【小噺】この世界の代弁者
僕は、過去に大罪を犯したことがある。でも今こうして文章を書いているということは、捕まってはいないということだ。出頭しても良いくらいに僕は心悩ませていた。
僕には、腸の氾濫がよく起こる。朝、電車に乗っていると突然とそれはやってくる。目的の駅到着。一安心。しかし、駆け込んだ先は行列。個室のお前ら何をもたもたしてやがる。色んな意味で早く出てこい。中で着替えでもしてようものならぶってやる。
もしここで間に合わなかったらどうする?どう繕う?学校は?部活は?服をどうする?クリーニング必要?色んなことが頭をよぎる。
最終的な手段は、前に並んでいる人にお金を渡して順番を譲ってもらうことだ。それかもう神様に祈るしかない。
そんなこんなのピンチと焦りと苛立ちとを何回ものり超えて、僕はやっとの思いで、今こうして人間としての尊厳を保つことができている。
さて、僕が犯した大罪とは。それは、白い個室の中で長時間着替えをしてしまったことだ。
ただでさえ学ランやタートルネックがダメなタイプなので、就活で着用したネクタイやホワイトシャツ、革靴がどうしても窮屈に感じてしまい、すぐにでも脱いでしまいたい衝動に駆られる。面接が終わり、駅の個室に駆け込んで着替えた。しかも、自由にスペースを使うことができないので、かなり時間がかかる。
もし僕が着替えている途中に誰かが腸氾濫を起こし、やっとの思いで辿り着いた先がここだったら、どう思うのだろうか。
扉は全て閉まっていることを目の当たりにする。その中の1人は呑気に着替えをしているともつゆ知らずに。
彼の腸氾濫が堤防を超えてしまったら?僕はどう責任を取れる?
僕が反対の立場だった時、着替え終わった人を見るや否や思い切りぶってしまう自信がある。
僕はすみませんすみませんと思いながら着替えた。しかしいくら反省の念を込めてもやってしまったことはやってしまったことなのだ。気がついたら、用もないのに白のダムに腰をかけその事実を隠蔽しようとしていた。
初めからその用で入りましたと思うようにして。
そしてまた個室の滞在時間を伸ばしていった。許されざる大罪である。
「おい!ふざけるな!そんなことをして許されると思っているのか?着替えくらい別の場所でしてくれや」
そんな野次がどこかから聞こえてきそうで。
「すみません。あなたは誰ですか?」
「私はただトイレを待つ人々の中の一人であり、その代弁者に過ぎません」
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