谷川俊太郎さんのご自宅に訪問した話
フォレスト出版編集部の寺崎です。
私が個人的にだいすきな本のなかに『呼吸の本』という書籍があります。
国際フェルデンクライス連盟認定公認講師で「呼吸」の専門家である加藤俊朗さんに、詩人の谷川俊太郎さんが呼吸についてあれこれ問いかける形を取った本です。
この本では私が読者の皆さんに代わって、加藤さんにいろいろ問いかける形を取った。活字では伝えきれない加藤さんの言葉を感じてもらうために、実際に呼吸法を教えている現場にマイクを持ち込んだライブ録音も付いている。加藤メソッドは言葉だけ読んでいても身に付かない。本当は直接加藤さんと向き合うのがいいのだが、その機会を得られない人はCDを聞きながらとにかくからだを動かし、息を吐いてみてほしい。そしてこれは自分の経験から言うのだが、毎日三十分でも続けているとそれが習慣になっていって、やがて少しずつからだと心に効果が現れてくる。
2010年初版の本ですから、この世に生まれたのが約11年前。
当時、編集者としての仕事がマンネリ化していて悶々としていたとき、書店でこの本をみかけて「おぉ!」と思ったのを覚えています。
なぜ、「おぉ!」と思ったか。
それはこの本を手にしたのがスピリチュアルの棚だったからです。「”谷川俊太郎”という名前にこんなところで出会うとは!」という純粋な驚きがあったのです。
もともと現代詩が好きだったので、現代詩の世界でのビッグネーム・谷川俊太郎さんは当然ながら私のなかでのアイドルでした。「詩で食っているなんてすごい。言葉ひとつで生計を立てる生き方って、かっこよすぎる」と。
一方、加藤俊朗さんは当時は失礼ながら存じ上げませんでしたが、この本を読んでいると、あきらかに私が個人的に理由なく「好き」になる部類の書き手でした。魅力的な人間性が文字から溢れ出ているのです(加藤さんが文章を書くようになったのは谷川さんの影響だそうです)。
そんなお二人をマリアージュした本だから、魅力的でないはずがありません。あとから伺えば、いろんな偶然が重なって実現した企画だったそうです。ほとんど奇跡のような本。
版元が倒産とのニュースが飛び込む
そんな『呼吸の本』ですが、この本を世に送り出した出版社は仏教の書籍をたくさん出しているサンガというスピリチュアルに強い会社でした。
しかし、年が明けて間もない2021年1月27日に悲しいニュースが飛び込んできます。
株式会社サンガは,これまで出版業を中心に営業を続けて参りましたが,最近は売上が減少するとともに資金繰りに窮する日々が続いておりました。こうしたことから,同社は本日(1月27日)をもって営業を停止いたしました。長い間,ご援助とご愛顧をいただいた皆様方に多大なご迷惑をおかけすることとなりましたこと,深くお詫び申し上げます。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
そんな感じでした。と同時に「『呼吸の本』はどうなるんだ!?」と思ったのです。
以前、とある出版社が倒産したときに、これまただいすきだった本が別の出版社でのちに再販売されて「えぇ・・・こんな再版って、アリ?」というぐらい残念なリメイクだったことがあり、こう思ったのです。
自分がやるしかない。
思い立ったが吉日。
「そういえば、ライターのHさんが加藤先生と以前に本をつくっていたな」と企画会議の途中に思い出し、会議の休憩時間にライターのHさんに「サンガが倒産した。ついては『呼吸の本』をうちで再版したい。加藤先生につなげてもらえないだろうか」と電話で話しました。
さっそく、翌日にはHさんから連絡が。
おはようございます。
加藤先生ですが、サンガが倒産したことご存じなかったみたいです。
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「できたら版権を買いたい、というお考えなのです。(簡単にいうと、他の出版社から出し直しませんか?)」
(加藤先生のご返事)
こういうことはよくわかりませんが、一度事務所に来てください
よしきた!
翌週、加藤先生の新橋の事務所へさっそく伺うことに。
かねてよりライターのHさんから「加藤先生は普通の人には見えないものが見えてしまう人」と聞いていたので、恐る恐るお会いしたのですが、『呼吸の本』の再販売に関しては快くご了解をいただけました。
「谷川先生がオッケーなら、いいよ」と、とてもありがたいお言葉をいただくことに。
その足で谷川俊太郎事務所のKさんにご連絡差し上げたところ、以下の返事が。
「谷川さんに伝えたところ、『加藤先生がよければぜひ』とのことでした」
おぉぉぉ!
ただ、著者がオッケーを出しても、倒産した出版社の出版物をうちから出すことに問題はないのか・・・。
じつはグレーな「出版権」という代物
そこで社内で「訴訟ごとに強い」と評判の総務のボスに相談することにしました。基本的に著作物の著作権は著者が有するため、著者の了解が得られている以上、問題はないだろうと考えていたのですが。
すると、以下のような回答が返ってきました。
◎じつはけっこうややこしい場合がある
◎著作権があっても厳密にいうとその著作権を商品化する権利(出版権)は利益を生む可能性があるので、破産した場合は「財産」とみなされて、破産後の財産整理の対象として債権者から請求される可能性がある。
なにぃぃ!?
「破産した場合は」以降の法律的問題がちんぷんかんぷんでわからんため、サンガさんの破産管財人との交渉は総務におまかせしたわけですが、結論として諸々がクリアとなったのが今年の4月末でした。
そんなこんなのなか、サンガの編集者たちが「サンガ新社」を立ち上げ、クラウドファンディングでお金をたくさん集めているという話を耳にします。
す、すごい!1000万円以上集まってる!
元社員のみなさまにはなんだか少し申し訳ない気持ちになったのもつかの間、『呼吸の本』という宝物を埋もれさせてはいけないという同じ思いで自分も行動したんだ…俺は間違っていない……と考え直しました。
サンガ元社員の方々ががっかりしないような『呼吸の本 新版』にしなければなりません。ガンバリマス。
追加コンテンツの対談を収録する
新版をつくるにあたり、追加コンテンツをなににしようかと思案しました。発売から10年以上が経ち、その間、いろいろなことが起こり、とどめはこの世界的パンデミックです。であれば、おふたりに書籍刊行後の変化やさまざまなことについてザックバランに対談してもらうのがいいと考えました。
◎加藤先生と谷川先生の対談
◎(それを受けた形での)谷川先生による書き起こし原稿の追加
結果、この2つでいくことでご了解を得ることができました。
そして、先日、阿佐ヶ谷の谷川さんのご自宅で対談を実施。とても貴重な機会だったので、おふたりに許可をいただき動画&スチール写真の撮影も敢行(後日、なんらかの形でみなさんにお見せできるかと思います)。
写真は対談収録前に腹ごしらえで食べた「阿佐ヶ谷ホープ軒」の中華そば+味玉トッピング。めっちゃうまかった。
ライターのHさん、バックエンド担当のTさんに加え、知人の娘の映像作家Tさん+アシスタントさんと駅前で待ち合わせて、いざ谷川邸へ。
閑静な住宅街にひっそりとたたずむ谷川俊太郎さんのお宅は静謐な空気が流れる、とってもすてきなおうちでした。
「この空間からあの名作の数々が生まれたのか!」とじわじわ感動します。
左が加藤先生、右が谷川先生です。
ちゃっかり、小学1年生のうちの娘が最近毎晩たどたどしく読んでいる「いちねんせい」という絵本に「○○○(娘の名前)さんへ たにかわしゅんたろう」というサインをもらっちゃいました。
対談は「生きることとは」「死をどうとらえるか」といった深いテーマから、これまでのご両名の著作では触れられなかった個人的なエピソードの数々まで、縦横無尽に話題が飛び交い、とても盛り上がります。
午後2時からスタートして、対談を終えたのが5時。途中1回だけ休憩したものの、ほぼノンストップで3時間。
加藤俊朗さんと谷川俊太郎さんは互いに異なるタイプなのですが、深い部分で太くつながっているようなところがあり、どんな話題であれ、刺激に満ちたものになります。
コ〇ナはまさに呼吸に関わるもの。みんなマスクをして呼吸していますが、普段は意識しない「呼吸」が、改めて意識の上にのぼってきている気がします。鬼滅の刃でも「○○の呼吸」というのがたくさん出てきますし。
ちなみに今年に入ってこんな書評もみかけました。
以下、動画のネタばれですが、「あぁ、加藤先生は谷川先生を前にして面白い発想をするんだなぁ」と感動したエピソードを。
谷川俊太郎さんの詩に「自己紹介」というものがあり、これが東京オペラシティの谷川俊太郎展の特設サイトTOPページに掲載されています。
私は背の低い禿頭の老人です
もう半世紀以上のあいだ
名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など
言葉どもに揉まれながら暮らしてきましたから
どちらかと言うと無言を好みます
(中略)
家には仏壇も神棚もありませんが
室内に直結した巨大な郵便受けがあります
私にとって睡眠は快楽の一種です
夢は見ても目覚めたときには忘れています
「私にとって睡眠は快楽の一種です
夢は見ても目覚めたときには忘れています」
この部分を取り上げて、加藤さんは谷川さんのことを「これ、わたしたちの領域では『達人』ですよ」というのです。
つまり、スピリチュアルやヨガや呼吸の世界で「睡眠は快楽の一種」「夢を見ても忘れている」というのは”達人”の領域の話だ、と。
実際に谷川さんは眠っても夢をほとんどみないそうです。
そういえば長嶋茂さんも同じことを言っていた気がします。「夢をみない」=天才なのでしょうか。
というわけで、『呼吸の本【新版】』は夏真っ盛りの8月に発売予定です。
ご期待ください。
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