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DeepLであそぼう!~多義的な日本語、多義的な英語~② 「牛乳や乳製品の原料となる生乳の需要が減少」

文章を書く際に気を付けるべきことの一つに、「作成した文が多義的になっていないか」という点があります。

必要があって意図的に多義性を持たせているのであれば別によいですが、そうでない場合は、読者を混乱させてしまい、理解しづらい文章となってしまうかもしれません。

本連載は、巷で見かけたそうした表現を解読・分析するとともに、高性能とうわさされる機械翻訳サービスDeepLに放り込んで遊んでみようというものです。

第1回はこちら。

1.「生乳消費を応援 ホットミルク半額、新商品も コンビニなどが対策」

第2回は朝日新聞デジタルのこの記事から。

記事の第1文にこうあります。

牛乳や乳製品の原料となる生乳の需要が減少し、大量廃棄される恐れが出ている中、コンビニやスーパーなどで消費を促す取り組みが相次いでいる。

2.多義性の内容

3通りの解釈

「牛乳や乳製品の原料となる生乳の需要が減少し(た)」は、意味があいまいになる文構造となっています。

この文は以下の二通りの解釈が可能です。

(1){「牛乳」や「乳製品の原料となる生乳」} の需要が減少した。
  ⇒「牛乳」と「生乳」の需要が減少した。
(2){ 「牛乳や乳製品」の原料となる生乳} の需要が減少した。
  ⇒「生乳」の需要が減少した。

更に言うと、文構造からは下記の解釈もあり得ます。
(3)「牛乳」や「乳製品の原料となる生乳の需要」が減少した。
  ⇒「牛乳(の生産量または在庫)」と「生乳の需要」が減少した。

(3)は、前後の文脈から判断するとあり得ませんので屁理屈気味に思えるかもしれませんが、文構造の分析という観点からは完全に無視するわけにはいきません。

私の思考過程

私は初読時に、書き手の意図は(1)だと思いました。
「冬休みで学校給食の利用が見込めない」という話は他の記事でも目にしており、学校給食の影響が大きいということは「牛乳」の話だろうと考えたわけです。
その上で「牛乳」だけでなく乳製品全体に影響する話であると伝えたいのかなと受け取りました。

一方で、「原料である『生乳』を殺菌加工したものが『牛乳』である」という可能性もあるな、と思いました。
そうすると、(2)の意味にとるのが正しいということになりそうです。

ここはプロに聞いてみましょう。

「牛乳」には7種類あり、その中のひとつである「(狭義の)牛乳」は「原料が生乳100%で、均質化(ホモゲナイズ)処理をしたのち加熱殺菌したもの」とあります。

やはり、(2)の意味にとるのが正しいようです。
見出しが「生乳」のみに言及していることとも整合性が取れます。

今回の文は、「用いられる単語の定義によって、構文の潜在的不備(=多義性)が回避されている例」といえそうです。

今回の場合、「牛乳」も「生乳」も共に需要が減少しているわけなので、(1)でも(2)でも大きな違いはないとも言えますが、文構造・ことばとしては2通り(以上)の解釈が成り立つことを認識しておくことは重要です。

3.DeepLによる翻訳

では、DeepLさんに翻訳してもらいましょう。

原文1

牛乳や乳製品の原料となる生乳の需要が減少した。

訳文1(DeepL:英語(US))

The demand for raw milk, the raw material for milk and dairy products, has decreased.

訳文1(DeepL:英語(UK))

The demand for raw milk to make milk and dairy products has decreased.

米国英語と英国英語で訳が微妙に違いますね。元になっているデータベースの違いが影響しているのでしょうか。
DeepLによるそれぞれの反訳も示します。

訳文1(DeepL:英語(US))の反訳

牛乳・乳製品の原料となる生乳の需要が減少しました。

訳文1(DeepL:英語(UK))の反訳

牛乳・乳製品を作るための生乳の需要が減少した。

どちらも第2節で示した解釈のうち、(2)によっていますね。
英訳も反訳も(2)の意味にしか解釈できないものとなっています。

たまたまという可能性もなくはないですが、どうやらDeepLは「牛乳」と「生乳」の正しい意味を理解しているようです。優秀ですね。

4.日本語の多義性を取り除くと英語が多義的に?

今回、言葉の正しい定義に基づくと(2)【「生乳」】の意味に解釈すべきだということが分かりました。

なので、以下はやや強引な企画ですが、正しい定義を一旦脇に置いて、書き手が(1)【「牛乳」と「生乳」】の意味で書いていたとしましょう。

その意図を確実に届けるために、原文に少し手を加えて、「牛乳や」の後に読点を打ってみましょう。これで(2)ではなく、(1)の意味であることがかなり明瞭になりました。

原文2

牛乳や乳製品の原料となる生乳の需要が減少した。

すると、DeepLによる英訳はこうなりました。

訳文2(DeepL:英語(US))

The demand for milk and raw milk used to make dairy products has decreased.

訳文2(DeepL:英語(UK))

Demand for milk and the raw milk used to make dairy products has fallen.

US英訳から確認しましょう。
上記訳文は、以下の二通りの解釈が可能です。

(4) [milk and raw milk] (used to make dairy products)
 ⇒(乳製品の原料となる)「牛乳と生乳」
(5) [milk] and [raw milk (used to make dairy products)]
 ⇒「牛乳」と(乳製品の原料となる)「生乳」 【(1)と同じ)】

UK英訳はどうでしょう。見た目はUS英訳とそれほど変わらないのですが、実はそこそこ大きな違いがあります。

UK英訳は"raw milk"の前に"the"がついています。

Demand for milk and the raw milk used to make dairy products has fallen.

今回は、この"the"が非常に良い働きをしています。
この"the"は、関係代名詞節等で名詞に説明が付されて、名詞の意味や示す対象が限定されるときに用いられるものです。

一方、milkは無冠詞で用いられています。これにより、「乳製品の原料となる」は生乳だけに掛かっていることになります。

Aの milk と、Bの the raw milk (used to make dairy products)が同格となります。

よって、UK英訳は(5)(=(1))の意味にしかならず、あいまいさは基本的にありません。

反訳してみるとどうでしょうか。

訳文2(DeepL:英語(US))の反訳

乳製品の原料となる牛乳や生乳の需要が減少しました。

訳文2(DeepL:英語(UK))の反訳

牛乳や乳製品の原料となる生乳の需要は減少しています。

これは興味深いですね。
英訳段階で発生した差異("the"の有無)が、反訳段階でより大きな差異として現れたのです。

UKは大本の出発点である「牛乳や乳製品の原料となる生乳の需要が減少し(た)」とほぼ等しい文になっていますね。

一方、USの反訳は、新たな解釈(誤解)を生む可能性があります。英訳では(4)か(5)かがあいまいでしたが、反訳は下記のいずれかの意味となります。

(4)(乳製品の原料となる)「牛乳や生乳」
(6)「(乳製品の原料となる)牛乳」や「生乳」

正確な定義に照らすと、「乳製品」の原料は「生乳」であり、「牛乳」は乳製品の原料にはなりませんので、どちらの解釈も難がありますね。
(これは、本節の冒頭で断ったように強引な企画をおこなっているせいでもあるのですが。)

こんがらがってきましたので、ここまでの内容を表で整理しましょう。
各文が持ちうる意味の欄に〇を付けました。
論点は「牛乳と生乳を同格の二つの要素とみるかどうか」「乳製品の原料となるのは何か」です。

「訳文2US反訳」と「訳文2UK反訳」のコントラストが際立っていて面白いですね。

5.おわりに

今回は以上です。
制限用法・非制限用法の観点から考えると、さらに細かく場合分けしたうえで分析することになるのですが、今回はその点は割愛します。

読んでいただいてありがとうございました。
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