フードスコーレ不定期連載『食の未来仮説』#007 900円の味噌の効用(書き手:平井萌)
アメリカに住む一家の冷蔵庫に必ずピーナッツバターが入っているように、日本の家庭の冷蔵庫に欠かせない味噌。実際にアメリカの全家庭の冷蔵庫を見て回ったわけではないので分からないのですが、味噌なら日本のお家には大体あるのではないでしょうか。
でも、ひとり暮らしのときのわたしは味噌を賞味期限までに使えたことがほとんどありませんでした。
お味噌汁は飲みたいけれど、おたまと菜箸を使って溶かすのが面倒なんですよね。
一時期は味噌が冷蔵庫にあるのを分かっていて、インスタントで済ませてしまうことも多々ありました。
しゃかしゃか味噌、現る
そんなある日、高校の友だちの家に行くと画期的な味噌を見つけたのです。
しゃかしゃか振って鍋にぶちこむだけでお味噌汁ができる「しゃかしゃか味噌」でした。
「え、知らない?」と優雅にものの数分でお味噌汁を完成させた友人。まるで錬金術師です。
帰宅後、わたしもすぐに買いました。味もいつも食べるお味噌汁と変わらないし、こんなに簡単にできるなら他にも何かおかずを作っちゃおうという気持ちにすらなります。
これは革命だ。
このしゃかしゃか味噌に一生ついていこう、と心に決めました。
900円の味噌、現る
かれこれ2〜3年はこの「しゃかしゃか味噌」を愛用し、仕事で落ちこんだときも、1日の中で嬉しいことがあったときも、しゃかしゃかしながらくるくる踊って鍋に味噌を入れていました。
ところが、ヤツが現れてしまったのです。
4月9日。緊急事態宣言が出された2日のこと。職場のBONUS TRACKにある発酵デパートメントのランチでいただいたお味噌汁があまりにも美味しかったので、味噌を買ってみようかな、とお店にふらっと入りました。
「まずはコレ!」と書かれたPOPを見て、『お、白味噌すきだし買っちゃお』と手を伸ばします。
すると、900円くらいであることに気づきました。
味噌で900円......?メロンパン9個分ってこと?納豆27パック分ってこと?安い?高い?
おかあさ〜〜ん!!
食の考え方は特に母からの影響を受けて育ったので「高くて美味しいものは美味しいに決まってるからわざわざ買わない」という謎の価値観を持ったまま大人になり、900円の味噌はさすがに躊躇いなく買える価格ではなかったのです。
ところがどっこい、この900円の味噌は決して高くありませんでした。
買った日の夜、お味噌汁にしました。
う、うまい!!!!
また数日後、鮭ときのこのホイル蒸しをつくってみました。
え?!!!
なんだかすっごく美味しいんですけど!
雑味がないというか、味噌が味噌だけで勝負しにきているというか、今までの味噌は味噌だったのか疑念を抱くほど全く違うものでした。
いつも買うものの値段は4倍でも、美味しさは4倍どころか100倍くらいです。
何でもっと早くいろんな味噌のことに目を向けなかったんだろう......
これまでの人生を後悔してしまうほどの美味しさで、気づけばすぐ使い切ってしまっていました。
“高いものは美味しい”の実証
好きな食べものはかんぴょう巻きとメロンパンとはんぺん。
どれも気軽に買えて、安くて美味しいものばかりです。
高いからって、金額に見合った美味しさが保証されているとは限りません。
でも、あの味噌は違いました。
本当に普通の何倍も美味しいってことがあるんだ。
高い食べものに対して警戒心が弱まっていたころ、またしても衝撃的な出会いがありました。
1,000円のバインミーです。
「sio」という代々木上原にあるフレンチのお店が職場でテイクアウトのお弁当やバインミーを販売をしてくださっていた時期がありました。
わたし自身は知らなかったのですが、わたし以外のほぼ全ての人が知っているくらい有名な人気店です。
1,200円のお弁当と1,000円のバインミーを躊躇なく買う周りの様子を見て、そんなに美味しいなら......とバインミーを食べてみることに。
ぱくり。ぱくぱく。
えっ?
え?!!!
食べたことのない味でした。何味?と聞かれたら「美味しい味」と答えてしまう美味しさ。
鳥羽さんは、全国各地の美味しい味をちょっとずつちょっとずつ採取してきて、ビンとかに詰めて、ここにぴゃっとかけてるんでしょうか。
もちろん今ではsioさんのお弁当やバインミーが1,000円前後で食べられるなんてお得すぎると理解していますが、900円の味噌も躊躇してしまうわたしにとって1,000円のバインミーとの出会いは天変地異でした。
「不自由さ」を「美味しさ」が乗り越える
今までは目先のコストパフォーマンスだけで食材や調味料を選んできました。
手軽にできるから。値段の割に美味しいから。すぐ食べられるから。
味噌を溶かすのが面倒だから、これまでもこれからも安くて手軽でそこそこ美味しいしゃかしゃか味噌だけでいいと思っていたんです。
900円の味噌は溶かさなきゃいけないし、ちょっと高い。
それでも、その不自由さをもってしても短期間で使い切ってしまう理由に「美味しくてまた食べたい」という気持ちがありました。
昔、誰かが書いていたブログで、「手作りのごはんに愛情が入っているというのは本当だ。コンビニのごはんを食べ続けると体を壊してしまうのは万人に向けて作られたものだから」というのを読んだんです。
本当にそうだな、と思いました。
それはきっと食材や調味料に対しても言えることで、作った人の顔が見えない、スーパーに並ぶ大手の食品メーカーがつくったものと、誰かが愛情を込めてつくってくれた食材とでは、愛情の総和がまるで違います。
いつもより高いものを買うのはちょっと勇気がいるし、期限の短い食材だったら腐らせてしまったらどうしよう、と心配になったりするけれど、そんなときはこの900円の味噌のことを思い出そう。
ー
『食の未来仮説』は、さまざまなシーンで活躍されている方たちが、いま食について思うことを寄稿していく、不定期連載のマガジンです。次回もおたのしみに!
今回の著者_
平井 萌/Megumi Hirai
1992年茨城生まれ。2020年4月にオープンしたBONUS TRACKの事務局。20年間たまごのシールを集めています。一番すきな食べものはメロンパンとかんぴょう巻き。一番すきな本は瀬尾まいこさんの『卵の緒』です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?