フォレスト出版編集部の寺崎です。
これまた、スゴボン(すごい本)に出会ってしまった。
アラン・S・ミラー、サトシ・ナカザワ著『進化史理学から考えるホモサピエンス』(パンローリング)だ。
この本、なにがすごいって、結論からお伝えすると、「人間は1万年前からぜんぜん進化してない」ってことを、ありとあらゆる証拠を挙げて解説しているんです。
ちょっとショックでした。
ショッキングな内容は追々説明するとして、本国でも出版に至るまで、なかなか険しい道をたどったようです。
不勉強ながら、「進化心理学」というジャンルの存在を知らなかったのですが、本書では進化心理学というフィルターを通して「人間の本性」を描こうとしています。これがじつにスリリングなのです。
なるほど、新しい学問分野で、日々更新されているジャンルのようです。
人が考えるうえで陥りがちな2つの誤謬
まず本書では議論を始める前に、「2つの誤謬を避ける」ということを明示しています。そもそも、この考え方自体が新鮮でした。
2つの重大な誤謬とは――
①自然主義的な誤謬
②道徳主義的な誤謬
――です。
自然主義的誤謬とは・・・
「~である」から「~であるべきだ」への論理的な飛躍。「こうなのだから、こうあるべきだ」という論法です。
(自然主義的な誤謬の例)
人には遺伝的な差異があり、生まれつきの能力や才能はそれぞれ違う。だから、差別があるのは当然である。
道徳主義的な誤謬とは・・・
「~であるべきだ」から「~である」に飛躍すること。「こうあるべきだから、こうなのだ」と言い張ることです。
(道徳主義的な誤謬の例)
誰もが平等であるべきだから、生まれつきの遺伝的な差異があるはずがない。
この本では、こうした誤謬を避けるために、「~であるべき」という議論を一切せず、「~である」に徹しています。道徳的結論を導き出すことがないため、ゆえに「けしからん!」という内容も含まれてきます。
進化心理学の4つの原則
進化心理学の原則①
人間は動物である
進化心理学には4つの原則があるのですが、そのうちの1つが「人間は動物である」ということ。人間はちっとも特別な存在ではなく、あらゆる生物に当てはまる進化の法則は人間にもあてはまると考えます。
進化心理学の原則②
脳は特別な器官ではない
進化心理学では、脳は手や足や内臓といった器官の一部にすぎないと考えます。これはなんとなく、すんなりと受け入れられる考え方ですよね。ただ、これまでに伝統的な社会科学では、人間の脳は特別視されてきたそうです。
個人的には古代宇宙人が人間を操作してハイブリッドな人間を生み出し、それが我々の祖先であるというトンデモ仮説が好きです。どうでもいいんですが。
進化心理学の原則③
人間の本性は生まれつきのものだ
これは原則①から導き出されるものであり、犬が生まれつき犬で、猫が生まれつき猫であるように、人間も生まれた時から人間である、と。
このあたり、こうズビシッ!と言い切ってしまうところが、議論を巻き起こすタネになるような気がします。
進化心理学の原則④
人間の行動を生まれもった人間の本性と環境の産物である
伝統的な社会科学モデルでは「人間の行動はほぼすべて環境と社会化によって形成される」と考えられてきました。
たとえば「男らしさ」「女らしさ」といったものは生来備えているものではなく、社会化によって形成されると考えるわけです。
ところが、進化心理学では「人間の行動は生まれもった人間の本性と環境の産物」だと言います。
サバンナ原則――石器時代の脳を持つ私たち
いきなりショッキングな事実をお伝えします。
えっ、俺たちの脳って、氷河期の時代のままなの!?
われわれは石器時代の手や膵臓をもっているように、同じく石器時代の脳をもっています。
ところで、約1万年前に人間の世界を激変させる、ある出来事が起こります。それが―――農耕と牧畜の発明です。
こうした考え方を進化心理学では「サバンナ原則」と呼ぶそうです。
過酷な環境を生き抜いたわれわれヒト科の祖先の適応でわかりやすい例が「甘いものや脂っこいものを好む」という心理メカニズムです。
かつてはこの心理メカニズムをもった人のほうが長生きができたわけです。ところが、現代に生きる我々はどうでしょうか。
甘いものや脂っこいものはどこのスーパーにもあふれています。もともとの適応上の問題(栄養不良など)はもはや存在しないのに、私たちは今でも甘いものや脂っこいものを好む心理メカニズムをもっています。
いや、この話ちょっとショッキングじゃありませんか?
「言われてみりゃ、そりゃそうだよね……」と妙に納得しつつ、「俺の脳は1万年変わってないのか」という絶望と、「だからバカなんだな…」という安心感がないまぜになった感じと言いましょうか。
ここまで書いても、なかなかこの本の面白さを伝えきれないもどかしさがありますが、さらに面白いのは「1章 進化心理学について」「2章 男と女はなぜこんなに違うのか」に続く章の中身がすべてQ&Aになっている点です。
たとえば・・・
Q:息子がいると離婚率が低くなるのはなぜか
Q:女たちはなぜダイヤモンドに目がないのか
Q:ハンサムな男が夫に向かないのはなぜか
Q:なぜ赤ちゃんは「パパ似」なのか
Q:だめな父親は多いのに、だめな母親が少ないのはなぜか
Q:女性のほうが家庭を大事にするのはなぜか
Q:なぜ暴力的な犯罪者はほぼ例外なしに男なのか
Q:ビル・ゲイツやポール・マッカートニーと犯罪者に共通するものとは
Q:なぜ男は結婚すると「落ち着く」のか
Q:妻や恋人に暴力をふるう男がいるのはなぜか
Q:神経外科医は男性、幼稚園の先生は女性が多いのはなぜか
Q:なぜセクハラはなくならないのか
Q:なぜ世界中で民族紛争や独立紛争が絶えないのか
・・・とこんな感じの問いから始まり、進化心理学的観点からの解説が展開されるのです。
原題は『Why Beautiful People Have More Daughters』というもので、直訳すると「なぜ、美しい人々はより多く娘を持つのか」ですが、よくわからないですね・・・。
ちなみに奥付をみると、本書は阪急コミュニケーションズから2007年に出た『女が男を厳しく選ぶ理由』を新装改訂したもののようです。2019年初版、私の手元にある『進化心理学から考えるホモサピエンス』は4刷でした。
旧版タイトル『女が男を厳しく選ぶ理由』(阪急コミュニケーションズ)
新版タイトル『進化心理学から考えるホモサピエンス』(パンローリング)
書籍コンテンツも翻訳の質もとても優れているだけに、もう少し「サプライズ」が伝わるタイトルだったら、もっと売れそうな気がしました。
長くなりましたが、最後に橘玲さんのじつに秀逸な推薦文をご紹介します。