福島県水産資源研究所が取り組む「つくり育てる漁業」とは? 復興、そして持続可能な漁業を目指して【神山副所長インタビュー】
「これからもおいしい魚を食べていきたい。」というのは、私たち日本人にとって共通する想いではないでしょうか。
近年、日本の漁獲量が大幅に減少しています。このまま進めば食卓から魚が消えるかも......。そんな声を耳にすることが多くなったように感じます。しかしそのような危機を乗り越えようと、持続可能な水産業界へとつなぐ取り組みも増えはじめています。
福島県相馬市にある福島県水産資源研究所。
福島県では復興に向けたさまざまな取り組みが行われていますが、ここでは福島県沖の海洋環境の調査研究、そして水産資源の増殖を行うことで沿岸漁業の再生を目指しています。
フーディソンでは、かねてから福島県産の水産物の風評払拭に少しでも役立ちたいという想いで「常磐もの」の美味しさを伝えるフェアを、魚ポチやサカナバッカを通じて実施してきました。今回はフーディソンメンバーとの視察を通じて、福島県が行う持続可能な取り組みをお伝えするとともに、これからフーディソンにどのようなことができそうか。福島県水産資源研究所 副所長の神山さんへお話を伺いました。
漁業者さんの生活を守っていくための調査研究
ー 福島県水産資源研究所では、福島県沖の海洋環境の調査研究、そして水産資源の増殖に向けた取り組みを行っています。まず、どのような調査研究を行っているのか教えていただけますか?
神山さん:福島で水揚げされる魚は、めずらしいものまで含めると年間200種類ぐらいあります。私たちは産業上重要な魚種を対象に、ほぼ毎週市場へ行ってその魚の大きさや数、漁獲量を調査しています。魚の大きさを測ることで年齢を推定できます。たとえば小さな魚(年齢の若い魚)が減って、大きな魚(年齢をとった魚)ばかりが多くなると、子どもが新たに供給されていないな、ということが分かります。定量的な調査を通じて、この魚は減りそうだから小さなものは捕らないでおこうとか、安定していそうだから今までどおりでいこうという指針を立てやすくなります。
福島県沖の海域の水産資源調査も行っています。調査の参考となるのは漁業者さんから提供いただく漁の記録です。どの緯度経度の海で、どのような漁法で、どれくらい捕れたのか、といった記録を漁に出るたびにつけてもらっています。たとえばトラフグの場合だと、延縄漁*¹ を一回操業したときに何尾捕れたのかといった記録を提供していただき、私たちが解析します。この海域は前年や前月と比べてトラフグが増えている、減っているということが把握できるため、解析データを漁業者さんへ提供することで、少ない労力で捕ることができます。逆に減っている魚については、その海域を狙わないように促すこともできます。限りある資源を守りつつ効率的に漁を行うことで、漁業者さんの生活を守っていくことにも繋がっていくと考えています。
ー 近年、福島県ではトラフグの漁獲が増えています。そういった調査も行っているのでしょうか?
神山さん:はい、福島ではトラフグの漁獲が増えていて、一昨年は約36トン水揚げされています。その漁獲量はトラフグで有名な山口県より多いのです。しかし、いまのところ福島県においての生態が明らかになっておらず、どこから来るのか?福島の海で冬を越せるのか? 春に向けて卵をもつのか? など調査しているところです。トラフグのシーズンは10月〜2月まで。約5ヶ月のあいだ毎週市場に行き先ほどお伝えしたような調査をしています。
ほかにもトラフグについてはさまざまな調査を行っています。国の研究機関や大学と連携をしたトラフグ遺伝子情報の調査や、生きているトラフグに3cmほどの記録計をつけて再放流する追跡調査なども行っています。記録計をつけたトラフグを漁獲した漁業者さんから回収することで、再放流したあとの移動経路や、その間に泳いだ深さ、水温のデータを見ることができます。トラフグの今後については漁業者さんからとても注目されていますね。
「つくり育てる漁業」で水産資源の持続的な利用へ
ー 続いて、水産資源の増殖に向けた取り組みも教えていただけますか?
神山さん:この研究所では、ヒラメとアワビ、アユの「つくり育てる漁業」を行っています。自然のなかで生まれた魚介類たちは、食うか食われるかのきびしい世界が待っています。もっとも減りやすい卵から赤ちゃんの時期を、人の手によって大事に守って、自分の力でしっかりと生きていけるようになるまで育てる。そして自然の海へ放流する。このように水産資源の持続的な利用を図ろうとする漁業が「つくり育てる漁業」です。
福島県で行っている「つくり育てる漁業」は、ヒラメとアワビは漁業振興に、アユは川の遊漁振興に向けた事業として取り組んでいます。そしてまだ研究段階ですが、ホシガレイは希少性と市場価値の高さから今後の「つくり育てる漁業」の対象として期待されています。
ー なぜ、ホシガレイが期待されているのでしょうか?
神山さん:ホシガレイはカレイの仲間で、身が厚く、味がよいことから天然ヒラメより高値がつきます。ホシガレイの資源が増えれば、漁業者さんの収入に繋がっていくこと、そしてより多くの人がホシガレイのおいしさに出会えるという好循環が生まれるのではないかと思っています。
ー 漁業振興における「つくり育てる漁業」の対象魚種に、ヒラメとアワビが選ばれたのはなぜでしょうか。はじめに、ヒラメについて教えていただけますか?
神山さん:まずヒラメについては、福島では、底びき網漁*²と刺し網漁*³が盛んに行われていますが、ヒラメはその両方で漁獲ができ、昔からヒラメを捕る漁業者さんが多いことが挙げられます。さらにヒラメに関しては、昭和50年代から「つくり育てる漁業」の研究が行われており、技術的にも確立されています。
ー 効果はみられるのでしょうか?
神山さん:「つくり育てる漁業」による効果は、対象魚種の回収率と回収数をみています。ヒラメの回収率は震災前で全体の10パーセントほどです。私たちは10センチにまで育ったヒラメの稚魚100万尾を、毎年7月中旬〜8月上旬頃放流しています。回収数でいうと大体10万尾を回収できているという計算になります。
福島県全体の漁獲量はまだ震災前の規模には戻っていないものの、ヒラメについては震災前と変わりない漁獲量に戻ってきています。しかし尾数でいうと漁獲サイズを自主規制しているため、いまだ震災前の規模には足りていません*⁴。「つくり育てる漁業」によってヒラメの資源が増えれば、漁業者さんが安心してヒラメの漁を続けることができます。
ー アワビについてはいかがでしょうか?
神山さん:福島においてアワビは県南部のいわき地区を中心に捕れます。1970年代はじめは年間50〜60トンほど水揚げのあったアワビですが、1990年~2000年代頃かけて20〜30トンへ半減しています。これは福島だけに限らず、全国的な問題です。全国各地でアワビの資源を維持して増やしていくための取り組みが行われています。
福島では、毎年7月頃に3センチにまで育てたアワビを海へ放流しています。とても小さいサイズなので、あっと言う間に育つように感じますが、実は3センチ育てるまでに3年もの月日を要します。そしてアワビの漁業においては、9.5センチ以上しか捕ってはいけない規制があるため、放流してから漁獲に至るまで、さらに4年程度かかります。要するに、アワビは生まれてから捕ってもいい頃になるまでに約6〜7年という長い月日がかかります。
アワビの放流効果については、震災前で放流した数の約10〜15%を回収できることが分かっています。放流効果はアワビの色の違いをみてデータを集めています。天然アワビの場合、海のなかでさまざまな海藻を食べるので殻の色が赤茶色をしています。一方で「つくり育てる漁業」で育てたアワビの場合は、育てた間に与えた餌の影響で緑色をしているため見分けられます。10年スパンの長期的な取り組みですが、アワビの資源維持のために続けていかなければならないと思っています。
少しでも早く福島県の漁業の活気をとり戻すために
ー 今後の展望について教えていただけますか?
神山さん:東日本大震災のとき、私は相馬におりまして目の前で津波を体験しています。あの日の朝はとても水揚げが多い日でした。忙しく市場で魚を測定していた記憶があります。震災を経験したあとは福島の各地で水産業の復興に関わる仕事をしてきましたが、いままた相馬に戻ってきました。かなり復興は進んできたと思いますが、震災前の相馬の市場はもっと活気に満ちたものでした。私たちは福島県の漁業が少しでも早く震災前かそれ以上の活気をとり戻せるように、技術的な面からサポートをしたいと思っています。そして漁業者さんとともに持続可能な福島の漁業を目指していきたいと思います。
ー 今後フーディソンは、福島のためにどのようなことができるでしょうか? 期待したいことをぜひ教えてください。
神山さん:すでに復興に尽力していただいているのは、本当に感謝をしています。引き続き、首都圏の飲食店や消費者のみなさんに福島県産水産物の魅力を伝え続けていただいて、ご協力いただければありがたいです。震災前の漁獲量に戻していくためには、漁業者さんだけでなく地元の仲買さんたちやフーディソンさんのような方々の取り組みがうまくかみ合っていく事が重要だと考えています。この歯車を上手に回していくのに、現在行っている取り組みを続けていっていただければありがたいです。
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