DeepLであそぼう!~多義的な日本語、多義的な英語~①
翻訳の際に気を付けるべきことの一つに、「作成した訳文が多義的になっていないか」があります。
必要があって意図的に多義性を持たせているのであれば別によいですが、そうでない場合は、読者を混乱させてしまい、理解しづらい文章となってしまうかもしれません。
本連載は、巷で見かけたそうした表現を解読・分析するとともに、高性能とうわさされる機械翻訳サービスDeepLに放り込んで遊んでみようというものです。
1.「九州で来春、新設される唯一の四年制大学です」
第1回はこの表現です。
福岡市東区に2022年4月、看護やリハビリテーション関連の人材を育成する「令和健康科学大」が開学します。九州で来春、新設される唯一の四年制大学です。
(出典:Twitter マイナビ看護師 (@mynavi_nurse) )
西日本新聞の記事の一部を抜粋し、語尾をですます調に変更したツイートです。(元記事はこちら)
このツイートを見て、一瞬考えてしまいました。
「九州って今まで四年制大学なかったのか?
いや、そんなわけはないな。
ということは、どういう意味だ?」
まぁ、別に「悪文」というほどの文でもないので、揚げ足取りをしているように感じる人もいるかもしれませんが、私が上記のように思ったことは事実ですので、ご容赦ください。
元記事ではなく、ツイートの方を取り上げているのは、初見時に私が受けた印象をみなさまと少しでも共有できればと思ったからです。
「『令和健康科学大』が開学します。九州で来春、新設される唯一の四年制大学です。」という文は、下記の複数の解釈が可能な文です。
(以下、「九州で来春、新設される唯一の四年制大学です。」を「例文1」と呼びます。)
①【標準的と思われる解釈】
(他の地域はさておき)九州地域において、
(他の時期はさておき)来春に、
新設される四年制大学は「令和健康科学大」のみである。
②【一応、こうも読める】
九州にはこれまで四年制大学がなかった。
来春、新設される「令和健康科学大」が九州初の四年制大学である。
③【字面だけに着目すれば、こういう読み方もありえる】
日本にはこれまで四年制大学がなかった。
来春、新設される「令和健康科学大」が日本初の四年制大学である。
②や③は「そんなわけないだろ」とか「常識があれば、そんな風には解釈しない」と言われそうですね。
では、これが下記のような文だったらどうでしょうか?
(例文2)チュパ国のカブラ州で来春、新設される唯一の四年制大学です。
カブラ州で初の四年制大学の話かもしれません(上記②の解釈)し、チュパ国で初の四年制大学の話かもしれません(上記③の解釈)よね。
あるいは下記のような文だったらどうでしょうか?
(例文3)九州で来春、新設される唯一の専門職大学です。
「日本で唯一の専門職大学が九州に新設されるんだな」と解釈する人がいても全くおかしくないですね。
(なお、「専門職大学」とは近年新設された制度で、大まかに言うと「大学」とは別の、しかし同格の存在です。)
とりあげたツイートは、「構文の潜在的不備(=多義性)を読者の常識で補うことにより解消している例」と言えそうです。
2.構文解析
ここからは、例文1「九州で来春、新設される唯一の四年制大学です。」の多義性の原因を探るために、文の内部の修飾関係を整理してみます。
例文1の内部を意味ごとに分解すると、下記のようになります。
[九州で] [来春] 、[新設される] [唯一の] [四年制] [大学] [です] 。
文法的な修飾関係を図示すると、このようになります。
これをよく見ると、「唯一の」が何を意味するのかが明示されていないことに気づきます。
「(九州で)唯一の四年制大学」や「(日本で)唯一の四年制大学」と補って読むのは(構文解析としては)おかしな話ではないということは例文2、例文3で示しました。
(なお、例文1の「九州で」が「唯一の」を修飾しているという解釈は、流石に無理筋だと思います。前後関係や、間に挟まれている語との関係で。)
また、不思議なことにこの文法的分析からは、標準的と思われる①の解釈は導けません。
①の解釈は、下記のような構文解析の結果として生まれていると思われます。
「九州で来春、新設される唯一の」というひとかたまりの形容詞句が「四年制大学」を修飾していると考えるのです。
(なお、「『新設される』が『唯一の』を修飾する」ことはありませんね。)
3.表現検討
いきなり白旗を挙げるようですが、文章の前後関係・リズム・ニュアンス等を考えると、例文1「九州で来春、新設される唯一の四年制大学です。」は変えないほうがいい気がします。
上述したように、常識を働かせれば少なくとも誤解はしない文ですし。
一方、「誤解の余地をなくす」「事実関係をわかりやすく示す」ことを重視するのであれば、以下のような表現が考えられます。
「九州で来春、新設される四年制大学は同校のみです。」
4. DeepL登場
ようやくDeepLをつかった遊びパートです。
まずは投入結果を見てみましょう。
原文
福岡市東区に2022年4月、看護やリハビリテーション関連の人材を育成する「令和健康科学大」が開学します。
九州で来春、新設される唯一の四年制大学です。
訳文(DeepL)
In April 2022, the University of Health Sciences will open in Higashi Ward, Fukuoka City, to train human resources in nursing and rehabilitation.
It will be the only new four-year university to be established in Kyushu next spring.
反訳文(英⇒日)(DeepL)
2022年4月、福岡市東区に看護・リハビリの人材育成を目的とした「健康科学大学」が開校します。
来春、九州に新設される唯一の4年制大学となります。
流石に上手ですね。問題点は、固有名詞「令和健康科学大」に含まれる「令和」が英訳段階で落ちてしまったことくらいでしょうか。
第2節で検討した「多義性」についてはどうでしょうか。
先に反訳文の方を見てみます。
来春、九州に新設される唯一の4年制大学となります。
原文とほぼ同じですね。
潜在的多義性についても、原文と同等です。
5.DeepLによる英訳文の分析
英訳文はどうでしょうか。
It will be the only new four-year university to be established in Kyushu next spring.
個人的感覚による部分もありますが、この文には多義性はほぼないと思います。
まず、"new (four-year) university"とあるので、「既存の大学の存在を前提として、『新たに』『追加で』」というニュアンスが感じられます。
次に、"only" と "(four-year) university" が隣接しておらず、”only new (four-year) university"となっていることも、「0⇒1」の話ではなく、「N⇒N+1」の話であるというニュアンスを出しています。
ここで、第2節同様に構文解析してみましょう。
"four-year university" を修飾している表現として"only" "new" "to be established (in Kyushu) (next spring)"の3つがあると言えそうですが、どうでしょうか。
最初に"only" と "new"だけを確認します。
第2節で示した文法的分析と同様に考えるとこうなります。
これは、文法構造を厳密に示す上では正しいですが、意味を把握するための
構造分析としては的を射ていないと思います。
「常識」による補足の話ではなく、純粋に英文として考えた時に、"only" と "new" は意味的に同格ではありません。
意味を把握するための構造分析としては、下記の2法が考えられます。2法の間に優劣は特にないと思います。
①"only-new"という複合形容詞であるかのように扱う。
これは、第2節の最後に示したものと類似した考え方です。
全体像はこうなります。
②法との比較上、あえて言うと、"only-new" と"to be established (in Kyushu) (next spring)"が意味構造的に同格です。
②"new" + "(four-year) university"という第1段階の修飾と、"only" + "new (four-year) university"という第2段階の修飾があると考える。
全体像はこうなります。
"new" と"to be established (in Kyushu) (next spring)"が意味構造的に同格です。
表で整理するとこういうことです。
ここまでは文法及び意味構造分析から導かれる必然ですが、今回の文脈に限定すれば、全体像をこう考えることもできます。(そしてむしろ、それが書き手の意図に沿うでしょう。)
6.DeepLで今度こそ遊ぼう
タイトルに反して、思ったよりも真面目な(そして書くのが大変な)話になってしまいました。
このあたりで遊び成分を増やしておきましょう。
第1節の例文や説明文を放り込んでみました。
例文1:
「九州で来春、新設される唯一の四年制大学です。」
It is the only four-year university to be newly established in Kyushu next spring.
ん、DeepLさん、芸が細かいですね。第4節では一つ前の文と一緒に訳してもらったんですが、その時はこの箇所、こう訳されていました。
It will be the only new four-year university to be established in Kyushu next spring.
一つ前の文で、来年の話だということがはっきり示されているので"will be"という未来表現が使われています。
一方、例文1だけを訳した場合には、"is"になっています。
確かに一文だけを示された場合、現在形の方がしっくりきます。
一方、"new" が "newly"になっていることにより、原文同様の多義性が生じてしまいました。現在形なら、この言い回しの方がいいという判断なのでしょうか?
例文2:
「チュパ国のカブラ州で来春、新設される唯一の四年制大学です。」
This is the only new four-year university to be established next spring in the Chupa state of Cabra.
こちらは "newly" ではなく、"new" になっていますね。「チュパ国のカブラ州」が「カブラ国のチュパ州」になっているのは残念ですね。まぁ、架空の地名ですが。
試しに少し、変えてみました。
例文2改:
「合衆国のカブラ州で来春、新設される唯一の四年制大学です。」
It is the only four-year university to be established in the Cabra region of the United States next spring.
今度はいい感じになりました。
例文3:
「九州で来春、新設される唯一の専門職大学です。」
It is the only new professional university to be established in Kyushu next spring.
こちらも "newly" ではなく、"new" になっています。
次に第1節の説明文を訳してもらいましょう。
①【標準的と思われる解釈】
(他の地域はさておき)九州地域において、
(他の時期はさておき)来春に、
新設される四年制大学は「令和健康科学大」のみである。
(Aside from other areas) In the Kyushu region.
The only new four-year university to be established in the Kyushu area (aside from other areas) in the coming spring
The only new four-year university to be established in the Kyushu area next spring (aside from other areas) is the 2045 Health Science University.
変則的な原文なのでDeepLさんも手を焼いたようです。
なぜか「令和健康科学大」が「the 2045 Health Science University」になってしまいました。
②【一応、こうも読める】
九州にはこれまで四年制大学がなかった。
来春、新設される「令和健康科学大」が九州初の四年制大学である。
Kyushu has never had a four-year university before.
Next spring, the newly established 2021 Health Science University will be the first four-year university in Kyushu.
「令和健康科学大」が今度は「2021 Health Science University」になってしまいました。
③【字面だけに着目すれば、こういう読み方もありえる】
日本にはこれまで四年制大学がなかった。
来春、新設される「令和健康科学大」が日本初の四年制大学である。
Japan has never had a four-year university before.
Next spring, a new four-year university will be established, the first of its kind in Japan.
今回は固有名詞をスルーしています。
なお、この①~③は【 】部分を外して訳した結果なんですが、【 】部分も含めて訳すと、「令和健康科学大」は一貫して、"Rikei University of Health Sciences"と訳されます。なかなかのミステリーですね。
今回は以上です。
予定の3倍くらいの分量になってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!