【本づくりの舞台裏】「見出し」で気を惹くことは罪なのか?
「さもセンセーショナルな見出しで気を引いて私を騙そうだなんて。アンタのその魂胆はすっかりお見通しだからね!」
と、言われたことが別にあるわけではないフォレスト出版の寺崎です。
今日のテーマは「見出し」。
デジタル大辞泉によると次の4つの意味があるそうです。
み‐だし【見出し】
①新聞・雑誌などで、記事内容が一見してわかるように、文章の前に示す簡単な言葉。標題。タイトル。
② 書籍・帳簿などの目次・索引。
③ 「見出し語」の略。「親見出し」「子見出し」
④ 多くの中からすぐれたものを見つけだすこと。
「手前事は天理教祖様のお―にあずかりまして」〈志賀・暗夜行路〉
今回お話したい「見出し」は上記の②です。
コンテンツを世に送り出す人々にとって、「見出し」は絶対に避けて通れない関門。おそらく世の編集者はみんな、文章を読んでもらえるかどうかにかかっている「見出し」には、相当な想像力と労力を費やします。
かつて、某出版社の入社試験で「以下の文章にある空欄の見出しを埋めよ」というのがありました。その出版社とは最終的にご縁がありませんでしたが、かねてより面白い見出しで読者の気を惹く努力をしてるなーと感じてた版元だったので、それらしい入社試験だと感じ入った次第です。
「秀逸な見出し」のお手本は新書に学べ
書籍における「見出し」は「キャッチコピー」に近いと思う。
書籍の場合の見出しが秀逸なのは、新書の世界。
なぜならば、新書は単価1000円以内のジャンルなので、単行本のように装丁で幻惑させたり、紙面レイアウトの世界観で誘惑したり、イラストや写真で訴求したりすることができない。ゆえに「言葉」だけで勝負せざるをえない。だから、言葉による読者とのコミュニケーションが濃くなります。
そこで機能するのが「見出し」です。
たとえば、橘玲さんのベストセラー『上級国民/下級国民』の見出しのさわりをみてみます。
『上級国民/下級国民』
Part1 「下級国民」の誕生
■平成で起きたこと
日本のサラリーマンは世界でいちばん会社を憎んでいる
正社員の割合は変わらなかった?
女性の非正規が増えた理由
「雇用破壊」はどこで起きたのか?
各戸訪問でひきこもりを調査した町
ひきこもりは100万人ではなく500万人?
どの見出しも気になります。
「日本のサラリーマンは世界でいちばん会社を憎んでいる」なんて言われると「えっ、どういうこと?」と気になります。
「ひきこもりは100万人ではなく500万人?」とはいったいどういうことなのか、つい本文を読みたくなります。数字の正確性よりも「数字によるインパクト」が興味関心を惹くわけです。
東洋経済オンラインの「見出し命」に学ぶ
書籍の世界よりも、見出し、ヘッドラインの重要性を意識して日々ブラッシュアップしてるのがWEBメディアかもしれません。
とにかく見出しをクリックしてもらわないと広告費収入で負ける世界。
それはもう熾烈です。
東洋経済オンラインの直近のランキング記事上位の見出しを集めてみます。
サイゼリヤ、社長も驚く「1円値上げ」の成果
最低賃金「韓国の大失敗」俗説を信じる人の短絡
東大生が断言「頭が良い人、悪い人」決定的な差
日本人は「1億総中流」崩壊の深刻さを知らない
東洋経済オンラインでは「見出しは20字まで」と決まっているそうです。21字、22字など、いろいろ模索した結果、「20字まで」がベストになったという話を関係者から聞いたことがあります。
強調したいワードを「 」で囲ってるのも特徴です。これは書籍の見出しでもよくやる定石の手口。
東洋経済オンラインのLINEニュースの記事見出しになると、さらにもっと言葉のダイエットが進んで、こんな感じ。
社長も驚愕!サイゼの新戦略
豊田章男は私財を投じたい?
不動産で気を吐く意外な企業
自分は本当にリモート向き?
8割が英語習得!中国大学生
「豊田章男は私財を投じたい?」の見出しひとつとっても秀逸です。「私財を投じたい豊田章男」ではなく「豊田章男は私財を投じたい?」と疑問形にしたことで、そもそもそんな事実を知らない読者は、すでに前提として語られている「事実」に付される疑問形に「二重のサプライズ」を感じ取るわけです。
「8割が英語習得!中国大学生」も日本人の英語コンプレックスにつけこむパンチラインとしては最短にして最適。めっちゃくちゃ練り込まれてます。
文字数を数えてみると、東洋経済オンラインのLINEニュースは「13文字ルール」でつくられています。Yahoo!ニューストピックスに「13文字見出し」のルールがあるように「13文字」はセオリーのようです(以下記事参照)。
書籍の場合はここまで文字数に限定されることはありません。あくまでもWEBの世界の話。ただ、今後は電子書籍含めたデジタル環境における商売が増えそうなので、こういった情報もつねにアップデートしていく必要がありそうです。
見出しのパターンはおおまかに分けて3つ
見出しをざっくり分類すると次の3つに収れんするのでないかと思います。
①疑問提示型
②言い切りサプライズ型
③プレーン型
『上級国民/下級国民』の見出しをそれぞれ分類してみます。
②日本のサラリーマンは世界でいちばん会社を憎んでいる
①正社員の割合は変わらなかった?
③女性の非正規が増えた理由
①「雇用破壊」はどこで起きたのか?
③各戸訪問でひきこもりを調査した町
①+②ひきこもりは100万人ではなく500万人?
WEB記事と違って、書籍の場合は見出しが構築的にコンテンツの全体像を形作るので、ずーっと「疑問提示型」だったり、全部が全部「言い切りサプライズ型」だったりすると、読んでいる方もうっとうしくなるので、たまにプレーン型を織り交ぜて、①②③をバランスよく配合します。
書籍における「見出し改変」の現場を公開
自分自身、見出しを強く意識した仕事が過去にありました。単行本を新書にリメイクした『残念な「オス」という生き物』(藤田紘一郎・著)です。
この本は三五館から出版されていた『女はバカ、男はもっとバカ』という既刊を改題して、中身も一部再編集して新書にしたものです。
もともとすこぶる面白くてスリリングな読み物だったので、「これはタイトルや打ち出し、パッケージングを変えれば絶対に売れる」と踏んで、腕まくりして取り組みました(元本の担当編集者とも面識があり、そのぶん余計に気合いが入りました)。
内容的にはすでにじゅうぶんに編集されて完成されていたため、こちらで大手術できるのは「タイトル」「カバー」「見出し」といった外装の部分です。
たとえば、第1章の見出しはこんな風に改変しました。
第1章 男と女、どっちがバカ?
(改変)第1章 生物界は「残念なオス」だらけ?
なんでこんなに生きづらいのか?
(改変)男女の役割が激変する日本の社会
女はつらいよ、男はもっとつらいよ
(改変)なぜ、男は自殺率が高いのか?
「答えは動物に訊けばよい」
(改変)もともと動物であったことを忘れてしまった人間
完璧を目指すと何が生まれるか?
(改変)完璧を目指すよりもまず終わらせろ
モテるための進化――クジャクの羽根が立派な理由
(改変)ひたすらモテるために美しく進化したオス
「騙したもの勝ち」の世界――寄生コバチの場合
(改変)「騙したもの勝ち」のオスとメスの熾烈な世界
小さなプレゼントなんて欲しくない――ツマグロガガンボモドキの作戦
(改変)メスのわがままに翻弄される生物界のオスたち
バイリンガルは食欲旺盛――ホタルのメスのメッセージ
(改変)すべてのオスは食料品である。
他人の幸せに心かき乱されて――ウズラの家族
(改変)生物の世界でも「隣の芝生」は青い
嫉妬するオス、あきらめるオス
(改変)他人の情事に燃えるメスと萎えるオス
交尾できるもの、できないもの
(改変)モテるもとのモテざるものの違いとは?
・・・と、このあともズラズラ続いてくわけですが、基本的に元本はあくまでも生物の世界の話から入っていくのを強調しているの対して、私はあくまでも人間の「オス」の話として強調する見出しに改編しました。
つまり、「残念なオス」という新たなコンセプトを軸とした見出し改変の試みだったわけですが、これはじつに楽しい作業でした。
言ってみれば、上質な料理を目の前にして「さあ、おまえだったらどういうお皿に盛りつけてお客様に出すんだ?」と問われているような感じです。
料理をイチから作る仕事とは違う面白さ(ズルさですが・・汗)がある、ということはご理解いただけるでしょうか。
ただ、言ってみれば、こうした「こねくり回し」は多分にギミック的であり、冒頭に掲げたこんな罵倒を浴びても仕方がない。
「さもセンセーショナルな見出しで気を引いて私を騙そうだなんて。アンタのその魂胆、すっかりお見通しだからね!」
「プレーン型」の見出しで気を惹くヤツが一番スゲー
見出しのパターンの一つとして「プレーン型」の見出しがある話をしましたが、じつはこの型で関心を集める見出しがいちばんスゴイんじゃないかと思います。
たとえば、刊行から30年以上経ち、累計200万部を超えた外山滋比古『思考の整理学』の見出しがこれです。
Ⅰ
グライダー
不幸な逆説
朝飯前
Ⅱ
醗酵
寝させる
カクテル
エディターシップ
触媒
アナロジー
セレンディピティ
Ⅲ
情報の‟メタ“化
スクラップ
カード・ノート
つんどく法
手帖とノート
メタ・ノート
Ⅳ
整理
忘却のさまざま
時の試練
すてる
とにかく書いてみる
テーマと題名
ホメテヤラネバ
Ⅴ
しゃべる
談笑の間
垣根を越えて
三上・三中
知恵
ことわざの世界
Ⅵ
第一次的現実
既知・未知
拡散と収斂
コンピューター
超シンプル。
見出しとしてはシンプルすぎて震えるほどです。ただ、それぞれの見出しの言葉の並置にかすかな違和感があり、それがために興味をそそられます。
見出しの表現に「読者の想像の振れ幅」が織り込んである。ビジネス書の世界における「迫りくる押し付け感」がゼロです。
末永く生き残る見出しって、こういうものなのかもしれませんね。
「沈黙は金」「余白の多い見出し」
精進します。