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わたしにとっての理想のカフェ。わたしの夢。
これまで、カフェを大好きな人間の一人として、沢山のカフェを訪れてきました。
自分でカフェを営むようになる前も、その後も、
僕と妻との共通の趣味はカフェ巡り。
まだ食べログもGoogleマップも、スマホすら存在しなかった太古の時代より、カフェを特集した本(紙媒体)を片手に、カフェを訪ね歩いていました。
その時代は、自分好みのテイストのお店だけを訪ねるということは適わずに、とにかく本に載っていて素敵そうなお店に手当たり次第お邪魔するというスタイルだったのが懐かしいです。
(今は、検索機能が充実しているので、自分の好みの雰囲気のお店を選りすぐって探し出すことが容易になりましたね。)
友人とそんなカフェ巡りの話に及んだ際に、「一番素敵だったカフェはどこ?」「理想のカフェは?」と訊かれることがあります。
本当に沢山の素敵なカフェを覗いてきました。
そんなカフェを営む人の日々の暮らしに想いを馳せてきました。
"一番“を絞り込むことは不可能ですけれど、
"理想のカフェ”に関しては、ずっと胸の内に定まったところがあります。
実は、私にとっての"理想のカフェ”は、
実際のこの地球上の物質世界ではなく、
川口葉子さんという方の書く、文章、言葉の中に存在しています。
カフェと喫茶店を綴る文筆家・喫茶写真家。著書に『喫茶人かく語りき』(実業之日本社)『金沢古民家カフェ日和』(世界文化社)『京都カフェ散歩』(祥伝社)他多数。最新刊『新・東京の喫茶店』(実業之日本社)発売中。
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そんな川口葉子さんの著作の中に、【コーヒーピープル】という本があります。
頁を捲ると、千葉県羽生郡のKUSA.喫茶というお店の記事があり、以下のように続きます。
九〇年代に刺激的な話題を呼んだダグラス・クープランドの小説『ジエネレーションX』のページをめくると、「はっきり地球を憶えておけ」と題した章に、物質主義の都会から脱出した三人の男女とその友人が交わすこんな会話がある。
「あなたにとって、どういう一瞬が、この惑星で生きていたことの定義になるか。(中略)その瞬間が、あなたが本当に生きていることを証明してくれるもの」
「はじめて雪を見たときのことを、
いつまででも憶えてる。(中略)地球を去るとき、記憶をひとつだけ持っていくなら、その瞬間だわ」
姫野博さんはそこに詩の成分を嗅ぎとった。そうして、「珈琲屋のなかで生まれる人や空気との邂逅を、自分の地球の記憶にしようと決めた」のである。
(当note引用の為の中略)
KUSA.喫茶のカウンター奥の扉を開けて外に出ると、納屋のような趣の小さなオープンスペースが続いている。濡れた草の匂いに包まれながら椅子に腰かける。弱まった雨脚のすきまをぬって、鈴虫が一度だけ、光るような声で強く鳴いた。
その瞬間はいまも鮮明に記憶に刻みこまれている。私は地球を去るときに持ち帰る風景が、それであってもいいと思っているのだ。
川口葉子【著】
販売会社/発売会社:メディアファクトリー
発売年月日:2012/02/02
JAN:9784840143752
より引用
一部を切り取って引用することが、申し訳なくて心拍数が上がるほど、何度も何度も読み返した、魔法の文章が綴られています。
徹頭徹尾、カフェを営む人々への優しさや敬意が、湖のように静かに一面に湛えられていて、
そして、湖底に沈む遺跡のサルベージのように、散りばめられた店主の想いや、店の設え、放散する空気まで、拾い上げては整えられた言葉や香り高い写真に保存してくれる。
私はこの本を読む前から知ってはいたものの、距離的になかなか訪れることができなかった『KUSA.喫茶』さんでしたが、
嘆きの壁を目指すように巡礼の旅を決めました。
辿り着き、かの店がこの物質世界に聳え立つことを確認し、
聖堂の内側で、それはそれは幸福な時間を過ごさせていただきました。
その時いただいたショップカードを、美しい思い出とコーヒーの香りと共に、物質世界の実存の証として、川口葉子さんの本の該当ページに大切に挟み込んであります。
思い出しても溜め息の出る、そして思い出す度に背筋の伸びるほど、素敵なカフェでした。
けれども、あくまで"理想”のカフェは、川口葉子さんの文章の中に、在ります。
地球を去るときに持ち帰る風景が、それであってもいいと思っているのだ。
幾多のカフェを体験し、愛し続けてきた著者が、そんな風に思えるような瞬間が存在する、そんなカフェを作りたいと願うのです。
(その瞬間を、日々、待ち受けるようなカフェでも、いいと思う。)
そして更に分不相応な夢であることは承知の上だけれど、
私の夢は、このお店で成し得たいことは、
いつか川口葉子さんの文章の中に拾い上げてもらい、保存してもらうことなのでした。
雨を待つ。
風を待つ。
鈴虫の鳴き声を待つ。
それだけではきっと手繰り寄せられないから、
そんなお祈りの痕跡を、不恰好でも岩に少しずつ擦り上げるように、このnoteに日々の記録を残していこうと思ったのです。
いつか、そんな象形文字の刻まれた磐座を、サルベージされる日を夢見て。
夢を語るのは、恥ずかしいことですね。
本当は年初に、長く見続けている夢を、想いも新たに発表しようと考えていたのですが、
夫婦揃ってインフルエンザを頂戴しては寝込み、
鬱々とした気分に支配され、
免疫力の落ち切った状態で能登半島へとボランティア活動に行き、
妻は心身の疲労から肺炎?のような症状になり夜毎に38℃の熱を出し、
私は語りやすい焚き火のことだけを書き散らし、
・・こんなんじゃいか〜ん!!
と思ったので、恥ずかしいけれど夢の公表でした。
発奮しちゃうぞ!!がんばるぞ!!
冬の間無職だけれど、早起きしよう♣︎