期待はプレッシャーでしかない
自分は、もともと要領がよくないので何かを覚えるときは何回も何回もやって、失敗してうまくいってようやく自分の身になる。
皆様、今日も一日お疲れさまでした。
今日は、仕事の都合で在宅なのに残業・・・。
まあ残業代出るし、今日は仕方がないです。
いつか本当に自分のために時間を使える人生を過ごしたいと思えるのならばと記事を書いております。
今日は、仕事でも共通することですが
「期待はプレッシャーでしかない」について。
はじめに
よく仕事とかでも、絶対にいると思います。
「期待に応える人」
効率いい人だと、ささっとできてしまうしすぐにできるから上司への評価は最初は抜群によい。
でも、自分みたいな不器用な人間は仕事を覚えることや要領とかが覚えるのも遅い、成長していないように見える。
新人で遅い人がいても最初のほうは上司もなんとか我慢しているけれど、ずっとその状態がつづいていると上司の方が我慢できなくて、つい言ってしまう。
「彼(彼女)は期待外れだな。」
新卒で入った会社の直属の上司からも
最初は「期待しているぞ!!」と発破をかけられたけれども
全然成長が見えなかったから、自分が辞めるときに普通にこう言われた。
「ふぉあぐらくん、残念だよ。」
※パワハラした上司ではありません
最初は要領のいいひとを羨ましく思う
他人の期待に応えることができなかった自分はかなり落ちこみました。
そういうのをたくさん経験していると
「要領のいい人間が羨ましい」と嫌でも思うようになります。
だって、期待通りにこなしてしまうわけだし上司とか仕事に関わる人間から期待外れと言われる可能性は低いから・・・・。
でも、自分は会社員に復帰して過ごしている中でこう思うようになりました。
「期待に応えたからって、何かが変わるわけではない」
営業とかの歩合制の仕事の場合は当てはまらないかもしれないですが
エンジニアの仕事は、どんなに忙しくてもほぼ給料は変わりません。
(残業代がプラスαされるくらい。)
逆にどんどん期待通りに成長してしまったら
仕事の難易度が上がったりして
「自分で自分の首を絞める可能性がある。」と思っています。
自分は現在noteとtwitterをやりはじめ、将来こちらの方を運用できるようになりたいので、仕事でできるようになって残業するほど案件を抱えることになったら給料が上がっても本末転倒です。メンタル壊したら意味がありません。
社会や時代、働き方の変化もありますが、今の時代は上司の期待に応えることは思う壺なのかもしれないです。
期待とは・・・・
昔は、上司が期待する意味は
「会社の戦力になってほしい願望」というものでしたが
今は違います。
「将来自分が役に立つ人間になること待ち構えているだけ」
そう、これの正体を言葉にすると
「プレッシャー」となります。
当時の上司はそうだのかなと思います。(パワハラ上司も含めて)
結局は上司自身が力となりそうな、将来役に立ちそうにな人間を周りに置くためのもの。要領よくやっていたら、上司の駒になってしまう。
かといって、短期間見てこいつは役に立ちそうもないと思うと手のひらを反す。
だから、意図的に期待に応えないことは
「自分を利用されないための防衛手段」
と心得ている。
若い人とかは「頑張れよ!」とは思うけど
期待をかけることはしない。器用でも不器用でも
頑張っているんだから、期待でプレッシャーをかけられるとこっちが困ってしまう。期待に応えられなかった自分が言う。
まとめ
みんな期待を裏切られると失望したりするけれど、
「不確実な期待よりも、確実な今を見よう。」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ふぉあぐら