり、上司が確認したりするべきでしょう。でも、当時は個人商店みたいなもんで、ひどい条件のまま契約していたんですよ。
だから損失がすごかったし、どうしようもなかった。
だから若い人には、経理、税務、法務を学んでほしいんですよ。難しいことではありません。経理っていう意味では、決算書を理解することです。それだけでいい。あえてわかりやすくいえば、簿記の2級とか、なんでもいいので基本的なことを学んでください。
そして税務と法務です。これも、当たり前のことを当たり前のように学んでほしい。たとえば、サプライヤとの契約があるとするでしょう? そしたら、調達部門の調達部員として、最低限、契約書を読めば良いんです。あるいは、税金のことでも、気になったことを読めば良いんです。
読めば、「あれ、これはどういうことだろう」と不思議に思うことがあるでしょう。それを調べる。いまは、いくらでも情報源がありますね。昔はネットなんてなかったんだから。調べて読む、勉強する。これだけで他者と差別化できますよ。だって、ほとんどの人は勉強もしないし、調べようともしないんだから。
出会った人との出会いを大切にしないと孤独死しますよ(40代男性)
私ね、つながった人との出会いを大切にしなければいけないな、と思うんですよ。たとえばね、購買ネットワーク会ってあったでしょう(注・インタビュアーの坂口孝則が2000年代に作った調達関係者の会合)。そこに誘ってもらってね。ありがたいと思いますよ。だって、そうやって出会った人たちとつながって、いまだに話してもらっている。
大げさにいうとね。これは生きる嬉しさといってもいいし、生きる喜びといってもいいんですよ。
私は年賀状を10年以上前にやめちゃってね。むかしは100枚以上を書いていたんだけれど。やめて良かったこともあるし、でも、それ以上にデメリットが多いかなあ。つながらなくなったんですよ。
つまりね。若い人は年賀状の効率性ばっかり語るでしょう。ありゃ費用がかかるとか、メールでいいんじゃないか、とかね。そんな話じゃないんだな。やっと気づきましたね。面倒でもいいんです。そのぶん、強制的であっても、近況が届くんです。すごい仕組みですよ。
立場が違う、そして、働く場所も違う。そしてコンプライアンスとかハラスメントとかで、もう同僚と飲みに行く機会はないですよ。だから、仕事以外のつながりを意識するしか無いですよね。だから、昔の個人的なつながりは重要なんです。
もう60歳で定年ですからね。もう年数は残っていませんよ、どうしましょうか。
若い自分にいいたいんですが、人生を楽しむスキルを身に着けたほうがいいね。ほら、私は楽器を演奏できません。数年でできるはずないでしょう。あとは料理とか、語学とかね。仕事は、その瞬間でいえば人生のすべてかもしれない。でも定年後の人生は長いんですよ。趣味がなければ生きていけませんね。だから、現役時代に積極的に趣味やスキルを増やすしかないんですが、なかなかこんな話って広がりませんよね。
若い頃は……。たぶん、昔の自分に言っても無駄だろうなあ……。でも余白を楽しんでほしいですよ。難しいかな。でも、仕事がなくなったときの自分を考えることしかないですよ。
努力が報われるはずはないですよ(50代男性)
よく「努力は報われる」っていうでしょう。そんなはずないですよ。何を言っているんだ、という感じです。バカなんじゃないか。もっというと、努力が報われる場合が少ないんじゃないかな。
ただ、これは誤解してほしくないんですが、努力はしなければならない。
つまり一回や何回かの試行錯誤で成功するはずはないんです。だから努力をしたか関係がないんですよ、何度も試行錯誤して、そのうち一回が成功したら良かったねくらいでしょう。成功者の話を聴いて、その通りやって成功するはずがないですよ。確率論ですからね。
ちなみに、私は、ほんとうに現場を見ろって思いますね。これは自社の現場もそうだし、取引先の現場もそうなんですよ。若い人は現場を見ないですよ。プロパーも多いんだけれど、営業部門出身の奴らも見ないかな。
もちろん現場をわからなくても仕事はできますよ。でも、もちろん、わかったほうがいい。そりゃ当然です。また、品質の提案やコストの提案、納期の提案に限らず、信頼度はあがりますよね。
トラブルが起きたら誰でも取引先の工場に行くんですよ。そりゃ当然ですよね。でも、重要なのは「いかに何もないときに取引先の工場に行けるか」なんです。おそらく、会社が社員に「予算の関係でサプライヤの工場に行くな」とは言わないでしょう。出張を止めることもないと思いますよ。だから、純粋に個人の意識かな。
私はきっと、かなり余計な情報を提供しています。社内の技術者に、過剰な情報を提供して、自分の付加価値をあげています。でも調達・購買って、そういうものでしょう。社内に過剰な情報を提供して、彼らに考えるヒントを与えるのが調達部門じゃないですか。現在は、働き方改革とか言うだけでつまらないですよね。
誰とでも話をする、敵を作らない、が最善です(40代男性)
いまは調達部門を離れています。この立場になって、わかることは、敵をつくらないことです。先日も、ある会社の人とばったり出会ったんですよ。そのひとは、私が調達部門だったときのサプライヤさん。そのときは侃々諤々の議論をしました。でも、最後はちゃんと人間と人間の関係を保っていました。そうすると、そういう関係が生きてくるんです。ばったり会ったときも、仕事のことでサポートしてあげたりね。逆に、こちらも近々、お手伝いいただくかもしれません。
人間だから、嫌いな人もいますよ。そして数年が経つと部門も変わるかもしれません。でも、10年くらい経ったら、ふたたび同じ職場になるかもしれないじゃないですか。だからできるだけ敵をつくらないほうがいい。ちゃんと話すしかありません。一人で仕事ができるわけでもないしね。
ただ極端な例は別ですよ。パワハラ上司がいます。叱責されることで仕事を覚えたり上達したりすることもあるかもしれない。でも、パワハラはパワハラです。あまり耐える必要はありません。会社に診断書でももっていけばいいんです。
そういう極端な話を除けば、やっぱり会話が重要かな。現在の職場にシニアがいて、ノウハウもスキルももっているひとなんですけれど、その人がいなくなったら、たぶん絶望的な状況ですよ。ノウハウが伝承されていないんです。会議や、ちょっとした場で対話して、その人達のノウハウを吸収しないといけないな、と思いますね。
ちなみに、先日、あるシステムを入れたんですよ。そうしたら、すごく効率的になってね。すごく便利。だけど、このシステムを入れる前って、社内で「そんなの無理だ」「ルールは変えられない」ってみんながいっていたんです。日本人って、そういう言い方が好きですよね。仕事のためのルールなんだから、仕事のために変えればいいじゃない、っていうことですよね。ルールっていうけれど、なんでも変えられますよ。若い人に言いたいのはそれかな。
結局は勉強しないとダメですよ(50代男性)
学ばないといけないですね。それだけです。自分が若い頃に出会ったら、とりあえず学べといいます。MBAでもいいし、財務諸表でもいい、それらを全面的に学んでいたら、もっと楽しい人生があったんじゃないかと思います。
もう50代になったら吸収できません。すくなくとも難しい、20代とか30代だったら、吸収はたやすいはずです。
普通は、逆ですよね。「若い頃は、なんでも経験しろ。勉強よりも、なにか行動しろ」というかもしれない。でも、私はそうは思いません。というのも、行動はたくさんしてきました。普通以上に、どんどん活動して、その結果に考えるのが「勉強をしろ」なんです。これまで勝手に海外に行っては、コスト削減の施策をしてきたり、さまざまな品質改善をしたりしてきました。だけど、会社で上に登ろうと思ったら、やはり机上の勉強が必要ですね。
同じことを言っても、この表現では格式がない、でも、この表現だったら格式よく伝わる……というのは現実的にあるんですよ。もしかしたら、MBAなんて学んでも意味がないかもしれない。でも、学ぶ過程で、これまでの経験では通過できなかった体験ができるだろうし、それが仕事の新たな刺激になると思うんですよね。
アドバイスは役に立たない、というか思いつき(30代男性)
もちろん、この趣旨は理解していますし、自分が若い頃に伝えたいアドバイスを話すこともわかっています。でもねえ、なんというか、アドバイス自体が役に立たないんじゃないかって思うんです。
以前に、こうアドバイスしてくれた上司がいたんですよ。「人と話すときは、まず『最近、どうですか?』と聞きなさい」と。そうすると、人間は話を聞いてもらいたい生き物だから、相手は話します、と。そこでうなずいておけば、相手と距離を縮められる、と。まあ、そうかなって思ったんですね。
それでしばらく経ったころだったと思うんですけれど……。その上司に会ったときに「最近、いかがですか」と質問したんですよ。そしたら「忙しいから、話しかけないでくれ」といわれたんですよ。ありゃ笑った、というか、複雑な気持ちになったというか。
もちろんその上司は「人と話すときは、まず『最近、どうですか?』と聞きなさい」と話したことを忘れていると思いますよ。というか、居酒屋での話なんて、おおむねテキトーでしょう。そのアドバイスをどこで聞いたのかは忘れました。しかし、そもそもアドバイスする側も、そこまで考えていない場合が多いのではないでしょうか。だからこそ、たまに名言も出ると思うんですが。
だから、もちろんアドバイスを聞いてもいいけれど、話した側だって覚えていないくらいなんだから、取捨選択すればいいっていう、当然の話しですよね。
書を捨てずに街へ出よう。教養がないとやはり薄い人間になりますね(60代男性)
思考法でしょ、論理学、修辞学といってもいいし、大きな意味で教養ですよ。それらを勉強しなければいけませんね。だって、こういうのって人類の発明であって、こういうものを人類が積み上げてきたことを尊重しなければいけませんよ。
誰だって。目の前のことばかり学ぼうとしますよね。でも、だいぶ先にしか役に立たないかもしれないけれど、そういう難しいことを勉強しないとつまらないですよね。
もちろん、これは20代の私にむけて話しています。教養って、たんに大学の一年と二年で学ぶようなものじゃないんですよ。あんなの単なる通過点であって、ずっと学び続けるものなんですね。ハウツーものとは対極にあるはずです。
それで、なんで教養がなければならないかって話なんだけれど……。これは判断軸を持てるようになる、としかいいようがないんですよ。つまりね、教養がなかったら、判断のときにフラフラしちゃう。一貫性がない。それこそ哲学がない。座標軸が重要なんですよ。
教養があったら、もっと面白い仕事や、面白い仕事のやり方ができたんだろうなって思いますよ。教養って強力なものですからね。
うーん、そうだなあ。教養を身につける方法ですか。読書じゃないですか。それと旅行に行く。それで日本ではありえない状況にぶつかるんです。そうして常識をゆさぶる。そうしたら、「なぜこうなっているんだ」と学びたくなるでしょう。
私ね、昔アメリカに駐在していました。そのときに、サンドイッチの具にもアメリカ人がこだわるのを覚えていてね。日本みたいにA定食、B定食じゃないの。一人ひとりが考えている。自分なりの考えがなくちゃならない。誰かが決めてくれるわけじゃないんだよ。
そうだねえ。書を捨てず、そのまま街に出かけていって刺激を受ける。これなんじゃないかと私は思いますよ。
闘えない上司になってはいけない(40代男性)
昔、とてもひどい上司がいたんです。書類の細かいところずっと指摘し続けて、それで他の同僚の前でも私のことを叱るんですよ。あれは本当にストレスフルな毎日でした。
例えばこういうことがありました。あと2時間で月末のシステムがシャットダウンする時、私たちは調達部門だから、どうしても月末までに処理を確実にこなさなければなりません。しかし何だったかなぁ……。計算の小数点が合わないとか、なんだかんだその上司が言ってきて、結局サプライヤから書類を作り直してもらうこともできずに、月末の処理ができなかったんですよ。
それで月初には私が始末書を書いたんですが、「なんでこんなことしなければいけないのか」と思ったんですね。私の時給の方が高いし、1円未満なんてどうでもいい話なわけです。
ところでその上司なんですけれども、私がとある部門の会議室から出たときに、その上司が隣の部屋で会議をしていたんですね。その時の会話が聞こえてきたんですが、すごかった。もちろんその上司は私たちに厳しかったんですが、他部門にはちゃんと言うべきことを言っていたんです。私たちが不当に責められないように、あるいは不当に仕事が振られないように防波堤をきっちり作っていたんですね。最後には、他部門に対して暴言を吐いて、「ウチの課員の奴らにはそんな仕事させねーぞ」なんて啖呵を切っていました。
もう今だとコンプライアンス上引っかかるんでしょうね。ただ、その上司は非常に印象的でした。調達の部員にはきっちり仕事をしてもらうけれども、同時に部下を守るべき時はしっかり守る。かつ他部門との争いも厭わない。
まあ言うのは簡単ですが、それに現在では難しいでしょうが、ある意味、理想の上司です。このように他部門と闘えない上司になってはいけませんよね。
ちなみにその上司に「この前の会議での発言を聞いていましたよ。なかなか面白かったですね」と伝えたことがあったんです。上司は「おーそうか」とだけ言っていました。自分が頑張ったことを、ことさらに自慢しないのも重要ですよね。
調達の仕事がなんにもならないなんて、そういうものじゃないでしょうか(40代女性)
坂口さんって村上春樹は読みますか(注・インタビュー前の雑談で、インタビュアーが「たくさん本は読むが小説はあまり読まない」という話を受けたもの)? 村上春樹もあまり読まないんですか。なら、ご存じないかもしれないけれど、『風の歌を聴け』という作品に作家であるデレク・ハートフィールドについての書いているんですね。
デレク・ハートフィールドもご存じないと思います。これは村上さんが作り上げた架空の作家なんですよ。小説だからどんな作り話でも許されるけれど、なんとなくそこで引用されている作家の名前位は本当だと思いませんか。私も初めて読んだとき、そんな作家がいるんだと思いました。
そしてこの作家が本当は存在しないと言うことを知らないまま過ごしている人もたくさんいると思います。でもそういうもんじゃないかと思うんです。どんな仕事をしても世の中の全部をわかるわけじゃないし、調達だって営業だって技術だって世中のほんの一部を理解するだけで死んでいくと思うんですね。
ちょっと話が大きいですよね。ただし間違いや正解も含めていろんな思い違いもあるだろうし、いろんな勘違いもあるだろうし、それでもなんとなく中って成り立ってると思うんですよね。
私、さっき村上さんが想像した作家の事について話しましたけど、もしかしたらその人は架空とされているだけで実在するかもしれませんよね。ちょっと調達と話からずれたかもしれませんが、例えば調達って言う仕事を続けてもあんまり意味がないんじゃないかとか、何の役にも立たないとかキャリアが構築できないとかそういう人は多いと思います。でもそれは正解だろうし、あるいは不正解かもしれません。たまたま役に立つ人もいれば、たまたま役に立たない人もいる。たまたまその人が生きた世界では役に立つこともあるだろうし、たまたまその人が生きた世界では、役に立たないかもしれない。でもそういうもんだと思うんです。
だから諦めろっていうわけでもなくて、うまくいえないけれど、なにか人の想いや何かを超えたところに社会や世界があるような気がしますよ。
中小企業診断士の勉強がわかるのは40代になってから(40代男性)
20代のころに中小企業診断士の勉強をしていたんですよ。さっぱり意味がわかりませんでした。いや、意味がわからない、というよりも、「これどう使うんだ?」みたいな。ガキがあんなの勉強してもどうしようもないですね。
だけど、もう私も課長になって、サプライヤの企業がどうだとか、いろいろ仕事で必要になるんですよね、知識が。そうしたら、「あー企業価値ってこういう意味かー」とか「企業を売却するときに、こう計算するのかー」って、やっと用途を理解しました。これは、やっぱり20代のガキにはわかんなかったと思う。
でも、これまた不思議な話なんだけれど、じゃあ私が20代のころに中小企業診断士の勉強をして無駄だったかといえば、そうじゃなくて、いまなんとなく役に立っているんです。少なくとも、再勉強するきっかけにはなっているんですよ。当時は合格しませんでしたが、50歳ぐらいになったら、再挑戦しようかな、とも思います。
それにしても、皮肉なことに、必要になった年齢こそ、もっとも勉強ができない。子供も家庭もあるし、部下のマネジメントもしなければなりません。なんかうまくいかないものですね。
だからこれまた矛盾するんだけれど、若い頃は、さまざまな現実にもぶつかったほうがいいですよね。そうしたら、中小企業診断士の勉強も、「こういうところで役に立つのか!」と気づくかもしれない。まあ、私以外の頭が良い人だったら、すでに20代で気づくかもしれませんが。
ただし、ずっと勉強していたら、その破片がつながり合って、いつか実を結ぶかもしれませんね。実践だけでもなく、勉強だけでもなく……っていう。アドバイスになっているかな、これ?
けっきょく、昔の自分からは離れられないだけでしょ(50代男性)
たぶん、あなたは知らないと思うけれど、芳本美代子さんの「東京Sickness」という曲があってね。むかし、ずっと好きで聴いていたんですね。ああ、やはり知りませんか? 芳本美代子さんのほう? 「東京Sickness」のほう? 両方かあ。
いまでいうと「東京Sickness」はシティポップというか、当時は先端の音楽で、いま聴いたら、そりゃ古いけど、いい曲なんですね。アイドルっぽくないというか。退廃的な雰囲気すらある、というか。
記憶が正確じゃないんだけれど、たぶん入社式の頃から、この曲を聴いていたんだよね。そこから何年経ったのかすらわからないけれど、こういう話をするときに、また芳本美代子さんの「東京Sickness」を引き合いに出しているわけ。つまりあんまり人間なんて成長していないんじゃないかと思う。
もしかしたら成長していないのは私だけかもしれないけれど、いや、男なんて誰も成長していないんじゃないの? あのころは、山梨の国母工業団地に配属されたんですよね。四国の出身で、大学が関西だったけれど、山梨なんて行ったこともなかったですよ。それで資材部というところに配属されて、地理も場所もわかんない。
あのころは手書きの伝票だったし、現場は怖いおじさんしかいなかったし、何かあると取引先の工場に行って、それで納品まで手伝っていたんですよね。私、資材部だったけれど、フォークリフトも運転していた。あとは、伝票にはんこ押して、手形を渡すとか。
当時の資料なんて何も残っていないですよ。やはりいまはすごいでしょ。クラウドにあげたらなんでも残るけれど、当時は紙の手書き資料だし。私は、現在の、なんか調達業務のあり方、とか読むと違和感を覚えるよね。もっと現場にいってドロドロしたやつじゃなきゃ調達とか資材じゃないと思っちゃう。まあ簡単にいうと古いということ。ただ、もう染み付いているから、もう離れられない。
私の若い頃は、年上をバカにしていたんだけれど、けっきょく、私も頑固で昔の話ばかりするようになった。だから、若い頃の自分には「上の人をバカにすんなよ、お前もそうなるぞ」っていうことくらいはアドバイスできるかな(笑)。
調達の仕事なんてどうでもいいから、奥さんを大切にしたほうがいいんじゃないですかね……(60代男性)
嘱託になったときに、家に帰りました。そうしたら、妻から「公証役場にもっていく離婚届を書いたから、確認してほしい」と言われました。ドラマとか映画では、熟年離婚というのがあると知っていました。でも、まさか自分にそんなことがあると思いませんでした。
「そこに座ってくれよ」と妻にテーブルに座ってもらって、いろいろ話したんですけれどね。私が思い出すに、妻とそんな真面目な話をしたのは、何年ぶりだろう……と。もしかしたら、私はずっと逃げてきたのかもしれない。
30年以上も前になるんですけれどね。結婚して、どんなに私が遅く帰ってきても、ずっと妻は起きてくれていたんですね。それで、妻は「なんで、こんな遅かったのか」と常に質問してきました。だから私は「仕事だから仕方ないだろう」と伝えました。
もちろん、それは嘘ではありません。ただ妻は納得がいかなかったらしく、よく「もっと早く帰れないのか」などと言っていました。そこでよく喧嘩をしたんですよ。「家族を養うために仕事をしているのに、なぜ文句ばかりいうのか」とか「そんなに不満なら、違う誰かと暮らせ」とかね。
もしかしたら、私はずっと妻にパワハラをしていたかもしれませんね……。
ほら、調達の仕事なんてストレスしかないでしょう? 内部は板挟み。外部からはひどいことばかりいわれる。もう、最悪な仕事ですよ……。だから、この仕事に就いている状況に甘えていたかもしれません。
離婚の話に戻るんですけれどね。妻はまったく説得に応じませんでした。こっちの話を聞く気もないというか……。もう目がこちらを見てくれなくて……。
嘱託職員になると同時に、私は財産の半分を妻の口座に振り込みました。わかりますか? 銀行の振込ボタンを押すと同時に、なにか、涙が溢れてくるんです。あんなにキレイな人はいなかった。そして、私があれだけ一緒に生きたいと思った女性はいなかった。でも、私のせいです。それだけです。
転職は必須じゃないけれど、転職できるようにしておいたほうがいい(50代男性)
調達の仕事って、結局、数十年経っても「これができるようになりました」っていうのがわかりにくいでしょう。自分だってわかりません。だから、ずっとずっと「自分はこういうことができます」と言えるようにならなければなりません。自分ができていないのにアドバイスするのも変ですけれどね。
調達の社員って、選択肢を増やすことが苦手なんですよ。設計者みたいに、自ら進んでやらなくても仕事が降ってきます。だからどうしても受動的になるんですよね。仕事が降ってきて、それをこなすだけだから、積極的にスキルを増やしたり、「こういうこともできる」っていう選択肢を増やしません。課題だと思いますね。
生産現場だと、ものすごく細かな点を気にしないと生産が止まりますよね。だから、細かな品質管理が重要になってきます。ただ調達だと適当にやっても、多少、ちょっと高めにサプライヤに支払っても、生産は止まらないし、さらに業績もあんまり変わらない。
危機感を持つっていうことにもつながるかもしれませんね。失敗しても問題ないから、どんどん挑戦をして失敗するべきなんだけれど、調達部門にいたら「けっきょく、何に挑戦したらいいの?」ってわからなくなっちゃう。
だから、転職は不要なんだけれど、いざというときには転職してやるぞ、と覚悟を持つ。そして、転職できるようなスキルを構築するっていうのが重要なんじゃないですかね。
調達業務は「すごい仕事をしている」と思い込むことからはじまる(坂口孝則)
その電話の主はえらく大声だったことを覚えています。
「どうするつもりだ」
生産ラインに部材が届いていない。生産が止まる。私はため息をつき、いつもの作業にとりかかりました。机の書類を鞄に詰め、そこから最寄り駅に走り、電車に駆け込む――。わずか20年ほど前のことです。
当時、私は新卒で入社した電機メーカーの資材部員でした。毎日、伝票を発行して部品を注文する。支払が遅延していると聞けば頭を下げにゆき、品質の不具合があったときけば生産ラインに駆けつける。朝から晩まで、仕入先へ納期を催促する電話。部材が届いていないと知れば、仕入先の工場に出向き、モノが仕上がってくるまでひたすら待合室に座り続ける。
私が「仕事」というものを考えるとき、まっさきに思い浮かぶのは、そんな原体験です。
次々に電話がかかってきたこと、メールが山のようにたまったこと、昼夜を問わず呼び出されたこと、仕入先のお偉いさんから苦情を受けたこと、罵倒されたこと、社内政治に巻き込まれたこと、理不尽な仕打ちを受けたこと、先輩諸氏から仕事を押し付けられたこと。
「お前、がんばっているよな」と言われて泣いてしまったこと。
私にとって、働くとは、稼ぐとは、生きることそのものでした。どう働けばいいのか、どう稼げばいいのか。それらは、きわめて個人的なテーマであり続けました。どんな本を読んでも、どんなニュースを知っても、どんな人に出会っても、私はそのテーマを考えるキッカケでしかありませんでした。
社会の流れがある、そして日本経済というマクロな状況がある。それらに言及した本もたくさん読んできました。ただし、それは私にとっては、マクロで完結するものではなく、常にミクロに応用できなければいけなかったのです。
いろいろなことが社会で起きる。しかし、それは結局のところ「自分にどのような影響があるのか」「調達業務にどう関係があるのか」。これらを考え続ける、ささやかな習慣こそが重要です。いや、もはや、たったその一点のみが重要なのではないでしょうか。社会で生き、働いている以上、社会での出来事は自分に関連しているのですから。そして、マクロとミクロをつなぐ思考のクセこそが、調達人材を飛躍させるのだと私は信じています。
やることは簡単です。いろいろと見聞きするとき、つねに「これって自分とどう関係があるんだっけ」と自分なりの理屈で考えるクセをつけるだけです。数分でも数秒でもかまいません。自分ごととして理解するクセです。それだけが圧倒的な差を生みます。私の20代前半のころ、この点をもっと強く意識するべきでした。
以上でメッセージは終わりです。以下は、お時間があればお読みください。
私には「仕事がある」ということが、「生きていることだ」という実感があります。仕事中毒のなにがいけないのか、いまだに私にはわかりません。仕事と遊びの境界が融解し、目的と手段が混在することこそ、人生の愉悦ではないかと私は思います。
仕事をはじめてもっとも不思議だったのは、各社員の能力差でした。私には「優秀な人は何が優れているのだろうか」という疑問が離れませんでした。ある人が交渉すれば100円で買えるものを、違うある人が交渉すれば110円にしかなりません。それはなぜだろう。能力格差かもしれないけれど、その格差を生み出しているものこそを知りたい。
「優秀な交渉者は、会話の8割を相手に話させて、自分は2割しか話さない」と聞かされました。ほんとうでしょうか。ぼくはタイムウォッチをもって、優秀な先輩に同行しました。交渉を録音しました。そして、それを分析しました。同僚からは、時間のムダだ、お前はバカかといわれました。でも、私は「なぜ優秀なのか」を知りたかったのです。
結果、「優秀な交渉者は、会話の8割を相手に話させて、自分は2割しか話さない」はウソだとわかりました。優秀な交渉者と、平凡な交渉者の違いは、むしろ質問回数にありました。優秀な交渉者は30分に10回は質問を投げかける。でも、平凡な交渉者は5回程度しか質問できていませんでした。このように、交渉だけではなく、自分の仕事を分析していくといろいろなことがわかってきました。それは仮説かもしれません。でも、当時、調達・購買業務は、仮説すらない世界だったのです。
分析を続けるうちに、さまざまなネタがたまってきました。本を何冊も書けそうなほどでした。すると知人が親切に日刊工業新聞社の編集者を紹介してくれ、半年後にほんとうに本が出てしまいました。ぼくの処女作「調達力・購買力の基礎を身につける本」の誕生です。
その後、現時点で合計38冊の書籍を出しました。これも原点はすべて現場での実践と分析にあります。
かつて私は、留め金(とめがね)を生産しているメーカーと付き合っていました。単なる留め金、です。しかし、その留め金屋の社長ほど世界経済に精通している人はいませんでした。
留め金といっても、世界中から注文があります。そうすると、アメリカからの注文の増減、EU、日本、アジアからの注文の増減……。どこからの注文が減って、どこからの注文は増えているのか、敏感にならざるを得ません。自分の生活を左右するからです。
その留め金屋の社長がいつも言っていました。「あそこの景気は良いねえ」「あっちはダメだねえ」……。体感しているその景況感から紡ぎだされる世界経済の現状認識は、どこの経済リサーチャーのそれよりも納得性がありました。ここにはミクロな世界を突き詰めると、マクロな状況に精通できる、という見事な逆説があります。
もちろん、ミクロな認識がすべてとはいいません。完全に正しいともいえません。ただ、私が調達業務に従事する若い世代に伝えたいのは「みみっちい仕事をしているように思うかもしれない。でも、実は世界や未知につながる、すごい仕事をしているんですよ」ということです。
それにしても、あの留め金屋の社長は、自分の商品に対する愛情がありました。そんなことを私は思い出しています。
あとがき
お読みいただいたら、おわかりの通り、調達業務論というより人生論になっていることに気づいたはずです。私はインタビュアーとして、もっと調達業務の話に振り切ろうかとも迷いました。しかし、数十年ほど調達業務を続けてきたあと、彼らや彼女らが語りたかったのは、自らの後悔と諦念にも似た「人生レビュー」にほかなりませんでした。
きっと生っぽい声をそのまま載せたほうが刺激的だろうと思い、そのままにしました。
ところで、このインタビュー集を読んで、みなさまはどう思いましたか。メールは info@future-procurement.com までお願いします。おそらく「くだらねえな」と思った人も多いのではないでしょうか。そこで問うのですが、みなさんなら、どのような言葉を持っていますか? どのようなアドバイスが可能でしょうか。
実は、私はインタビューを通じて、自分自身に問いを突きつけられている気がしたのです。自分は何が語れるのだろうか、と。そこで最後の一人を自分自身に変更し書いてみました。
最後に、もう一度、質問させてください。
みなさんは、どんな言葉を持っていますか?
なお、未来調達研究所株式会社では、2万人ちかい調達関係者にメールマガジンを発行しています。最新ニュース解説、情報、イベントを行っています。ご登録をお願いします(https://www.future-procurement.com/mailmagazine/)。
著者について
坂口孝則(さかぐちたかのり/SAKAGUCHI Takanori):未来調達研究所株式会社所属。調達・購買、サプライチェーンのコンサルティング・講演・セミナーを実施。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーに勤務。調達・購買、サプライチェーン部門に従業。コンサルティング会社を経て、現職。『買い負ける日本』『営業と詐欺のあいだ』、『牛丼一杯の儲けは9円』、 『未来の稼ぎ方』 (以上、幻冬舎) 、『調達力・購買力の基礎を身につける本』、『調達・購買の教科書』 (以上、日刊工業新聞社) 、『利益は「率」より「額」をとれ!(ダイヤモンド社)』他、多数。