室温と健康 その2 ~室温と健康リスクの情報整理~
こんにちは。
Forward to 1985 Energy Lifeの監事で基盤情報作成委員の坂崎です。
基盤情報作成委員会では、まじめに家づくりに取り組まれている方にとって有益になるであろう情報を整理して、ここのコラムでお伝えしていきます。
0.前回の概要
前回は「室温と健康」をテーマにした理由からはじまり、気温と死亡率や血圧変動など健康リスクについて紹介しました。
前回から時間が空いてしまいましたが、今回は「室温と健康」に関する主な情報の内、海外の報告書等の内容についてご紹介します。
1.室温と健康リスクの情報整理
近年、“冬の室温は18℃以上ないといけない”というような話を見聞きする機会が増えています。それらの情報の多くが根拠としているのは、WHO(世界保健機構)が出した『WHO Housing health guidelines 2018』という報告書です。
最近まではこのような健康の観点からみた室温についての情報が世の中であまり注目されておらず、量も多くありませんでした。しかし近年、室温と健康との関係に関する調査研究が進み、いろいろなことが少しづつ分かってきています。そこで、現在得られている情報を把握する目的で「室温と健康リスクの情報整理」を行いたいと思います。
「室温と健康リスクの情報整理」は主にインターネット等で公開されている公的な情報などを中心におこないました。
この結果、ここでは以下の3つのガイドラインや報告書の情報を掲載することにします。
国土交通省スマートウェルネス住宅等推進事業調査
(今回は紹介のみで、内容については次回記事にします)
以下で各情報の概要を紹介します。
2.「Housing health guidelines」(WHO 2018)の概要
前述した”冬の室温は18℃以上”の根拠としてよく紹介されているのがWHOのこの報告書です。この報告書は家庭内での健康に関連する研究論文等の世界的な文献調査と査読により、まとめられています。
このガイドラインには室内環境と健康についての様々な情報が記載されていますが、今回は冬の室温と健康に関する部分のみ紹介します。
ガイドラインの推奨室温
この報告書の第4章 Low indoor temperatures and insulation (低い室温と断熱)の中で、下記の表により冬の室温として18℃が推奨され、強い勧告として示されています。
この勧告は次のような健康リスクに焦点をあてて統計的な文献調査が行われた結果によるものとなっています。
寒い室温と呼吸器系疾患
各国の調査研究論文等の査読により「より寒い室温が呼吸器系疾患の罹患率を増加させていることを示している。」とされ、「寒い家を暖めることが呼吸器系の感染率や死亡率を減らすことへの証拠の確からしさは中程度」と評価されています。
寒い室温と循環器系疾患
同じく各国の調査研究論文等の査読により「全ての研究で低温と高血圧の相関がある」と示されています。また「明らかに室温1℃の減少が1日の異なる時間における血圧上昇と相関がある」「18℃未満の家で過ごす人が高血圧の大きなリスクを持つことを示している」とされています。但し、これらは「血圧と室温に対する間接的な証拠のため、勧告には明記せず、証拠の確からしさは中程度」と評価されています。
なお、この18℃というのが平均室温なのか下限室温なのか。また平均室温だとするとその対象空間や時間帯はどうなのかということまでは、今のところ明確には示されていません。ただ、健康に影響のある室内環境という点から最低でも危険側で考えたとしても、少なくとも居住者が滞在する空間の滞在時間帯においてはこの18℃以上を確保しておくことが望ましいと考えられます。
3.「Minimum home temperrature thresholds for health in winter」(Public Health England2014)の概要
世界的にみると、健康のための室温に関する施策にいち早く取り組んだのが英国です。そして英国保健省が2014年に発行したのがこの報告書です。寒い室温が健康に与える影響に関して、エビデンスに基づいた閾値から室温の推奨を行う目的で作成されました。報告書作成に当たり、関連文献のレビューが行われ、研究論文等の査読結果を基に、寒冷地と健康の分野における専門家が協議を行い、最終的な提言が作成されています。
推奨温度
この報告書では最終的に、以下のような提案がされています。
冬の暖房は、適切な衣服を身に着けて座っている人の健康へのリスクを最小限に抑えるために、少なくとも18℃にする。(日中)
この基準値は1~64歳の健康な人に適用され、適切な服を着て活動していれば18℃より少し低い温度で暖房することも考えられる。(日中)
65歳以上の人や持病をもっている人には夜間に18℃を維持することが有効。その場合、十分な寝具や衣類の使用を継続すること。(夜間)
1~64歳の健康な人にとっては、十分な寝具や衣類、必要に応じて保温性の高い毛布などを使用すれば18℃の基準値はそれほど重要ではないかもしれない。(夜間)
なお報告書では、「推奨の根拠となる強固な根拠が限られていて、この閾値を支持する根拠が弱いことを考えると”強い推奨”とすることは適切ではない。」とも記されています。今後の研究成果でより強い根拠が示されることを期待したいと思います。
室温と血圧上昇
上記の推奨温度に至る説明として、一般成人では室内温度が約18℃以下になると血圧が上昇することが示唆されています。
そして、この根拠は小規模な実験室での研究により18℃(±0.5℃)で血圧上昇、血液凝固のリスクが高まり始めると示唆する研究論文にあります。
なお、この研究は最小限の着衣で座りっぱなしの状況で行われているため、現実的な環境と少し異なるということは理解しておく必要があります。
子供の呼吸器系の健康に与える影響
子供については、室内温度の上昇が子供の呼吸器系の健康に僅かながら影響を与えることが、統計的に有意であると示されています。
ただし、「特定の室温閾値の影響については十分な証拠がない」ともされているので、この点についても今後より強い根拠が示されることを期待したいと思います。
乳幼児突然死症候群(SIDS)
乳児については、乳児が眠る部屋は16~20℃に暖房すべきという既存の推奨事項があります。しかし「現在(報告書作成時)のところエビデンスは不足している。」とされているので、こちらも今後の研究成果が待たれます。
イングランド防寒計画(Cold Weather Plan for England) 2015.10
前述の「Minimum home temperrature thresholds for health in winter」の発表の後に英国保健省イングランド公衆衛生庁(PHE)によって策定された枠組みとして「Cold Weather Plan for England」があります。
その中で健康に対する温度の影響として、室内最低推奨室温など以下の表が示されました。
以上が前述のWHOガイドラインに先立ち、冬の低室温と健康との関係について世界で先駆的に取り扱われた英国の公的な調査報告とそれによる施策です。
4.「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査」の概要
この調査は、日本国内において断熱改修前後における、居住者の健康への影響を検証し断熱と健康に関する知見の蓄積を目指して行われました。2014年から2019年にかけて実施され、その後はそのデータを活用して長期的な追跡調査が実施されています。
毎年報告会が行われ、室温と健康との関係を調査した各研究で様々な傾向が分かってきています。以下がその一例です。
循環器系疾患と室温
呼吸器系疾患と室温
子供の喘息と室温
血中脂質・心電図異常と室温
過活動膀胱と室温
これらの内容については、次回「室温と健康 その3」で紹介したいと思います。
5.今回のまとめ
今回は冬の室温と健康の関係に関わる世界の公的な情報の内、主なものについて取り上げてその出典と掲載内容を記しました。
千差万別な国地域の環境における多種多様な人種、年齢、性別、生活習慣をもつ人々にとっての共通の室温と健康の関係を示すのは非常に難しいことであると容易に想像でき、その中でも一定の方針が示されていることはとても意味がある事だと思います。数値だけでなくその情報のもつ意味や根拠の程度なども含めて家づくりに活かしていただければと思います。
次回は日本国内における室温と健康に関する調査研究の内容についての紹介になります。
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