カブトとクワガタ 3
『おい兜、溶けない氷の作り方知ってっか?』
スナックを出てすぐに鍬形は兜にそう聞いた。
まただ。
兜は思わずため息をついた。
この男は出会ってからことあるごとに兜に氷の話を振ってきていた。
『興味がない。』
『仕方ねえな。教えてやるよ。』
この男に日本語は通じないらしい。
これまですでに半日間一緒に過ごしている兜はもう諦めていた。
『水の中には空気やらミネラルやら不純物が含まれているんだ。
それをそのまま凍らせてしまうとそれが中に残ってあの白く濁った氷ができちまう。これはすぐに溶ける氷だ。
だからまずは不純物の除去だ。沸騰させるなりしてそいつらを取り除く。
そしてこっからがポイントだ。』
鍬形は得意気な顔で続ける。
『その取り除いた水を高めの温度でゆっくりと時間をかけて凍らせていくんだ。
そうすることで水が氷になる前に空気がしっかり抜けて白い濁りのない透明で溶けにくい氷が出来上がるってわけだ。』
どうだといった表情を向ける鍬形に対し兜は特に反応する事もなく歩みを進める。
そんな兜に対し鍬形はさらに続けた。
『それでいうとあのスナックの婆さんはすぐに溶けちまう氷だな。』
『どういう意味だ。』
『不純物だらけだ。』
そう言って鍬形はゲラゲラと笑い始めた。よほど面白いジョークを決めたと思っているのだろう。確かにあのスナックの主は不純物だらけという言葉がぴったり当てはまってはいたが、兜にはどうも気になる部分があったのだった。
"あとは頼んだわよ"
そのセリフとその時の彼女の目が兜の頭から離れないでいた。
『俺はもうホテルに入る。お前はどうする。』
兜の質問に鍬形はすぐに返した。
『もったいねえだろ。夜はこれからだぜ。』
『それじゃあここで一旦解散だ。明日遅れたら分かってるな。』
『分かってるよ。そんなへまはしねえ。それじゃあな。』
そう言って鍬形は颯爽とすすきのの街に消えていった。
ふう、これでやっと一息つける。
兜はホテルに直行し、シャワーを浴びるとホテルの自販機で買った缶ビールを一気に喉に流し込みすぐに眠りについた。
翌日、事態は急変する。