フライング小僧
いろんなジャンルのショートショートをまとめています。
短編小説です。 連載感覚で投稿します。
産まれたての赤ちゃんを見たのは初めてだった。 僕のこれまでの人生で、生後7日の赤ちゃんを見たのは初めてだった。 「小さい」 最初に感じた素直な感想だった。 父親になった実感はまだなかった。 ただただ一所懸命に生きるその生命体に心を奪われたのは確かだった。 こんなに小さく非力なのに吸う力だけは強く、そこに生きようとする力強さを感じ涙が溢れそうになる。 いろんな表情を見せてくれる彼女を見てどんな風に成長するのかわくわくする。 ああ、たしかに。これは天使だ。 大天
「私のどこが好きなの?」 「どこって…うーん、そんな事気になる?」 「気になる。言ってもらったことないもん。」 「どこが好き…かあ。難しいな。」 「私のこと好きじゃないの?」 「いや好きだよ。すごく好き。」 「どこが?」 「どこがって言われると…難しいなあ。」 「もう。どうして?」 「じゃあ君は僕の好きなところ言える?」 「言える。」 「教えて?」 「やだ。あなた答えてないもの。」 「うーん。僕はね、君のことが好きなんだよ。」 「だから、どこが?」
「君にとって僕って一体なんなの?」 「はい?」 「元恋人?それともただの知り合い?友達ではないし、どういうポジションかな?」 「そんなこと聞くためにわざわざウチまで来たわけ?」 「僕にとってはそんな事じゃないよ。大事な事なんだよ。」 「大事なことって…元恋人だけど今はただの他人でしょ。」 「そうか。元恋人…。それじゃあさ、この恋に続きはあるのかな。」 「無いわよ。」 「決めつけるなよ。」 「だいたいあなたから別れようって言いましたよね?」 「それは…そうだ
あなたはきっとこれからも何も変わらず生きるだろう。 私はきっとこれからも変わろうとさえ思わずに意味なく日々を過ごすだろう。 二人で選んだこの部屋もいつの間にか白黒で、嫌いじゃないけど嫌になる。 それでもやっぱり朝が来て今日という日が訪れる。世界はすごく残酷で平気で私を置いていく。 あなたはなにも気付かずに今日もどこかで笑ってる。 あなたのいない世界でも生きる覚悟が出来ました。 たくさん時間は流れたけれど、ようやく覚悟が出来ました。 初めてあなたに書く手紙。良い報
目を閉じて。 耳を塞ぐ。 そうすると聞こえてくる。 それはまるで時計の針のように均等にテンポを刻む。 耳を塞いでも音は消えない。 むしろ音は大きくなる気さえする。 静寂というのはどこにあるのだろう。 誰かが作った言葉なだけで、存在なんてしないのかもしれない。 いいよいいよ 生きてるうちは 音と共に生きようじゃないか。
「七味と一味、どっち派?」 うどんをすすりながら山路は言った。 同じくうどんをすする生野が"気分による"と投げやりに返すと山路はニヤニヤしながら言った。 「俺は七味だな。いろんな匂いがして楽しいだろ。辛いだけじゃつまんねえよ。」 "そうか。"と生野が曖昧な返事をすると山路はカウンターの七味の内蓋を外し、自分の器に一気にかけた。 さぞ楽しそうなうどんになったなと呆れながら生野は自分のうどんに一味を振った。 ーーーーー いま思い出す記憶がこれか…。 ネクタイを緩めな
思い出した。 それは突然のこと。 今まで一度だって思い返したことはなかったのに。 堰を切ったようにどんどん溢れ返ってくる。 あの日の記憶。 それは気持ちの悪いものでは無く、しかし清々しいものでもない。 ただただ平坦な記憶。 記憶していたことすら知らなかったような ただの日常の一コマに過ぎない。 それでもこれだけ鮮明に思い出せるのは 僕にとっては大切で、非常に重要な人生の一部だったのだろう。 自転車を漕ぐぼく。 穴が空いたデニム。 きみはうしろで笑って
納豆が好きだ。 あの匂いが好きだ。 ネバネバが好きだ。 ご飯に乗せるのが好きだ。 海苔で巻くのも好きだ。 卵と合わせたっていい。 豆腐と混ぜてもたまらない。 醤油をかけても美味しいし。 からしをかけたら尚もよし。 納豆が大好きだ。 朝起きたらまず納豆ご飯。 寿司に行ったら魚より、 まず頼むのは納豆巻き。 スープカレーにトッピング。 味噌汁に入れ怒られた。 それでも絶対やめないさ。 ちっちゃい頃から食べてきた。 嫌になるほど食べてきた。 納
『少し昔の話をしようか』 そう言っておじいちゃんはちょっぴり寂しそうな顔をして話し始めた。 『あれはもう、何十年も昔の話だ…』 ーーーー 2020年。 突如現れた未知のウイルスによって世界でパンデミックが起こった。 飲食店やデパートは次々と閉まり音楽フェスやLIVEなど人が集まる行事も次々中止となった。ついにはオリンピックまでもが中止を決定した。 ワクチンはまだ開発中であり完成には何年もかかると言われていた。 人々はマスクを着けて生活するようになり、着けずに外に
ヒロアキは恋をしていた。 出会いは一年前。宮崎の田舎に住んでいたヒロアキは大学進学をきっかけに夢だった東京に出る事を決めた。親の説得には苦労したが無事東京行きが決まったときは興奮で眠れない日が続いた。 金の無いヒロアキは都内で安いアパートを探すことにした。何件目かの不動産屋で見つけたその部屋はいわく付きかもしくはオンボロでなければ説明がつかないほど激安物件だったが、内見に行くと思ったより綺麗ですぐに気に入り契約を済ませて入学式の一週間程前から住み始めた。 初めての一人暮
一羽のカラスがこちらに向かって飛んできた。 スズメの群れがざわつき始める。 “ヤツよ” “ヤツが来た” “悪魔だ!” “卵を守れ” カラスは一直線にスズメの巣に向かって飛んで行き近くの枝に着地した。 “よう。久しぶりだな。” にやりと笑うカラスに対して1番若いオスのスズメが対応する。 “な、何しに来たんだ!” その言葉を聞いたカラスは声を出して笑い始めた。 “はーはっはっは。何しに来た…だと?いい度胸だなあお前。” カラスの鋭い眼光で睨み付けられたスズメは思わ
眠れない。 そう思えば思うほど眠気は離れていく事を知りながら今日も僕は夢の中で呟いた。 “眠れない。”
身支度を済ませ家を出た“それ”は何かに気が付き戻って来た。 『危ない危ない。忘れてたよ。』 そう言って“それ”は私の顔をはめてもう一度家を出た。
『やっと終わった。』 残業を終えた井口はそそくさと帰り支度を始めた。 すでに自分しかいないオフィスの戸締まりをすませて帰路につく。 入社してから五年が経つが年々忙しくなっているように感じていた。残業の毎日で日を跨いでの帰宅も珍しくない。 ふと携帯を開くと一通のメールが入っていた。確認すると母から"誕生日おめでとう"というメッセージとともに慣れない絵文字が添えられている。 思わず顔がほころんだ。 そうか…おれ今日誕生日か…。 忙しい毎日で自分の誕生日の事すらすっかり忘
『パパー』 今年で5歳になった息子が父である佐々木の腕を掴みながら言った。妻に頼まれた夕飯の買い出しについてきたのだ。 『どうしたユウト』 『パパのその傷ってどうしたのぉ?』 佐々木の額には大きな傷があった。 買い物袋を持ち変え息子の手を握り直し佐々木は口を開いた。 『これはな、男の勲章だ。』 『おとこの…くんしょう?』 キョトンとした顔でユウトはその言葉を反芻した。 『パパとママがまだ若い頃、そうだなぁ…あれは高校生の時だったかな。』 佐々木は遠くを見なが
"ピロン" 突然携帯が鳴った。 確認すると一通のメールが受信されており 宛先には“坂崎理沙”と表示されている。 久しぶりに見たその名前に山下健は心臓が強く脈打つのを感じた。 "お疲れ。久しぶりに話したいなって思ってるんだけどご飯でもどうかな。" 山下はメールの内容を見て複雑な感情になった。 坂崎理沙と別れてから一年が経つ。 ーーーー 付き合ってから三年が過ぎた頃。 僕たちはよく喧嘩をするタイプではあったがその度話し合いをして乗り越えてきた。 この日も予感はあっ