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③「けど、知ってた?結局僕の命は僕のものなのにね。」
前回の続きです。
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忌厄(いき)祓いの場は、人里離れた小さな祠のあるとても広い屋敷で行う。
そこで私は対象者と過ごす事になる。
屋敷の前には従者が連なり立っていて、敷居を跨ぎ奥間には…対象者、
彼がいた。
そう。
あの時、私に話しかけたあの子が。
“いずのひとなるかみ”
それが彼の名前である。
奥間にいた彼は座っていた。
驚いたのは、思ったより元気であった。
床に伏せてはいなかった。
私自身、彼はあの時の彼だと気付いたが、私の事など覚えているはずがないと思い初対面として挨拶をした。
そして、忌厄祓いの方法、手順…。
様々な決まり事を説明したが、彼は大人しく聞いていた。
実際、この広い広い屋敷で、病という名の呪を払うまでここから出る事はできない。
食事や身の回りのものは外から運ばれる。
専用の場に置かれたものを私が運ぶ。
彼が外部と接触する事はない。
そう、彼が関われるのは私だけである。
きっと不安だろうし、呪への恐怖もあるだろう。
なのにも関わらず、大人しくただただ話を聞いていた。
相槌のみだったが返事もしていた。
一通り話をして、私は準備された自室に行った。
落ち着いて考えると、自分自身が緊張していた。
手の震えが止まらない。
これから始まる生活に自分が不安だったのだとため息が出た。
なのにどうして彼は落ち着いて話をきいていたのだろう。
きっと今まで沢山の人に囲まれて、不自由なく暮らしていたはずだ。
なのに、体調も悪く一人でこんな所に押し込まれて…と不憫にも思った。
しかし、自分だって不憫じゃないかと怒りも湧いた。
そしてまた、自身の運命を呪っていた。
“死ぬかもしれない”
その恐怖に支配されそうになる。
ここには自分しかいない。
実際、年齢も若く神事に対しても経験が豊富なわけでもない。
しかし、
「神に仕えると誓って今まで生きてきた。ここにきた限りはやるしかないじゃないか。」
そう言い聞かせて持ってきた荷を解き、準備に入った。
呪を祓う、忌厄(いき)祓いは深夜に行う。
本人が眠っている時の方が呪いを移しやすい。
専用の装束に着替え、寝所の几帳の裏に控えておく。
和紙を額から顔の前にたらしているので、前を見ることは出来ず、全ては気配を察しながら行う。
彼が寝静まると、忌厄祓いを開始する。
手順にそって行うが、大まかに言うとひたすら祝詞を上げ続ける。
それが終わると火に当たり、すぐに水で身を清め、朝日が昇ると同時に通常の神事を行う。
その後、起床した彼の支度を手伝い、朝食を運んで自分は体を休める。
昼間は昼間で忙しかった。
呪返しの儀。
これを繰り返す日々が、始まった。
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彼の名、
“いずのひとなるかみ”
の漢字は分からない。
しかし、“かみ”の部分は“守”という漢字である。