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東海道五十三次徒歩チャレンジ 1〜3日目

東海道五十三次完歩の備忘録。
概要は下記。


1日目(6/1)

曇りのち晴れ。
家から電車で日本橋駅へ向かい、09:15に無事徒歩開始。
前日が最終出社日/自分の送別会だったため、やや睡眠不足ではあるものの、待ちに待ったチャレンジということもあり意気揚々とスタート。

こっちじゃなくて橋の方取れば良かった
日本橋から○kmの看板はこれが最初ぽい


日本橋を出発してから1時間ほどで記念すべき一つ目の宿場に到着。
都内在住ということもあり何度か散歩したことのあるエリアではあるものの、いざ意識して歩いてみると至る所に東海道のポスターや石碑を発見。

この先幾度となく見ることになる松の木
こういった立て看板が至る所にある

品川宿通りの後半には、駄菓子屋も併設されている”品川宿交流館”があり、軽く休憩がてら来訪。
中のスタッフさんがとても気さくで、東海道に関していろいろ教えてくださった。
※御宿場印を集める人はここで入手できます。

品川宿交流館
らむねおいしい

そして大きな橋を渡って川崎宿へ到着。
ここの石碑は東海道開通周年記念に、つい最近出来たばかりとのこと。

これが最近出来た石碑
川崎宿にも観光案内所(東海道ver)みたいなのがあった

川崎名物の奈良茶飯でも食べようと思ってたものの、気温27度で夏バテ気味の状態で食べても口内パッサパサになりそうなのでところてんに切り替え。
元々"ところてん"自体あんま好きではなく、食べても食べんでも何にも変わらない食べ物の認識だったけど、ここのところてんは海苔の風味も強めのお酢汁が相まってため美味しかった。おこわにしなくて正解。

本来の名物
すっぱくておいしかった


松尾芭蕉の石碑などを横目にまた少し歩いて、神奈川宿へ到着。
本陣後は見つけられず、なんでもない公園に看板が建てられてるくらいしか東海道の跡は見つけられず。
五十三次のなかであんましテンション上がらなかった宿ランキング上位。(これまでの宿場町がちゃんと宿場町然としてた&前宿からも10km近くあったので落胆度も大きめだった)

実はこの日の気温が29度と中々の暑さで、初日ということもあり体力をがっつり削られていたため、この10kmの間に横浜駅に隣接しているスカイスパにてショートコースで休憩しました。汗流すの大事。

芭蕉が逝去する前に弟子と別れた場所が川崎宿付近らしい
神奈川宿は本陣跡が見つからず


5kmほど歩いて保土ヶ谷宿。大通りに面した住宅街って感じだったけど、昔ながらの平屋はちらほら残ってた。

マンションの壁に直張りされてた保土ヶ谷宿一覧
本陣後が石碑じゃなくて看板パターン

保土ヶ谷宿からさらに10kmほど歩き,本日最後の宿「戸塚宿」に到着。
ここも地図上だとバスターミナル付近に本陣跡があるようだったが、見つけられず。
10分ほど探すも見つからないので、見付跡で妥協。


土曜日ということもありビジホが死ぬほど高かったので、駅付近のDICEという漫喫に寝泊まり。
なんだかんだ漫喫宿泊は初日と最終日のみだったな。

夏バテで全然お腹空いてないけど、食わねば死ぬと無理矢理食べたガストのカレー


2日目(6/2)

曇りのち大雨。
満喫のプランをケチったので、眠たい目を擦りながら朝6時前に出発。
このあたりからちょくちょく東海道に纏わる看板などが目に付くようになる。

1里どのくらいのもんかも分かってない


なんやかんやで藤沢宿に到着。
ここもまぁまぁちゃんとした観光案内所があったものの、早朝過ぎて開館しておらず。
今後もこういった東海道記念館・案内所は頻出するものの、なにせ開館時間が短い・休刊日が多いとかで、実際に来訪できたのは半分もない気がする。

閉館していたふじさわ宿交流館
縁起が良かったゾロ目


藤沢駅から長い橋を越え、徐々に磯の香りが漂ってきたあたりで平塚駅に到着。何やら人が多いなと思っていたら、今日はよさこい祭りとのこと。

丁度お祭りの時間とマッチし、地元の子供たちやダンサーチームが踊りながら練り歩くところを見ることができた。
そんなよさこいをよそ見しながら歩いてたら、前から8人くらいのスーツ男性達に囲まれた河野太郎氏を発見。どうやら生まれが平塚だから視察に来られた模様。とてもにこやかな表情でした。楽しそうでよかった。


湘南によさこいのイメージなかったな
まぁまぁお客さんいた


よさこいの先には直ぐに平塚宿跡、そこから4kmほどで大磯宿。
どちらも道路わきにひっそり記念碑が建てられてるような感じだった。

平塚宿
大磯宿


東海道五十三次というと松並木が有名だけど、どこかに集中してその光景が広がっているとかではなく、結構いろんなところに点在していた。(勿論濃淡はある)

ゾロ目はやっぱり撮っちゃうね


実はこの日、早朝から出発したのにはもう一つ理由があって、夜から天気が大崩れする予報でており、なるべく早い時間にゴールである小田原まで到着したかったのだ。

しかし、大磯宿を過ぎたあたりからぽつぽつと雨が降り始め、二宮駅をすぎるあたりには完全に本降りになってきてしまった。
およそレインコートと折り畳み傘では防ぎきれない降雨量にすっかり身体が冷えてしまったため、あまり空腹ではなかったもののの溜まらず道中にあったしゃぶ葉へ入店。
周りで家族連れが食事を楽しんでいる中、1時間ほどしゃぶしゃぶで身体を温める羽目に。


雨はそこまで弱まっていなかったものの、アメダス的に今夜中の晴れ間は期待できなかったため、泣く泣く退店し歩を進めることに。
風も強まってきていよいよ台風ぽくなってきた中、なんとか今日のゴールである小田原宿に到着。

写真だと雨そんなでもないな

小田原駅に向かい、少し前にネット予約したビジネスホテルに到着するも、大雨洪水警報が出るほどの降雨量に身体は完全に冷え切ってしまい、リュックの中身まで水浸し。ビニールに入れていた”翌日着る予定だった服”もびしょ濡れになってしまい、一気にメンタルもズタボロに。
ホテルの部屋内に濡れた衣服を干し、エアコンガンガンに掛けた後、そのまま近くの万葉の湯に直行。少しでも早く湯に漬かりたかったので、近くに温泉があるのを見つけたとき死ぬほどうれしかったのを覚えている。


温泉に使った後、万葉の湯の休憩コーナーでカイジを読みつつ、一度冷静に今後の進退を考える。「京都まで行くって職場の人とかにも行っちゃったし、流石に2日目でリタイアはダサすぎるか」と思い直し、少しでも自分に枷を付けるために、学生時代から趣味アカウントとして使っているTwitterアカウントにて東海道五十三次徒歩チャレンジをしていること(まだ数日なのに肩と足が早くも痛いぜ的なことも添えて)をポスト。
少ない人数とは言え「これで尚リタイアできないぞ」と思っていると、前々から仲の良かったフォロワーさんよりリプを頂く。

肩の痛みとかは後々響くだろうし、登山用バックパックあるから貸そうか?

親愛なるフォロワーより

リュックのびしょ濡れ具合的にも天のお恵みレベルでありがたい申し出だったが、そのフォロワーは当時横浜の方におり、その日の夜には埼玉に行かなければならない予定があったため、既に19:00近い中で「横浜→小田原→埼玉」という弾丸移動をさせるわけにはいかず。
「ありがたい申し出ですが。。」と渋っていると、絶対後々に響くから!とわざわざ新幹線を使って来てくれることに。

借りたバックパック
これなけれ確実にどこかでリタイアしていた



そこから本当に数時間で小田原まで来てくださり、バックパックを置いて颯爽と帰っていく様はまさにスーパーマンのようだった。


その日はGPSではこんな感じ
雨の中よく頑張った自分


3日目(6/3)


前日の雨で濡れた洋服は完全には乾かなかったため、生乾きのにおいを漂わせながら出発。
新しいリュックの性能に驚きつつ、元のバックを自宅に送るためヤマト運輸の出張所に寄り道。元の道に戻って東海道五十三次の第一の関門「箱根の峠越え」を目指す。

昔家族で訪れた博物館

小田原宿から箱根宿まではおよそ16kmほど。
距離もまぁまぁある上になんせ坂道なのでこれがなかなかにつらい。舗装はされているものの、結構角度がエグめの階段とかも多く且つ休憩スポットも少ないため、確かにこりゃここであきらめる人も出てくるわといった感じの道のりだった。


恐ろしい由来の坂

箱根ともなると、やはり徒歩で歩く人は殆どが東海道を意識するのかこんな看板が。
前後に休憩できるような場所もなかったので、自販機でポカリを飲みつつ今後の旅路に夢を馳せる。

これ見るとまだまだ序盤


ヒイヒイ言いながら、箱根峠の丁度中間あたりにある”箱根 甘酒茶屋”に到着。
抹茶や甘酒が有名とのことだったが、さっぱりしたものを食べたかったので紫蘇ジュースと磯部餅を注文。

中は涼しい
さっぱりおいしい


車や自転車も止められることもあり、最近増えてきた外国人観光客の方も多くなかなかの繫盛具合。
たまたま横にいたイヌがあまりに愛らしかったため、許可を取って撮らせて頂いた。兄弟とのこと。

長生きしろよ
竃とかもあり外国人ウケよさそう
ちょっと休憩


茶屋を抜けると目の前には芦ノ湖。
この辺も昔家族旅行で毎年訪れていたため、懐かしい気持ち。
ワンピースの遊覧船まだあるのかな、、確かサンジすらまだいなかった気がする。

奥の鳥居が九頭竜神社
SIMカード一押しコンビニ

さらに少し歩くと箱根関所。
ここの手前の駐車場でふと「芦ノ湖ってどっち?」と道を聞いてきた夫婦、なんと京都から車で来たとのこと。
今から京都行くんですよ~と軽く意気投合し、頑張ってくださいと声援を貰う。今回の旅でいろんな人から声を掛けていただいたが、この夫婦が一番最初だったのでめちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。
別にユーチューバーでもあるまいし、(東海道徒歩チャレンジ中!!!)みたいな看板とか立てて歩くつもりは毛頭なかったが、東海道歩いてると知って声かけてきてくれる人がいると、やっぱりそれだけで嬉しい。なにせこの旅路では碌な話し相手もいないしね。。

関所
関所の反対側
申し訳程度に名物


随分細い道だと思われるかもだけど、この階段も正式な旧東海道ルート。
こういった道が各所に点在してるため、自転車での東海道完全制覇は相当難しいと思われる。


箱根から三島宿までも15km近くあり、そのほとんどが坂道のためなかなか足への負担が大きい。
大きめの駐車場に併設されていたベンチで休んでいると、車止めていたおじちゃんが話しかけてくださった。なんでも近日開催されるカヌーの大会に出る選手とのことで、言われてみるとやたら腕がぶっとい方だった。
お互い頑張りましょうねと別れを告げ、さてまた歩き出そうかとしていると再度おじちゃんがこちらへ走ってきて「頑張ってね」とスポドリを奢っていただいた。日本人みんないいひと。

いつもより染み渡る


おじちゃんとからの餞別でウキウキで歩き出していたところに突然の通行止め、まぁ数メートルくらいの遠回りだったのでそこまで落胆はしなかったものの、まぁまぁ悔しい気持ちに。やっぱり小道も多い旧東海道だと自然災害の影響も受けやすいんだろうな。

ぐやじい
記念石碑

悔しい気持ちを抑えながら歩き続けようやく三島へ到着。

三島市突入
三島スカイライン(中には入らず)
思えば遠くにきたもんだ
やもり、自切後で悲しい

三島から降りる道すがらの定食屋で遅めのお昼。
ご飯は大森だしラーメンはついてくるしでなかなかボリューミーだった。

時間をかけて無事完食


三島宿の石碑(看板は見つけられず)


三島からの長い下り道に膝を痛ませつつ、何とか今日の目的地の沼津に到着。ここも明確な「沼津宿」の石碑は見つけられずだったな。

今日の宿場、5000円しなかったくらい
ラブライブは通ってないんだよなぁ


まだ体力に余裕があったので商店街を散策。

ファンには溜まらないんだろうなぁ
一番元気だってさ
久々に見た、これは通ってる
通ってる通ってないとかではない


散歩してたらほとんど飲食店がしまってしまったので、涙ながらにコンビニ晩飯。

まぁまぁ
3日目はこんな感じ
高低差あった割にはまぁまぁあるいたな

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