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カブトとクワガタ

7
短編小説です。 連載感覚で投稿します。
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カブトとクワガタ 7

カブトとクワガタ 7

お店は彼女の人懐っこい性格や昔の仕事を活かした会話術で徐々に常連客も増えていった。

新しく数人の若い女の子の教育も始め、今や仕事帰りのサラリーマンの憩いの場となっていた。

夫は仕事帰りに必ず店に寄り彼女の楽しそうな姿を見て美味しい酒を飲んだ。

結婚生活は2人にとってとても幸せなものだった。

しかしその幸せにも突然終わりが来る。

その日もいつも通り夫は店に寄り数杯のお酒を飲んだ。すぐに飲み

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カブトとクワガタ 6

カブトとクワガタ 6

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初めて会った2人の男に自分の余生をかけて掴んだ"証拠"を託した女は、ただ祈るしかなかった。

自分の依頼通り事が進み、"あの男"に正しい罰が下される事を。

女は吸っていたタバコを灰皿に押し付け、店の看板の灯りを消す。
"スナックNANA"と書かれた黄緑色の看板はフッと色を無くした。

この店を始めてからすでに20年が経とうとしていた。
女はその月日を思い返す。

幼少期を施設で過ごし

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カブトとクワガタ 5

カブトとクワガタ 5

電話を切った兜は携帯をポケットにそっとしまった。

『マズいな…。』

兜は無意識にそう呟いていた。

『なんだ、お前も飲み過ぎたのか?』

鍬形はニヤニヤしながらそう言った。

『お前と一緒にするな。そんなんじゃない。』

『だったら何があったって言うんだ?』

兜は鍬形を見ずに前だけを見つめてこう言った。

『鴉(からす)が俺達の仕事を狙っているらしい。』

鍬形は一瞬固まり、再び口を開いた。

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カブトとクワガタ 4

カブトとクワガタ 4

『マズいな』

新千歳空港行きのバスの中で揺られながら、鍬形が突然そう呟いた。

『なんだ、またトイレか。』

隣に座る兜があきれた口調で返事をする。

『いや、吐きそうだ。』

昨夜すすきのでの夜を楽しんだ鍬形に当然のツケが回ってきたのである。

『勘弁してくれ。』

兜はうんざりといった様子でそう呟いた。

『昨日入ったバーでウイスキーを飲んだんだ。もちろんオンザロックでな。

そのロックが素

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カブトとクワガタ 3

カブトとクワガタ 3

『おい兜、溶けない氷の作り方知ってっか?』

スナックを出てすぐに鍬形は兜にそう聞いた。

まただ。

兜は思わずため息をついた。
この男は出会ってからことあるごとに兜に氷の話を振ってきていた。

『興味がない。』

『仕方ねえな。教えてやるよ。』

この男に日本語は通じないらしい。
これまですでに半日間一緒に過ごしている兜はもう諦めていた。

『水の中には空気やらミネラルやら不純物が含まれている

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カブトとクワガタ 2

カブトとクワガタ 2

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“お客様にご案内致します。

この飛行機は間も無く降下を開始致します。

着陸に備えまして皆様のお手荷物は上の棚などにお入れ下さい。”

新千歳空港行きの飛行機の中で機内アナウンスが流れた。

『マズいな』

兜の隣に座る丸メガネをかけたこの男、鍬形(くわがた)は眉間にシワを寄せながらそう呟いた。

先程の氷は好きか、という謎の質問から氷の魅力について嫌というほど聞かされた兜はまたくだ

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カブトとクワガタ1

カブトとクワガタ1

兜は少々気が立っていた。

仕事をする時はいつも一人で全てを行う彼にとって
バディを組まされることはストレス以外の何ものでもなかったのだ。

隣に座る丸メガネの男に目をやり、兜はまた一層憂鬱な気分になった。

第一こいつは、顔が目立ちすぎる。

尖った鼻に堀の深い顔面はヨーロッパ人を彷彿とさせる見た目であった。丸メガネで顔の印象を和らげようとしているのだろうが、あまり効果的であるとは思えなかった。

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